とずけんどっとこむ

更新日 2010-03-11

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「図工の「思想」と「マニュアル」」・・・09/05/31(日)

image003-1.jpg○昨日は雨で「運動会」中止。4年生の授業を行った。子どもたちも久しぶりに楽しそうに授業をやっていた。午後になって、万国旗、入退場門、テントなど会場設営。今日はできるかな?
 自転車の納車は、月曜日に延期。一日延びた。まだ、ぼくは空想上の「自転車乗り」である。

○朝早くからの勤務で、帰りはいつもより少し早目に退勤。ちょっと「ジュンク堂」にクセで立ち寄り、2冊購入。でも、ねむくて、7時には寝てしまった。が、おかげで、今日に朝は午前1時に起きてしまった。メールで、麻先生、柴崎先生に返事。今日は運動会だから、長い一日になりそう。

○ところで、「初心者」として、何かをしようとすると(この場合は自転車)、いろいろ調べたり、本を買ったりするのだが、そこには2種類の傾向があるようだ。
 昨日、買ったのは『こぐこぐ自転車』(伊藤礼著)と『ロードバイク ライディング 完全ガイド』(満生文洋監修)だが、一方は、読み物で、作者の自転車にまつわる体験・出来事や考えが記載されているもの。もうひとつは、自転車にまつわる具体的な技術・マニュアルである。
 『自転車で遠くに行きたい』(米津一成著)『自転車三昧』(高千穂遙著)は、「距離」という感覚や「思想」について作者の考えが述べてあって、たいへん面白かった。『こぐ・・・』は、文豪、伊藤整のご子息の伊藤礼さんが、「古希」になってはじめた「自転車」の体験エッセイ集。一方『ロードバイク・・・』は、部品や乗り方など、基本的な技術論が書いてある。
 前者を高千穂さんにならって「思想」(カントやヘーゲルのことではない)と呼ぶなら、後者は「マニュアル」であろう。両者は、関係づけられて、はじめて意味をもつ。

○「初心者」が多くなってきた図工の世界も、同じようなことが言えるのではないか。図工の「思想」と「マニュアル」をどのように図工教師が自ら獲得していくことができるか?その環境をどのように整えるか?そのあたりが、現在の都図研の課題であろう。

「ドイツの自転車専用道路など」・・・09/05/30(土)

image002.jpg○昨日の帰り、雨雲が低く垂れこめて、新宿方面の空をみたら、光っていた。「不夜城」新宿の明かりが、雲に反射してそこだけ、ぼわっと明るいのであった。この学校からの空の表情はいろいろ変化があり面白い。今日は、運動会。午前5時少し前の空模様はほんの少し霧のような雨。「できるかな?」

image004.jpg○ミュンヘンのカトちゃんの「ミュンヘン便り」に自転車専用道路のことがあった(写真)。やっぱりヨーロッパはちがうんだよね。「自転車」や「環境」「人の営み」に対する認識や政策が。「自転車という文化」を大切にしている。自転車を大切にできないものは、図工も大切にできないだろうな。明日の日曜日は、ぼくの自転車の納品日なのだが、運動会ができないと延期になっちゃうな・・・。

○横ちゃん(横内克之先生)から、広報・連絡があった。NHKの番組に新宿の新人の図工専科の番組が行われるという。(HPのTOP参照)

  • 番組名:「あしたをつかめ 〜平成若者仕事図鑑〜」
  • 放送予定日:平成21年6月2日(火)23:30〜23:55 NHK教育
  • 再放送:同5日(金)19:35〜

都図研の新人の先生方もご覧になり、参考にしてはいかがだろうか?番組に、感想やご意見も寄せていただくと、今後もまた番組が編成されるのでぜひご意見もお願いしたい。

「ライフステージ」・・・09/05/29(金)

image003.jpg 昨日は、おとといの3連チャンの出張の後遺症(体力低下)ですぐに寝た。おかげで、朝2時に起きてしまった。すごい雨だ。空は、まだ暗く、雨音を聞く中で、次のような、うろおぼえに覚えていることばを思い出した。孔子のことばだ。


○「吾(われ)十有五(じゅうゆうご)にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑(まど)はず。五十にして天命を知る。六十にして耳(みみ)順(したが)ふ。七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず。」
○子曰、「吾十有五而志於学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩。」〔論語/為政第二〕


意味は、次のような感じだろう。

「志学」
(しがく)(15歳)学問で身を立てようと決心する。
「而立」
(じりつ)(30歳)基礎がきちっとして、独り立ちができるようになる。
「不惑」
(ふわく)(40歳)狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなる。
「知命」
(ちめい)(50歳)天が自分自身に与えた使命を自覚する。
「耳順」
(じじゅん)(60歳)何を聞いても素直に受け入れることができるようになる。
「従心」
(じゅうしん)(70歳)自分がしたいと思う言動をしても、人の道を踏み外すことがなくなる。


 いつまでもたっても「惑わされている」ぼくのような人間が、こうしたことばをみて、いちゃもんをつければ、いくらでもつけられるが・・・人の持っている有限な時間を自分がどのように意味づけていくかという枠組み自体は、さほど変わるわけではない。
 昨日、買った『断る力』(勝間和代著)のなかでも、勝間さんは、次のようなライフステージを描いている。(もっともこの本は20代、30代のこれから仕事の自律・独立にまい進していく人にむけての本であるが)

■30代前半までに「軸」を持つのが理想
◎「20代」=「トライ・アンド・エラー(試行錯誤)」
◎「30代後半~40代後半」=「仕事の完成期」
◎「50代~」=「仕事をまとめ、後進を指導する」

