「韓・日子ども工芸交流展」・・・08/04/30(水)
火曜日は、新宿のパークタワーで、韓・日子ども工芸交流展の開会式があった。都図研でもこの会の後援をしているので参加した。韓国の工芸作品や韓国、日本の児童作品や韓国の児童によるパーフォーマンス、落合第六小学校の「能」の披露など、盛りだくさんの開会式であった。CCAAの鈴石弘之理事長、清洲市文化振興財団のJongーBYUK Kim氏、駐日本国大韓民国大使館のPark Kyung Su氏などもいらして国際的な交流となった。
明日は、本間理事長の落合第六小学校で、子どもたちの交流があるという。韓国の青年、ジョン ジュンベさんの並々ならぬ情熱で実現した展覧会である。この情熱は、並大抵のものではない。
「CCAA図工寺子屋の宿題?が来た!」・・・08/04/29(火)
先日、CCAAの「図工寺子屋」の講師をおこなった。その際、鑑賞カードを何枚か差し上げたのだが、その引き換えといってはなんだが、そのハガキ(鑑賞カード)で講義の感想を送ってください、という宿題を出したのであった。
三人の先生が宿題を送ってくれた。Y先生もU先生もUSHI先生もたいへんまじめで、すがすがしいお手紙で感動する。僕も講師なんて柄ではありません。こういうお手紙がくると、たいへん励みになります。
U先生は、善光寺に行ったそうで、朝の法要と僕の「道元」の話を引っ掛けて書いてくれている。善光寺の朝の法要はいいですね。おととし行った時、僕もそう感じました。Y先生の「その人にしかできない表現活動のお手伝い」というのは、まったく同感です。ほんとむずかしいですね。USHI先生の「女の子の幸せ」というのを考えるのは、実に切実な現代人の問題ですね。男の僕には、実に難題であります。図工と女の子という問題は、だれも解いておりません。
これからも、お互い自分の領域で、地道にがんばりましょう。また、機会があれば交流いたしましょう。ほんと、「宿題」をご丁寧に送っていただき、ありがとう〜。
「都図研創立60周年記念企画・記念Tシャツ」・・・08/04/28(月)
都図研は今年、60周年である。さまざまな企画を計画中である。そのなかで、「記念Tシャツ」の製作があり、現在5月の理事会に向けて、見本を作成中である。「Tシャツ製作部」は、菅原亮先生、遠田毅先生、庖刀由利子先生である。現在徹夜で見本をつくっているという?楽しいTシャツを着て、貴方も授業をいかがですか?また、全国大会やInSEA大会などにも着ていこう!というアイデアもある。尚、愛らしいこのデザインは、庖刀先生のエスキース。
「理不尽な感情」・・・08/04/27(日)
昨日は、CCAAでの吉増さんの会に出向いたのであるが、そこで熱心に聴いている方がいた。その方は何度か見かけたことがある人だけれど、お名前がわからないので、声をかけてみた。
「こんにちは。え〜と・・・」
「○○小の○○です。HPみています。もと多摩図研です。今は区に勤務です。HPに載ったものは、みんなみていて、衝撃が走っています。」と急に顔が、険しくなり、不快さを露にしてプイと去っていった。
あまりに唐突に、こうした感情を露にされて、驚いた。けれども、都図研の規約や組織図のどこをひっくり返しても、「多摩図研」が都図研であることは、書かれていない。組織・制度上、都図研はブロック制を敷いており、多摩の各ブロックは存在するが、多摩図研というのは存在しない。
聞くところによると、多摩図研は、規約もあり、会長もいる。が、あいさつを受けたことも、規約を見せていただいたこともない。
突然、前触れもなしに、奇妙なFAXが着たり、都図研大会の運営がかってに決められていたり、行政関係に直訴したり、問い合わせがあったり、都図研は多摩図研かと質問されたりと、多摩図研がなんだかよくわからないまま、これまでのところいろいろなことが生じてきている。