 ぼくの年齢に重ねてみると、

◆「知命」(ちめい)(50歳)天が自分自身に与えた使命を自覚する。
◆「50代~」=「仕事をまとめ、後進を指導する」


・・・ということになる。そう言えばそうは言えなくはない部分と、いつまでたっても、自覚もなく、天命も及ばず「デロデロじゃー!」という部分が混在しているというのが本当だ。ひとは、今いる時間を、その瞬間をいつでも更新していかねばならない存在だからだ。

 雨音が止んで、空が白んできた。明日は運動会。できるといいな。(日曜日は、ぼくの「自転車」の納品日だしね。)

「思想とマニュアル」・・・09/05/28(木)

image001-2.jpg 夜遅くなった次の朝はつらい。だいたいぼくは「朝型」に転向して10年になるので、夜はつらいのだ。もともと「大学院」にいって勉強を始めたのがきっかけだった。断然、勉強をしたり、仕事をしたりした方が「効率」がいいので、自然にそうなっただけだが、いまでも「朝型」はつづいている(えっつ、老人にちかづいてきたから?)。
 昨日は、午後からへろへろになって、早めに退勤したが、つい「ジュンク堂」に立ち寄り、「自転車」の本(『自転車三昧』高千穂遥著)と「断る力」の弱いぼくに向かって、するどい自己主張をしている『断る力』(勝間和代著)を買ってしまった。あんまり、この手の本は読まなかったが、読む文脈が、自分の方にできてくると(この場合、「自転車」であるが・・・)、たいへん明快で読みやすいのであった。
 「思想」と「目的」は違うと高千穂さんは、述べている。思想とは、「自転車に乗っていて楽しい」ということだ。それは「目的」ではない。目的は、行動の具体的な指標であり、そこに至るための、方法や手段、戦略などがある。到達すれば消えてしまう。人生には両方必要である。
 勝間さんの本は、「断る力」というものを具体的な行動マニュアルとして提示している。実に戦略的に効率的に、女性が現代社会を生きていくための方法が提示されている。
 「思想」も「方法」もなく、だらだらと生きていると、勝間さん曰く「妬(ねた)む、怒る、愚痴る」というような精神生活に陥ってしまうのだろう。ネガティブに陥らない志向とそのための方法論は、現代生活の必需品かもしれない。 

「研究局・美育文化評議委員会・CCAA寺子屋打ち上げの三連チャン」・・・09/05/27(水)

image002.jpg 昨日の朝は、「ひつじCafé」の原稿やらで、少しで遅れたこともあり、自転車通勤の下見を兼ねてTAXで学校の近くまで行った。すると、その間、自転車のツーキニストを4人みかけた。車だと30分くらいの道のり。案外、自転車乗りはけっこういるものだ。でも、日本の道路は、法律的に、自転車は、道路を走るよう規定しているが、道路は、自転車が走るようにできていない。なんという矛盾だろう。
 ここら辺りが、ヨーロッパとの国づくりにちがいを感じさせる。道路政策は、一体どうなっているのであろう。
image004.jpg 午後は、千代田区のお茶の水小学校で、モヒカンのシャイでまじめな山田先生のよく練られた研究授業を参観した。白の粘着テープを丸めたり、つないだり、着色したりして、「モンスター」をつくるというもの。
題材の提示やつくるものを材料との関係で、子どもがどのように関係づけていくかということに関して用意周到に考えている図工の先生がそこにいた。
 反省会に行こうとすると電話がかかってきた。美育文化の穴澤さんだ。「どうしました?評議委員会ですけど・・・」「えっ!明日では?」「今日です」というわけで、またしても、「やっちまった」。TAXで、市ヶ谷の「アルカディア市ヶ谷」まで駆け付けた。すんっません!!!!
image006.jpg 会が終わる鈴石弘之先生が、「四谷まで行こう!うっちゃん(内野務先生)が、寺子屋の講師で、今、打ち上げなのでいくぞ!」とばかり、穴澤さんと奥村先生と鈴石先生とでTAXで四谷三丁目の中華屋にむかった。若い先生がいっぱいで、会は盛り上がっていた。最近、内野先生は、たいへん元気がいい。
 研究局もそうであるが、都図研には、面倒見のいいおじさんと学ぶ意欲に満ちた若い人たちの交流がちゃんとある。表だって見えないが、これが都図研のいいところである。ただ単に専科が集まっていばっているというのは、誤解である。

 一日、三回もTAXに乗るとは、思いもよらなかった。

「自転車と文化」・・・09/05/26(火)

image003.jpg 今度の日曜日がぼくの自転車の納品日で、初乗りとなる。とうわけで、気分はすでに「自転車乗り」ではある。「ミュンヘン便り」のカトちゃん(加藤貴子)からメールがあり、カトちゃんも実は、自転車乗りで、自転車を分解して、ミュンヘンまで持参し、愛用しているとのことである。ぼくも一丁前に乗れるようになったらドイツに行ってカトちゃんとサイクリングできたら楽しいかもしれない。
 ってなわけで、自転車関係の本を買って読んだり、ネットで調べたりしていると実に自転車は奥が深いことが、判明しつつある。
 まず読んだのは『自転車で遠くへ行きたい』(米津一成著)。すいっと一日で読める。人間のもつ「距離感」を中心に話が展開する。100kmは、客観的な数値ではあるが、人によって、100kmの意味や価値は、全然異なるのだ。そんなことが実感できる。文体も簡素で読みやすい。ああぼくも、自転車で遠くにいってみたい!
image004.jpg 著名人の自転車乗りには、ロッカーの故忌野清志朗さん、俳優の鶴見辰吾さん、TVプロデューサーの疋田智さん、SF作家の高千穂遥さん、そして、最近、超売れっ子の勝間和代さんなどがいる。
 勝間さんは、都内の異動は、だいたい自転車で行っているらしい。その方が断然効率的だし、健康的で、「自己投資」にもつながっていると考えているらしい。
 勝間さん系の本は、読んだことがないが、ぱっと見、たいへん「戦略的」な思考、実利的な志向の本と推察される。理念や思想も机上で空想されるべきものではなく、生き方に関わる具体的なポイントを押さえていることが何百万部も売れる原因かな。それに、女性の生き方にかかわってもいる。今度、読んでみたい。
 昨日、ジャック・アタリの分厚い『21世紀の歴史』が届いたが、アタリは、経済学者、思想家でありながら、仏の大統領補佐官や「ヨーロッパ復興開発銀行」の初代総裁なども行った人物。
 ぼくは、「自転車」と「21世紀の歴史」が、どこかでつながっていると感じるのだが・・・・たんなる僕の空想癖だろうか?

「晴れたら、散歩に行かない手はない―タカダ ワタル的」・・・09/05/25(月)

image003-4.jpg 日曜日は、朝からシトシト雨だった。が、午後になって、晴れ間がみえた。散歩に行かない手はない。ぷらぷらと歩いて、小竹向原のバス停の横を通ったら、高円寺行きのバスが来たので、すうっと乗ってしまった。
 高円寺について「こどもの城」の有福さんが着ていた「アロハ」に負けないような派手なアロハを買おうと思った。が、「高円寺レコード」にホイと寄ってみると亡くなったフォークシンガーの「高田渡」のimage004-4.jpgCDがあったので買ってしまった。(写真『高田渡、旅の記録 下』)
 未発表のライブのテープを編集したものである。息子は、高田蓮というすぐれたミュージッシャンだが、中にエッセイがあって、父親は、普段は、気を使い過ぎるぐらいのシャイなひとだったが、外で他人と対峙すると喰ってかかるような人物になったとあり、それは、もう一人の「タカダワタル」であるというようなことを述べていた。
image006.jpg 先日亡くなった「清志朗」もすっぴんでは、シャイだったらしく、「自我」の強さと「自己主張」の強さはまた別ものであるのだろう。誰しも「仮面」をかぶったほうが演じられ、主張しやすくなるということもある。
 高田渡のライブは、アットホームな感じで、ファンとのやりとりもありなかなかいい感じだ。14曲目の「相子」という歌の歌詞は、たいへんさびしく、うらがなしい。

相子

原詩:高木譲、原曲:Traditional

うまれてみたけれど
わたしはぼんやりだった
人間なら
日に二食で丁度ええぞと
父はいい
人様の分まで盗ってはいけんぞと
母はいい
ひもじい日々を
形見にくれた

おとなになってみたけれど
わたしはやっぱりぼんやりで
うまれや育ちをありのまま
履歴書に記入しては
職にさえあぶれつづけた

だけど
形見というものは
ありがたいもので
父の心配と
母の心配とで
わたしの日々は消えていった

うまれてみたけれど
わたしはぼんやりだった
人間なら
日に二食で丁度ええぞと
父はいい
人様の分まで盗ってはいけんぞと
母はいい
ひもじい日々を
形見にくれた

「ブルース」という曲は、たいへん短曲だが、今聞いても印象的だ。

ブルース

原詩:Emily Dickinson、訳:中島完、曲:高田渡

泣くなんて ちいさなこと
ため息つくなんて つまらないこと

なのに そのふたつの
大きさを とりかえとりかえして
男も女も 死んでいく

 高田の自宅に残っていたテープを編集し、かたちにしてくれるひとがいるおかげで、亡くなった人間の魂が、時空を超えて、ぼくのこころのなかで立ち上がる。ありがたい。

「サボテンの花・自転車乗りになることにした!」・・・09/05/24(日)

image001-3.jpg 昨日は初夏を思わせる天気のよさ。ベランダをみると「サボテン」の赤い小さな花が咲いていた。サボテンの花は、気づくといつもそこにある。あっと驚くようなサボテンの花もある。一瞬だけ咲いて、ぱっと閉じる。いつも驚くのだが、また、そんな季節がめぐってきた。

 さて、午後は、阿佐ヶ谷のバイクショップで、自転車を購入した。イタリアのメーカーで「COLNAGO Primavera」というものだ。ロングライドもできる本格的な「ロードバイク」だ。ボクは、まったくの初心者なので店員のTさんが親切に対応してくれて、機種や大きさなどを紹介してもらい決定した。タイヤが2センチ幅程度で軽量である。さらに、本体に加えて、ペダル、ヘルメット、エアーポンプ(2種)、手袋、チューブ、タイヤレバー、灯火(2個)、ドリンクボトル、カギ、メンimage003-3.jpgテナンスの油などを買った。その他、シューズやはでなウェアー、メーターなどさまざまなアイテムがあるのだが、まだバイクに乗ってもいないので、おいおい揃えていきたい。
 単なる衝動買いなのではあるが・・・自転車がもつ「身体性」は、もっとも効率的に空間を移動していく特性をもっていて、その速度は、もしかしたら、風景が変化してみえる?という直感もある。でも、やってみないとわからないので、やってみることにした。
image004-3.jpg まあ「おじさんのお遊び」ではあるが、人生は「遊び」が大切だ。図工もそうですね。ぼくは、「図工」もメディウムであり、もしかしたら、「自転車」もメディウムなのだと思っている。人間は、メディウムを介してしか世界と触れあえないので、どんな世界がみえるようになるか期待しているところなのだ。(都図研にもきっとサイクリストがいるだろうから、ぜひご教授いただきたいです)