都図研は、繰り返し述べているように、東京都の公立小学校の13の教科・領域の教育団体が集まった「東京都小学校教育研究会連合」(略称:都小研連)の構成団体のひとつで、各小学校から配分された会費で運営されている。都小研連の会長は、東京都と全国の校長会長が就任している。こうしたなかで、一種の公的に認知された任意の研究団体として活動している。
けれども、あくまで、任意団体であり、教員の本務は各学校である。そのなかで、管理職の許可を得て、研究研修活動に参加するかたちで活動をおこなっている。
このところ学校の多忙化や行政改革で、研究会への出張は、かなり難しくなってきている。それは、都図研ばかりではなく、算数にしろ、国語にしろ、おなじ状況にある。
だから、都図研の活動を「既得権益」のように考えて、尊大にふるまってはいけない。すでに時代はきびしい時代に突入している。都図研の活動は、あくまでも教員の資質向上を図るためのもので、それこそ用意周到に、きちんとしたかたちで、活動できるようにすすめている。こうした制度的な基盤のうえで、会員の皆さんの自主的な精神に満ちた努力が、展開できるのである。
図工教育には、いろいろな研究団体がある。都図研もそのひとつある。「CCAA」や「造形教育センター」「新しい絵の会」等々さまざまなものがある。そこではそれぞれに図工教育へ寄与しようという努力がある。「多摩図研」も規約があり、会長をはじめとする役員がいる以上、立派な任意団体のひとつなのだろう。
けれども、きびしい状況の中で、トラブルを回避する意味で、「多摩図研は、都図研ではない」と申し述べておきたい。外部の方が見れば、都図研も多摩図研も「図工」でしかなく、見分けはつかない。「多摩図研」のトラブルは、「都図研」に飛び火し、図工の研究そのものを危うくする可能性を含んでいる。
枠の中で、懸命に研究している方にとっては、見えづらい視点なのかもしれないが、感情論で言われても、問題は解決しない。だから、先の敵対的な感情を僕個人にむけられても、意味の無いことである。問題は、組織上の、制度上の問題であるからだ。
すでに曖昧な「既得権」的な考えで活動できる時代は終わったと認識している。図工教育そのものが、全般的な教育状況の中で、衰退しつつある現在、制度や組織上の問題を考慮しながら活動し、トラブルを回避しつつ、図工教育を進めていくことが、大切であると思う。
「CCAA 詩人吉増剛造のフォーラム」・・・08/04/26(土)
土曜日は、鈴石先生のCCAAで、開館記念「吉増剛造フォーラム」があった。約70人の観客が参観し、詩人のお話を聞いた。僕は、会費は払ったが、内野先生や鷲尾先生とお手伝いということで、会場案内と打ち上げの買出しにスーパーにいったので、ほとんど中味をみることはできなかった。それでも、少しはのぞいてミステリアスな詩人の宇宙を感じることができた。
大体、こういう天才は、エンターテイメントではないので、オモシロおかしいものではない。感性、感覚の揺らぎが、空気のようにその場に発生していくのを感じるアンテナがないと眠くなってしまう。しかしながらその体験は、ずっとずっとあとまで残る根源的な性質をもっているのだ。
たくさんの都図研の応援団が参観していたが、その中で、副会長の高橋香苗さんなどは、「文学少女」にすっかりもどったようで、その磁場に感応する様子がうかがえた。
けれども一方で、僕は、こうした言わば天才性を観客にプロデュースする必要性も感じたのであった。高橋先生などは、これで十分面白いと言っていたが、多くの人が、こうした微妙な世界に感応する能力や糸口をこれまでの経験の上で持ちえなかった可能性というものは十二分存在する。日本は、難解な芸術にはかなりきびしい文化環境で、これまで(今でも)大切にしてこなかった経緯があるのではないだろうか?これは、詩に限ったことばかりではなく、図工教育にもあてはまる文化環境である。
これは、ずばり教育の問題でもあるのだ。こういうとすぐ教えるということに短絡するのが怖いが・・・つまり、文化というのは、人が内面に自ら育てるものだからだ。こころは、たんに教えるだけでは成立しない複雑さをもっているのだ。人は、自らの学びによってしか成長しない。できることは環境を整えることである。