「梅雨の気配、CCAA総会」・・・09/05/23(土)

image003.jpg 通勤の路傍、東池袋の街道の脇にひそやかにあったアジサイ。ガクがほのかに色づきはじめていた。ほんの少し梅雨の気配が忍び寄ってきている。

 昨日は、18時30分より、CCAAでH21年の総会があった。H20年の報告とH21年の計画が鈴石先生からあった。話は、鈴石先生の独壇場で、鈴石ワールドが展開していた。(ほんと元気ですね)
鷲尾先生や矢木先生、内野先生、こどもの城関係では、岩崎さん、有福さん。美育文化の穴澤さん、地域の関係やCCAAで教室を実施している皆さん、賛助会関係の皆さん、多摩美の芸術人類学研究所など、理事や会員が集まり、CCAAの様子に聞き入った。少しずつ活動が、軌道に乗っている様子がうかがえた。

 ところで、内野先生は、「大学ノート」にびっしりとイラストを描きこんで、お得意?の「遺書」を書いていた。(笑)(昔から、彼は自分の指導の記録を絵に描いてみんなに見せる特技がある)。なかなかimage004.jpgかわいい「技術指南書」で売れそうな感じだが、本にするには、ページ数がまだ少ないようだ。(都図研もいろいろ本を出しているが、ほいほいと出しているわけではなく、実のところ「本」として出版できるのは、奇跡に近い難業であることは、あまり知られていない)。

 また、帰り際、こどもの城の有福さんと話したら、有福さんは、多摩美で竹中直人さんの後輩で、映画研究会に所属していたらしく、先日他界した「忌野清志郎」さんのファンであった。ぼくの「ひつじCafe」も読んでくれていて、声をかけてくれた。同世代に共通する感情というものがある。

「空はイカしてる・コラボ授業・CCAA総会」・・・09/05/22(金)

○昨日の5時頃、菅原さんからメールがあって、「会長!ひつじの原稿がきてません」。えー、朝方、送った原稿はどこへいったの?以前も自分に送っていたことがあったのだが・・・(最近、老化が激しい)、急きょ、携帯で作成し、21日分は、菅原さんに送付した。帰り際、職員室で、「とずけんどっとこむ」を開くと、すでにアップしてある。さすが「手の早い」菅原先生。すごい技である。ちなみに、朝送った原稿は、本間理事長のところに送っていた。病み上がりの本間さんも「なんのこっちゃ」というところかな。さて、ということで、以下は、幻の日記原稿を掲載する。

image002.jpg

○本来は21日分の原稿

 雨宮さんが、前にうちの学校の図工室から見える風景が、ずいぶん都会なので違和感があると言っていたが、空だけは(夕焼け)はとても美しいといつも感じている。
 さて、現在、柴崎先生が、妻有の海外作家と都図研のコラボ授業を3本企画中である。一本は、復帰した本間先生が行いBTにも掲載される。なかなか内容や日程を組むのがたいへんであるが、よろしくお願いします。
 昨日は、学校対抗のバレーボールの試合だったが、やっぱり「おじさん」は、年には勝てませんな〜。選手より、応援が向いている。来週は、本校は運動会で、練習まっさかりです。

○今日は、夜、CCAAの総会があります。

「墓石の花」・・・09/05/21(木)

090521_0653~01.jpg 墓石の横を通って通勤している。朽ちた墓や真新しい墓があり、ところどころに花がいけてある。
死者に対して花を飾るのは、太古の昔、人間が人間となって、死というものを意識し、時間というものを手にしたときからある。
 即物的に生きる生物は時間とともにあるので、未来や過去といった時間は存在しない。
過去とは悔恨であり、未来とはそれを投影したものだと心理学者の岸田秀がいっていた気がする。本来の時間からずれてしまった人間は、幻想の時間をつくりだしたのだった。
090521_0655~01.jpg 墓にいけられた花は、美しい。人間とは花をたむける存在だ。花をたむけることで人間になったのである。
 しおれた花もあるが、それはそれでまた美しいと感じる。

「妻有トリエンナーレ・都図研ツアー申し込みがはじまった」・・・09/05/20(水)

image003.jpg 8月の7日(金)8日(土)に行われる「越後妻有アートトリエンナーレ2009」の都図研バスツアーの申し込みがはじまった。おととしも行ったが、北川フラムさんのバスガイドなどもあり、たいへん楽しかった。暑い夏の妻有の旅は、いまでも記憶に残っている。クリスチャン・ボルタンスキーのむせかえるようなわらの匂いは忘れられない。
 今年も柴崎先生、伊藤先生の凸凹コンビで、ツアーを仕切ってくれている。昨日柴崎さんから電話があり、初日のシンポジウムには、首都大学東京の長田謙一先生が講師として参加してくれることが決まった。バスで一緒に回ってくださるそうだ。北川さんも、ツアーガイドで時間をさいてくれる。また、現地のガイドさんもお願いして短い時間を有効に使う予定である。金額的にも、個人で行く場合に比して、かなりの安価ではないかな。
 HPのTOPに、「申込用紙」がダウンロードできるので、記入して、伊藤貴光先生にFAXしてください。

 「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」ホームページhttp://www.echigo-tsumari.jp/

「出張のないきのうの一日」・・・09/05/19(火)

  • 4時少し前に、起床。また朝がやってきた。
  • 濃いコーヒーをまず入れる。
  • メールをチェックする。いくつか入っていて、返事などを書く。「ひつじCafé」も朝方と前夜と半々かな。
  • シャワーを浴びる。
  • 支度して、いざ、出勤。月曜日は頭ボー。
  • 電車に乗る。池袋へ、そこから東池袋へ。
  • 途中、コンビニで、水などを買う(疲労時は、ドリンク剤で一服)。最近はS先生とよくすれ違う。彼は練馬の方まで出勤。
  • 7時前後に到着。一番の時は、職員室のコーヒーやポットなど準備。
  • 図工室へ。
  • 窓をあける。着替える。雑巾を絞る。ポット。授業内容の確認。一日の学校のスケジュールの確認。板書。材料・道具の準備。教材の準備。
  • コーヒーとサンドイッチ。
  • 職朝。補教係。
  • 全校朝会。
  • 授業1・2校時4年1組。授業3・4校時4年2組。(5・6校時もあるのは、木曜日、金曜日)
  • 給食。
  • 昼休み、「たてわり班」の顔合わせ。
  • 5時間目補教。下校指導。
  • 放課後、運動会の装飾係を残してプロづくり。
  • 特別活動会議。
  • バレーの練習。
  • 図工室の後片付け。
  • すでに8時近い。(皆さんまだ仕事をしている)
  • 着がえて帰宅。
  • 出張のない日は、池袋まで歩く。
  • 途中のCafeで一服。
  • 電車に乗って帰る。
  • めし、風呂。
  • メールをうつ。
  • 寝る。(朝がすぐきてしまう)

image002-1.jpg
◆追伸
本間理事長、復帰の模様(よかった)。くれぐれも無理なさらないように。でも本間理事長がいないと、都図研も学校もまわらない。

「カラス・題材化」・・・09/05/18(月)

image002.jpg 早朝の通勤時、カラスがごみを食い散らしている光景に出会うことがある。カラスは、そばでみるとかなりでっかいし、黒い羽はつやびかりしている。
 ノラ猫は、どこかユーモラスだが、カラスは、どきっとする。どこか狡猾な感じが、その動作に感じられたりする。(もっともこれは、ぼくのカラスに対する先入観であるが・・・。例えば、「オオカミ」は、一般には「凶暴」「狡猾」などのイメージがあるが、本当のオオカミは、生態学的にはそんなことはないらしい。文学や童話の影響でそうみられている。)
図工の授業の題材では、よく「猫」は取り上げられるが、「カラス」はあまりみたことがない。自分では、ずいぶん前に一回だけ、「カラスとマジッシャン」という題材をモノクロでやったことがある。ちょっと不思議な感じの作品ができた。
 誰か、題材化に挑戦してみてください。意外に子どもは、カラスのことをよく知っているかも知れないし、どんなイメージをもってるのだろう?

「ずこう寺子屋・BT美術手帖6月号 」・・・09/05/17(日)

image004.png
 今日はあいにく朝から雨ですね。日曜日が雨だと少しもったいない気がします。
昨日BT(美術手帖)の6月号が届いた。BTと都図研は、くしくも60周年を昨年迎え、同時代を歩んできた。BTのシリーズ「子どもと美術」は2005年より連載されている。もともと図画工作教育の危機的な状況に対して、少しでも図工のよさ・豊かさを世間に知らせていこうという趣旨のもとに連載がはじまった。
 ぼくがかってに区分すると、第1期は、小学校の図工の授業を中心に焦点をあて、すでに『図工室へいこう 子どもがつくる楽しい時間』(美術手帖編集部編・都図研協力、美術出版社)として結実している。
 第二期は、学校教育に限定せず、子どもと美術にかかわるいろいろな社会的な場面を取材している。アーティストの岩井俊雄さんや都図研と谷川俊太郎さんのワークショップなどが掲載された。
今月号の「ずこう寺子屋」では、内野務先生が、若い先生方に授業のワークショップをしている。「ずこう寺子屋」は、昨日紹介した鈴石弘之先生のCCAAで、現役の図工教師を対象行われている講習会である。こちらも3年目を迎えた。参加者は、実費で講習を受ける熱心な先生方である。今年は、ベテランの先生方が「模擬授業」を行う。
 いよいよ第三期に突入で、再び、学校の図工室に取材の視線がもどってきた。やはり学校の授業には、子どもがいて、毎週、図工を行っていて、そこで展開している子どもの姿・様子には、リアリティがあり、見えにくいが子どもの素晴らしい時間が存在する。
 公的な場と時間がそこにあり、日本という国に住まう子どもたちが、平等に享受できる公立小学校の図工の時間は、日本の未来を開いていくための大きなカギである。問題なのは、そうした場と時間が、少なくなり、やがて消えてしまうのではないかと危惧される現状である。
 その意味でもBTの連載は、図工と子どものよさを世間に知っていただくよい機会である。7月号は、鈴木陽子先生(副会長)の80色の絵の具で行われた新1年生の「はじめての図工」の授業である。
ぼくはどんな授業か、とても楽しみにしている。

 ちなみにBTの特集「一夜漬け日本美術史」は、「わびさび」ではなく「ポップ」な視点から語られていて面白い。

「スズムシ日記・アンダマンスマイル展」・・・09/05/16(土)

image003-1.png 鈴石弘之先生のブログ、「スズムシ日記」(http://suzuisi.blog.so-net.ne.jp/)で、タイのプーケットの「津波支援」のプロジェクトの様子が書かれている。(写真はスズムシ日記より)
 ご存じのように前都図研会長の鈴石先生は、退職後、NPO法人「市民の芸術活動推進委員会」を立ち上げ、現在活動している。この3月にタイに行き、子どものワークショップを行ってきた。
 現在、「アンダマンスマイル展(Andaman Smile Exhibition)〜タイの津波孤児施設に暮らすこどもたちが描いた絵/ポートレート/被災者支援のクラフト展こどもたちの夢を形にするために私たちに出来ること〜」をCCAAで開催中。2009年5月14日(木)〜5月23日(土)※会期中は休み無し 10:00〜18:00。詳しくはCCAAホームページ(http://www009.upp.so-net.ne.jp/ccaa/)。