ほとんど見れなかった僕であったがこんなことを感想にもったのであった。会終了後、庖刀先生や高橋先生が、吉増さんのもってきたさまざまなオヴジェを取り囲みながら吉益さんと雑談していたが、楽しい会話がはずんでいた。なんだか、最近そのものを自分が楽しむというよりも、事象そのものの成り立ちの方につい気が向いてしまう。一種の職業病かもしれない。
余談だが、現在、都図研研究局で「夢中」についての論議が盛んにメールでかわされているが、吉増さんとの連想で、詩人の岡田隆彦さんが「醒めて夢見る」ということを言っていたことを思い出した。岡田さんは、大学時代の先生で、吉増さんらと三田文学で「ドラムカン」とい詩の運動をおこなっていた。詩人岡田隆彦は、僕の青春の詩人である。
「図工室へいこう!の打ち上げ」・・・08/04/25(金)
美術出版の『図工室へいこう こどもがつくる楽しい時間』の打ち上げが四谷の「出島厨房」というお店であった。鈴石先生、内野先生、鷲尾先生、大下社長、島田さん、高橋さん、村上さん、斎藤さんたちと長崎料理を食べながら、連載がはじまってからの3年間の道のりのとりあえず?のゴール(出版)を祝した。
「美術手帖」は、我が国でも60年の永きに渡って、戦後の現代美術の情報を世間に喧伝してきた雑誌である。
(都図研とおなじ60周年である)その雑誌に、図工の世界が連載されたことは、アートが一部の専門家のためにあるのではなく、日々生きる私たちのためにあることを再確認する契機をつくったのではないかと思う。
そして、図工のこどもの時間が素晴らしい時間であることを世間に紹介することができたのではないだろうか。
この先も、「美術手帖」の皆さんには、ご支援をいただきたいと思う。こうした応援が、図工にかかわるものにとって、力となっていくのだから。
ところで、長崎の食べ物は実にうまい。刺身を「海水」でつけるというのがあった。(写真)
酒飲みにはたまらないつまみがたくさんでたのであった。(僕は、下戸だがうまかった。下戸にもうまい長崎料理)でも、酒ばかり飲んでいたわけではない。文科省の奥村先生をお招きしての座談会を7月号で、掲載することが決まったのであった。
「CCAA図工寺子屋」・・・08/04/22(火)
火曜日は、18時30分より、CCAAで、「図工寺子屋」があり。講師をした。トンギコの内野先生とちがって、口下手なので、なかなか緊張する。
あんまりたいしたことは、話せないが、皆さん協力的で楽しく参加してくれたのがうれしい。特に、個人で申し込んで、知り合いもいない方が、他の方と一緒に活動して笑っていたので僕は安心した。今回のテーマは「関係付け」。皆さんのこころが動いて活動することが大切だと考え、プランを練った。
鈴石先生、内野先生、辻と続き、さらに、鷲尾先生、矢木先生、横内先生、中村隆介先生、柴崎先生、滝田先生と続く。
それにしても、勤務時間後の講義に有料で自主的に参加する先生方の意欲はすごい。いろいろな研修資料は、コピーして、管理職の先生方の机に置く。率先して、研修の情報を知らせるとよい。「私はこんな研究をしてます」と。周囲に理解されるのが第一歩。少しは出やすくなりますよ。
「遠足・荒川遊園地」・・・08/04/21(月)
「おっ!かわいいハムスターですな〜」
「ちがうでしょ!モルモットでしょ!」と2年生。
「あ〜、すんませんです」と僕。
「都電」乗って、今年最初の遠足でした。
路面電車は、懐かしい響きがする。現在では「早稲田」から「三ノ輪」まで、荒川線のみが、運行されている。「面影橋」などという、かっこいい名前の駅もある。
僕が子どもの頃は、渋谷の方に「玉電」というのが確か走っていた。北区に勤務していた頃、よく「都電もなか」というのをもらって食べた。箱の側面に、都電が印刷されていて、箱を図工室において置くと、電車好きの子どもが、たいそう欲しがったのを覚えている。
超電車マニアの子どもが時々いる。どんな電車の車両番号や型をそらで言える。すべて暗記しているのだ。すごい!
男の子に何故か多いというか、女の子の電車好きはみたことがない。女の子のマニアもいるのだろうか?
「歯車とスモークド・サーモン」・・・08/04/21(月)
歯車は毎朝6時きっかりに仕事をはじめ
スモークド・サーモンは
毎朝7時になっても布団の中
だけど歯車とスモークド・サーモンは
8時には一緒に朝ごはんを食べてる
グリーンレタスにくるまって
グリーンレタスにくるまって
歯車とスモークド・サーモンは
もう20年も一緒に生活している
歯車はまださびないし
スモークド・サーモンはまだ硬くならない
雨はもうすぐ上がるみたいだ
屋根が乾いたら一緒に出かけよう
卵をたっぷり使った
オムレツののったお皿の上を
朝と夜が重なると
歯車とスモークド・サーモンの出会いの時刻
二人は別々の時計を持っているのに
一日一回だけ気が合うね
歯車には歯車の友だちがいて
スモークド・サーモンには
スモークド・サーモンの友だちがいる
だけど二人は夜には一緒に寝て
かみ合わないまま愛し合う
歯車は毎朝6時きっかりに仕事をはじめ
スモークド・サーモンは
毎朝7時になっても布団の中
だけど歯車とスモークド・サーモンは
8時には一緒に朝ごはんを食べてる
同じ奇妙な夢を見ながら
同じ奇妙な夢を見ながら
(友部正人『歯車とスモークド・サーモン』2008)
日曜日は、久しぶりに高円寺に散歩に行った。「高円寺レコード」という変わったレコード屋で友部正人さんの新アルバムをみつけた。それも昨年の祝35周年を記念してのアルバム。友部さんは、僕が17歳の頃からのおなじみのシンガー。すぐに買わせていただいた。(おまけにDVDもついてた。わーい!)
一曲目がCDタイトルの「歯車とスモークド・サーモン」。それにしても変な唄だ。でも奇妙なユーモアと味があるね。
「歯車」ってなに?「スモークド・サーモン」ってなに? それは人ではなく、ものなのだが、天気の日には散歩に出かけたり、夜は「かみ合わないまま愛し合」ったりしている。朝起きる時間はちがうのだが、それでも「同じ奇妙な夢を見ながら」一緒に朝ごはんを食べてる。そんな二人は「20年も一緒に生活している」のだ。この機微、染みる〜。
35年や20年という歳月はとても重みのあるものだ。ぜひとも、友部さんには、「後期高齢者」になるまで唄い続けてほしいものだ。(まったく日本の為政者はことばの使い方を知らないね!)
ハーモニカとギター1本でここまで「旅」を続けてきたんだから。
20歳には20歳の、50歳には50歳の「旅」というものがあるだろう。そして、ものの見方はその時々変化していく。貴方も僕も今、旅の渦中にいる。日曜日の夕暮れは、そんなことを僕に思わせるのだ。
(友部正人の「夕日は昇る」
http://jp.youtube.com/watch?v=pJrctOqnAGY
板橋文夫のピアノとの掛け合いがいい。)
「サボテンの不思議」・・・08/04/20(日)
サボテンは、いつもじっとしている。他の植物みたいに「早く水ちょうだい!」などという文句は言わない。水をあげないからといって、すねて枯れてしまうこともない。文句も言わず忘れた頃に気にかけても、気丈に生きている。
昔、小さなサボテンをみていたら、ひらめいて「サボテン君」という題材を思いつき、授業で絵を描いたことがある。子どもたちも意外にサボテンには興味をもっているらしく、楽しい絵がたくさんできた。
昨年の12月、世田谷のボロ市で買った「日輪玉」というサボテン(写真左)を久しぶりにみてみると、なんと新しい芽が出現(写真右)していた。
動物の象さんの足の裏のようなサボテンなのだが、中央の切れ目がパカッと開いて、新しい象の足(芽)が飛び出していたのだ。
春の到来とともにこんな風に、新しい芽が出てくるとは、まったく驚きである。古い衣装を脱ぎ捨てて変身!といったところだろうか?