 久しぶりに美育文化の穴澤さんからメールが入り、谷川絵本『きみは なまいきな かみさまだ』(三晃書房)の「書評」を「美育文化誌」に掲載してくださるとのこと。応援、うれしいですね。都図研としては、これまでの本なかで、もっともポピュラーなものであり、一般的なメッセージがそこにあると思う。が、これで売れないなら、「図工」の将来も暗いかな、と一瞬おもってしまう・・・・。

「1年生・BT編集会議・訃報」・・・09/05/15(金)

image003.png・出勤時、路上に咲いた小さな花が、きれいで気持ちを癒してくれる。
・昨日から1年生の授業も行うことになった。反応がとても面白い。1年からもつと継続的に授業ができてたいへんよいと思った。
・昨日は18時30分「BT美術手帖」の「子どもと美術」シリーズの連載を学校現場の授業を中心に取材することになった。図工室には、なまなましく子どもが存在している。授業をとおして、子どものリアルと図工のよさ・面白さが伝わるといいなあ。BTの高橋さん、伊部さん、大下社長、都図研のメンバーで会議を9時近くまで行った。
・「訃報」これまで一緒に研究を行ってきた岩田芳子先生のご主人が不慮の事故で亡くなった。まだまだお若いので残念である。合掌。

「文京区小学校教育研究会」・・・09/05/14(木)

image002.jpg 昨日は、湯島小学校で、文京区の区小研の総会と図工部会があった。各区の小学校の教科研究会の独自なところは、日本の教育研究の特色でもある。つまり、行政とは、別に組織が独立していて、会費は、会員から徴収され運営されているのであるが、完全な独立した組織でもなく、研究の機会や場が、教育委員会によって保障されている。このことによって、ある程度、自由で自主的な教科研究を行うことができ、それが、現場の教員の指導力の底上げを図ってきたのである。「都図研」自体ももちろんそうした土壌の延長線上にある研究組織である。
image004.jpg 総会が終わって、図工室で図工部会があったが、湯島小学校の平良先生は、新進の現代舞踏家でもあるが、なかなかキメの細かいところもあったところを発見した。写真のカッターの保管などは、なかなか手が込んでいる。
 反省会はいつものように大道先生の先導で、新潟系の飲み屋さんにいった。つまみなどもおいしく、ゆかいな時を過ごした。雑談の中に図工のいろいろなノウハウが詰まっていた。

「H21年度 第1回都図研理事研究会」・・・09/05/13(水)

image003.png 昨日は、文京区青柳小学校で、本年度第1回目の理事研究会・総会が行われた。少々蒸し暑かったが、70名以上の参加者があり、今年度の役員紹介、組織、事業計画、予算、各局、特別委員会、規約一部改正などの報告、検討、承認などが行われた。
 都図研の「理事」もこのところ様変わりし、人員がかなり入れ替わってきているのが、感じられた。図工教育を今後盛り上げていく意味で、「都図研」のあり方や活動に対して、若い会員の先生方に、情報を提供し、参加していただくことが、「図工」の維持・発展には不可欠である。
 また、本間理事長が急病のため、欠席であった。よって普段、無口の小生が、本間先生に代わって説明したが、理事長の弁舌のさわやかさに比して、まったく舌足らずであった。本間理事長の回復を祈るとともに、チームワークで活動していきたい。役員、理事、会員の皆様、本年度もよろしくお願いします。

「蒸し暑い」・・・09/05/12(火)

090512_0655~02.jpg 昨日から急に蒸し暑くなった。我が図工室は4階にあり陽当たりもよく暑い。
 理事会のセッティングをして、バレーボールの練習に参加した。今日が試合で理事会とバッティング。理事会が優先なので試合にはでない。もっとも、おじさんが出てもね・・・。
今朝は駅に向かう途中、なんかへんだ。メガネをかけ忘れた。15分ロスすると、電車も混んでいる。キオスクの新聞造形遊びのようなものがあった。某党首の辞任。
 それから、本間理事長が急病のため、安静状態。よって本日は欠席となる。理事長職は、都図研の運営の核である。静養し体調を整えてください。ホント、理事長職は激務なのだ。

「第1回都図研理事研究会が明日あります!」・・・09/05/11(月)

image002-3.jpg 明日、12日(火)は、都図研理事研究会が、文京区青柳小学校で開催されます。いよいよ平成21年度の都図研の本格的な活動の開始です。各区市などの地区から代表された「理事」の皆様が、本年度はじめて一同に会して、会議、連絡、研究等を行います。現在、人員の異動も激しく、ベテランばかりか、新人の先生方が理事として選出されている地区もあるようです。是非ともご参加いただき、都図研の様子を理解していただくとともに、積極的に運営にかかわり、各地区の連携のパイプ役になっていただきたいと思います。
 我が国の全体の図工教育の現状は、決して、十全なものとは言えない状況です。教育研究会自体の組織が、機能していない中では、図画工作科という教科研究の進展はあり得ないでしょう。
 「個々の図工の先生方」―「地域の図工研究会」―「都全体の研究会(都図研)」が、有機的につながって、はじめて図工教育が充実していきます。理事の皆さんはその「かなめ」です。よろしくお願いします。