それは生命の営みであり、移り行く時の現れである。そんな不思議な出来事を改めて感じさせてくれたサボテン君、ありがとう!
「図工室へようこそ!美術手帖5月号」・・・08/04/19(土)
「美術手帖」5月号に「∞のこどもたち展」の記事が掲載された。2月から3月にかけて、行われた展覧会のレポートである。
この企画展は、南副会長のリードのもと、研究局を中心とした皆さんの奮闘によって実現できた展覧会であった。現場の実践が、日本科学未来館やがんばれ図工の時間実行委員会などの外部の方々と協働することで、新鮮な強い磁場を形成することができた。今後もこうしたイベントが企画され、社会にむかって図工のよさを広める運動が展開できればと思う。
また、「美術手帖」の特集は会田誠さんで、現在のアートの動向を知る上で興味深い。好き嫌いは別として「こんな感じなんだな今のアートの状況は」というのがよくわかる。なかでも「先生、僕に「絵画」を教えてください!」という企画は、彦坂尚嘉氏、辰野登恵子氏、古谷利裕氏ら、80年代に活躍した抽象画家との「擬似教室」?のかたちで組まれていて楽しい。
ところで「美術手帖」は、なんと2008年で創刊60周年ということだ。「都図研」と同じではないか?「美術手帖」と「都図研」の歴史年表を平行して見比べたら、どんな日本の戦後史の歩みが見えてくるだろう?ちょっとそんなことを思ったのであった。
「08年度、新役員会」・・・08/04/17(木)
本年度の都図研の活動計画を検討する新役員会を誠之小学校でおこなった。本間新理事長の進行で、研究局、研修局、広報局、HP、事業局、事務局、教育課程委員会、60周年行事、谷川プロジェクト、InSEA大会、全造大会などについて検討した。
本間基史、南育子、遠田毅、鈴木陽子、高橋香苗、玉置一仁、岡田京子、大畑祐之、上野千絵子、庖刀由利子、伊藤貴光、加藤幸子、平田耕介、菅原亮、横内克之の各先生方には、8時半過ぎまで食事もとらず、熱心に協議していただいた。
本年度もさまざまな都図研の研究、研修、事業が展開していくが、役員の皆さんを核として、多くのスタッフの協力のもと図工教育を活性化するために、地道な努力と創意ある活動を展開していきたいと思う。
また、関係各方面の皆様にもご協力を仰ぎ、「外と内に向かって」子どもや図工のよさを発信していきたい。
今年度は、「新学習指導要領」告示の年でもあり、図工の時間数はそのままであったが、それは、「なくならなくてよかった」という現実を背後にひかえての状況であることを心に留めておこう。
若くて意欲的な先生方がどんどん図工専科に着任している現在、若い先生方のパワーも取り込みながら、共に図工を活性化させたいものだ。
「異質性と向き合う」・・・08/04/16(水)
今朝、通勤途上、家の近くの銀行のそばを通ったら、ビル全体が半分になり、残りの中味がざっくりと削られ空洞であった。昨日まであったものが、ふいに姿を変え欠如した様子になるとびっくりする。
また、今日、学校は、集団下校。子どもの付き添いで、本郷地区まで行った。するとその途上、木造三階建ての建物が出現した。なんとも古めかしい建物だ。板張りの壁で、今にも風化しそうだ。(写真)
均質で合理的な建築で覆われた都市のなかに、こうした時代がかった建物に出会うと不意をつかれた気持ちになる。けれども、洗濯物が干してあった。今でもちゃんと使われているのであった。「本郷館」という名前らしい。恐らく、東大生らの下宿か宿屋であるのかもしれない。
日常の均質な世界に、こうした異質なものがポンと出現するとものの見方、感じ方が変化する。しかもこの場合、歴史までも感じさせる。それぞれの土地にはそれぞれの成り立ちがあるのだと。
そもそも「文化」の成り立ちは、異質なものの交流によって成り立ってきたのではないか。異質なものに触れ、交わり、同化や変容をとげながら、成立してきたのである。「日本文化」なるものは、その際たるものだ。
むしろ異質性を排除するのではなく、異質性と向き合う中で私たちの生活は成り立つ。と、この古い館を見ながらふと思ったのであった。
「InSEA大会」・・・08/04/15(火)
InSEA世界大会の研究要旨の「翻訳」がメールで届いた。Y・N様ありがとうございます。
都図研では、8月6日に「連続個人発表」(辻、鈴石弘之、高橋香苗、岡田京子、大畑祐之、南育子、鈴木陽子、上野千絵子の各先生)と「特別シンポジウム」(コーディネーター横内克之先生)を企画している。都図研の実践を世界に発信しようというものだ。テーマは、
「東京アートモード!東京から世界に発信!!」
〜東京都における図画工作教育の実践、その現状と課題〜
“Artmode in Tokyo! Dispatching from Tokyo to all over the World!!”
〜Practice of Arts and Crafts Education in Tokyo/Its Current Situation and Challenge〜
現在、高橋副会長が、会員登録と発表の申請の手続きをおこなっている。なかなかめんどうな手続きだが、よろしくお願いします。
同じ大阪で、「全国大会」が、8月3日〜5日まであり、長丁場の夏になりそうである。
僕は、密かに、東京の図画工作教育は、世界のなかでも、かなりすぐれた実践をしていると思っている。認めないのは日本の世間ばかりということを大会で確かめたいと思っているのだ。少し「不遜」かな?でも、身の回りの都図研の皆さんのがんばりをみるとホントそう思うのだ。
「路地裏のドローイング」・・・08/04/14(月)
学校の帰り道、はじめて路地の道にチョークで描いた子どもの絵に出会った。この道も、今年で3年目になるが、見たのははじめてである。
僕が勤める誠之小学校は、高台にあり、「白山駅」の下の出口までくねくねと曲がって、降りていく。都会なので、地下鉄に乗って塾に出かける子どもの姿は、よく見かけるが、路地で遊んでいるところは見たことがない。
僕自身、子どもの頃は、「路地」が遊び場だった。駄菓子屋で「ローセキ」を買ってきて、また、その辺に落ちている石を拾って、よく道路に絵を描いて遊んだ。絵ばかりではなく、陣取りや鬼ごっこの印づけもした。路地は、ほんと、ガキどもの遊び場だった。
鈴石弘之先生曰く、「F・チィゼックは、路上のらくがきに子どもを発見した!」とよく述べるが、白山の裏路地にも子どもの痕跡があった。姿は見えないけど。
けれども、すでに路地裏の子どもたちは絶滅寸前である。否、絶滅したと言うべきか。
路地はすでに「安全上」、子どもが生息する機能を失った。友だちがいて、そこに社会があり、遊びがあり、自主性があった。大人の秩序の及ばない場所や時間の中で、子どもたちは、自らをつくりあげたのだ。
今、50歳を当に過ぎたわが身を振り返っても、その記憶が、自分の深層に深く沈みこんでいるのがよくわかる。
「アンナの光」・・・08/04/14(月)
久しぶりに美術館に行った。千葉県佐倉市の「川村記念美術館」である。お目当ては「マチスとボナール」展。けれども、新装のニューマンとロスコの部屋に驚いた!
実は、「アンナの光」はまだ見たことが無かった。見れてうれしいニャ〜!