「ガガガ、ガッタ、ガッタ・・・さよならBaby」・・・09/05/10(日)

image002.jpg12時半。半蔵門線「青山一丁目駅」。
image003-1.jpg青山霊園の中の列、最後尾。
image005-1.jpg延々と列が連なる。家族づれもいる。
image007-1.jpg2時間半待ち、青山霊場入口に。
image009-1.jpg受付で芳名カードを渡す。
image011-1.jpgカードをもらう。
image013-1.jpg広場にも長蛇の列。すごい人だ。
image015-1.jpgウサギのエアーバルーンがゆれて踊ってる。
image018.jpg会場正面の看板。
image019-1.jpg著名人の木札が並ぶ。
image022.jpg会場入口へと。
image023-1.jpgさあ・・・いよいよ
image025-1.jpgロック少年は、人の心に侵入し、開く力をもっていた。
image027-1.jpg出口付近。さよならBaby。
image029-1.jpg16時30分、霊場出口。数万人来訪者。こんな多くの人々に愛された。

「東京都現代美術館―虹がみえた」・・・09/05/09(土)

image003.jpg 昨日は、東京都現代美術館で連携鑑賞教育の打ち合わせがあった。ぼくは、六校時まで授業が入っていたので、遅れて参加した。到着するとすでに美術館の学芸員の皆さんと当日ギャラリートークをする研究局員、ファシリテーターをする研究局員の皆さんが話を煮詰めていた。
 今回は6月11日(木)と26日(金)の2回興業で研修を企画している。2回目は、近くの元加賀小学校の児童が参加してくれたので、子どもを対象とした鑑賞の授業がみられる。南副会長、岡田研究局長、大畑副研究局長のもと、運営計画がすすんでいる。参加も各地区から、50名をこえた応募が来ている。
 全体の計画を検討したあと、それぞれの鑑賞作品を再見し、検討に入った。その後、外をみるとまるで、現代美術の作品のように大きな弧を描いて「虹」が空にかかっていた。(ぼくは、急いでいたので、携帯を学校に忘れてしまった。虹の写真は、吉岡琢真先生が撮影したもの。メールでおくってもらった。ありがと〜)こうした「虹」の景観をみると美しいと感じる。「自然は美しいな」と。
オスカー・ワイルド(1854〜1900)のことばに「自然は芸術を模倣する」というものがある。「芸術がimage004.jpg自然を模倣する」ではない。通常は後者だが・・・・。(風景を観照し、独立した作品として描きだしたのは、ヨーロッパでは実は、ルネサンス以降である。中世的な神を中心とした世界観が崩壊し、ルネッサンス的な現実を肯定する世界観へと移行する中で生じてきたものなのだ。17世紀のアムステルダムでは、交易が栄えた新興都市のなかで新興のオランダ市民階級の成立とともに、その現実的な嗜好・願望を土壌とした近代風景画が描かれたし、また、イギリスでも産業革命にともなった資本主義の新興の中で、風景が描かれた。)
 つまり、ワイルドは、「ものがどの様に見え、感じるか」ということの、「文化的なコード」の重要性について、述べているのだ。ものが美しいと感じるのは、それを美しいと感じるコードがあってはじめてなりたつ。アートとは、ある意味、そうしたコードを生み出す媒介なのだ。またそこに、教育というものの必然性もあるのだろう。子どもが、美術館をおとずれることは、子どもが世界の見方を豊かにしていくコード(アート)にふれることである。そして、鑑賞教育は、子どもとアートが、接続していく場をどのように設定していけば、よりよい経験となるかについて検討し、実践するものであろう。

「昨日はあわただしかったな〜」・・・09/05/08(金)

image002-2.jpg 昨日は、7時に学校に行って、消防写生会ができるときとできないときの両方の準備をした。が、おかげさまで、無事挙行できた。
 3時間目からは、他の先生にお任せし、3年生のはじめてののこぎりの授業を行った。3年生は、わっせわっせとのこぎりを堪能していた。給食は4年生の補教。休み時間は体育館で看護当番。お掃除が終わって、5・6校時は3年生の「桜」の題材の仕上げ。同じ日に3種類も用意するとしんどいですね。
 6校時終了して、担任が出張なので下校指導。下校指導が終わってあわてて、片づけして、着替えて、本間先生の学校に出向いた。4時近くになっていた。4時40分頃つくと、すでに、本間理事長、加藤事務局長、麻広報局長、服部先生、山田先生、高松先生、菅原先生、島田先生、新人の中林先生らが集まって、理事研究会の準備を行っていた。皆さんせっせと働いて、順調に仕事が進んだ。多くの組織がこうしたことができずに衰退していることを考えると本当にありがたい!本間先生は、熱があるらしく反省会でも調子が悪そうであった。明日は休みなのでがんばってください。
 今日は、現代美術館で打ち合わせがある。

「連休明け2日間」・・・09/05/07(木)

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 今日は、「消防写生会」を予定していたけど、天気がかんばしくない。天気予報をみると「雨、時々、曇り」。これだとちょっとできそうにない。「黄ボール紙」をカットし、名札など用意していたけど、来週になりそうだ。
 それから、夕方から事務局会が落合第六小学校である。本間理事長は、連休中、音信不通であったが、今朝の連絡によると、インフルエンザで寝込んでいたらしい。本間先生が寝込むと都図研が動かなくなる。都図研の役員諸氏は、ハードな仕事を抱えているので、体調に留意してください。
 事務局会は、地味な存在だが、加藤幸子先生をはじめとして、袋づめ、派遣依頼発送、都図研名簿、都図研ニュース印刷袋詰めなどをおこなっている。都図研の活動にはなくてはならない部局である。今日は、来週の12日(火)に青柳小学校で行われる第1回目の都図研理事研究会等の準備を行う。本年度も事務局の皆さんよろしくお願いします。
 明日は、研究局の美術館連携鑑賞研修会の打ち合わせが、現代美術館である。内容も煮詰まってきたようである。連休明けは、どっと仕事が押し寄せますね。