「アンナの光」は20世紀が生み出した最高の現代絵画のひとつ。形式を純化していった末にたどり着いた形式をもつ。画面の両端に白く残った部分以外は、すべて赤一色で塗られている。
20世紀後半をリードしたアメリカの現代絵画は、どんどん単純化し、絵画を成り立たせている基本的な要素までたどりついた。それは絵画とは「色の施された平面」だということ。それ以上は還元できないところまで行き着いている。(誰ですか、俺でも描けるなんていってる人は?)それにしてもすごい贅沢な部屋だ。両側に窓があって、中央にニューマンの絵がひとつ。部屋全体が作品のようだ。
僕が行った日は、窓に半透明のブラインドがかかっていて、外の森が曇り空の中に透けて見えた。やわらかい光が部屋全体に満ちていて、「アンナの光」は、実に神秘的でさえあった。
形が単純化すればするほど、コンテンツ(内容)も求められる。ほら、ロスコもニューマンもとても「崇高」な感じがするでしょ。
ニューマンは、ロシア系ユダヤ移民の子としてニューヨークに生まれ、ロスコもロシアでユダヤ教の両親のもとに生まれている。二人の宗教は調べていないのでわからないが、こうした宗教観が影響しているのかもしれないな。
「アンナ」は、聖母マリアの母親だから、キリストのおばあちゃんにあたる。「アンナの光」という作品の題名は、ニューマンの母親の名前が由来らしい。なるほど、「母はわれを包み込む光」に違いない。
マチスは、ニューマンとなり、ボナールは、ロスコとなって現れている、と実感できた展覧会なのであった。
「日を縒(よ)る」・・・ 08・04・12(土)
2008年度がはじまった。嵐のような4月当初の忙しさ。皆さんも、ほっと一息というところかな?
「ひつじ日記」改め、「ひつじ日和」いよいよ再開。今年の都図研や図工の動きや活動をのんびり、そして、するどく?レポートしていきたいと思う。
ところで「日和(ひより)」というのを広辞苑でひくと漢字は「当て字」とあった。意味は、(1)海上の天気。海上の天気のよいこと。(2)空模様。晴天。(3)事のなりゆき。雲行き。形勢。とある。
今年の都図研、図工教育、社会情勢の「雲行き」はどんなあんばいか?決して晴天とはいかないかな。
また、「より」をひいてみると、「縒り」というのがあった。意味は「よること」「ねじること」「よったもの」とあった。
日々のできごとを糸のように、ねじりながら、より合わせていく。そんな意味をこめて「ひつじ日和」も綴っていこうと思う。
8日(火)
CCAAで、「図工寺子屋」の開校式があった。50人近くの受講生が参観していた。ほぼ新人の女性の先生方。会費も払って、平日の18時30分からの講義。実に熱心だ。初回は、鈴石弘之先生。毎週、豪華?講師人が続く。
9日(水)
文京区図工研究会。昨年の関ブロ・都図研中央大会も終了し、ほっと一息。今年は平常の活動。部長は、新たに大道博敏先生(中央大会事務局長)が選出された。
10日(木)
新宿愛日小。都図研研究局第1回目の会合。局長は、岡田京子先生。副局長大畑祐之先生。局員も新たに編成し、新たな研究がはじまった。局員の皆さんを紹介する。加藤貴子先生。平田耕介先生。南明日香先生。柴田祐佳先生。杉山裕子先生。田中明美先生。宮内愛先生。菅谷千紘先生。金子大介先生。深澤しのぶ先生。中島綾子先生。山田和弘先生。餅和子先生。望月未歩先生。雨宮玄先生。黒澤償先生。武田章成先生。吉岡琢磨先生。横道広樹先生。久米真純先生。横山由紀子先生。若い力で、新たな都図研の研究を開拓してほしい。
11日(金)
東京国立近代美術館。都図研と国立西洋美術館、東京都現代美術館と近美で連携し鑑賞研究を5年間続けてきた。今年は6年目。本年度も夏に美術館で研究を企画している。どんな研修ができるか企画中。研究局のみならず一般の先生方も参加を募る方向で考えたい。8月末に予定、ぜひ、ご参加を。
・・・・・とこんな風に、いろいろな新年度計画が準備されつつさる。来週は、都図研新役員会が誠之小である。いよいよ都図研丸も船出である。本間新理事長がんばりましょう。でも、ぼちぼち楽しみながらいきましょう、
「ひつじ日和」も週末掲載で、ぼちぼちいきます。よろしくね。HP担当の菅原亮先生もたいへんだけど、よろしく。
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