「連休も終了で~す!ね」・・・09/05/06(水)

image002.jpg 大型連休、都図研の皆さんいかがお過ごしでしょうか?ぼくは前半は、「咳」が止まらず、ゴロゴロしていました。それから「墓参り」と近くのコンビニに煙草を買いに行ったきり、ほとんど家にこもっていました。出不精ですね。そんなわけで家にいたのですが、ずっと家にいると時間や日にちの感覚がおかしくなりますね。勤務していると、時間が外部のきまりによって、分節されるので、メリハリがでるのですが、連休は、5日間が一日のようで、その時間感覚がすごく間延びしてしまうようです。(それがいやだといっているわけではありません。むしろ平気なタチなのですが・・・)。
けれども、完全に家にこもっているのではなく、この「ひつじcafé」の原稿を書いたり、調べものをしたり、広報局長の麻先生から送付されてくるニュース原稿をみたり、元気な金子先生の原稿をみたりと、少しは仕事もしていました(笑)。また、高校生時代から聞いていた「忌野清志郎」さんの訃報に接して、「YOUTUBE」などで映像を探したり、深夜の特番に見入ったりと、内面的にはけっこうせわしない時間が過ぎていきました。(ほんと、メールやネットって、すごいですね)。
でもやはり「休み」です。若干、頭のなかの世界に没入してしまうので、少し「誇大妄想的」になってしまうのかもしれません。でも、これも大切なことでしょう。あまりに具体的な目の前のことに縛られていると全体について考えることができなくなってしまいそうです。明日からは、子どもたちとの格闘の日々になりますね。
あっ、それから、ふと山積みの本に気づくんですね。まだ読んでいなかった本があることに。連休が終わりという時に気づくんですね。連休に読めばよかったのにって。これって学生時代、「試験」の時に本が読みたくなるのと同じですね(笑)。

「子どものいない国―日本」・・・09/05/05(火)

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 今日は「こどもの日」。でも、35年連続で人口に対する子どもの割合が、13.4%と減少している。1950年は、その割合が35.4%だった。
 単純に考えても、子どもの数が少ないということは、その国の未来の成り立ちに大きな変化が生じる。先進国では、「特殊出生率」が少なくなるが、フランスは、09年の発表では、2.02となり、欧州ではトップとなった。その政策の成果が出たと言われている。
 H17年の内閣府経済社会総合研究所の調査研究によると
(http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou020/hou12a.pdf)
以下のような点が挙げられていた。

1.フランスの高い出生率を支えるもの
○高い出産期女性の労働力率(80%)と高い合計特殊出生率(1.89)
○手厚くきめ細かい家族手当
・第2子以降には所得制限なしで20歳になる直前まで家族手当を給付
・子どもが3歳になるまで育児休業または労働時間短縮が認められ、第2子以降の育児休業手当は3歳まで受給可能
・保育ママ、ベビーシッターの利用に関する補助金も利用可能
○子どもをもつ家庭に有利なN分N乗方式の所得税制
○多様な保育サービス
○35時間労働制で男女とも短い労働時間
○同棲による婚外子が一般化

 なるほど、政府による女性の労働や家族、保育の多様なサービス、男女参画社会、そして、フランスらしいが婚外子の一般化など、子どもを生んで育てることへの政策的な仕組みが充実している。

「日本社会の貧困−湯浅誠」・・・09/05/04(月)

image002-2.jpg 最近、湯浅誠氏がメディアに登場している。日本の「貧困」の問題に対して現場から声を上げている人だ。湯浅氏の発言には、そこに起きている現実に触れ、理解し、それらがどのような仕組みや秩序によってうみだされてしまうのかというような真摯な問いかけがあり、たいへん説得力があるように感じた。
 岩浅氏の主張には次のようなものがある。ウィキペディアから参照した。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E6%B5%85%E8%AA%A0)

(1)「五重の排除」

 湯浅は自身の活動経験から、元首相小泉純一郎による「聖域なき構造改革」以降の日本社会で顕在化した貧困において、個々の人間が貧困状況に追い込まれるプロセスには5つの排除構造が存在すると主張している。

教育課程からの排除

  •  親世代が貧困状態である場合、その子供たちは多くの場合中卒あるいは高校中退で社会に出なければならず、社会的階層上昇(貧困脱出)のための技術や知識・学歴を獲得することが極めて難しい。この背景には、日本がOECD加盟諸国の中でも、学校教育費への公的支出のGDP比が下から2番目という、教育関係への公的支出が極端に少ない国であるという問題がある。

企業福祉からの排除

  •  小泉構造改革によって激増した非正規雇用の人々は、正規雇用の人々に与えられている雇用保険や社会保険、企業による福利厚生、安定した雇用などから排除されており、容易に貧困状態に滑り落ちてしまう。

家族福祉からの排除

  •  低負担・低福祉である日本社会では親族間の相互扶助が、社会的転落を防ぐセーフティーネットとしての重要な役割を果たしているが、貧困状態に陥る人々はもともと頼れる家族・親族がいない(たとえば家族・親族もワーキングプアであるなど)ことが多い。

公的福祉からの排除

  •  「ヤミの北九州方式(水際作戦)」に代表されるように、現在の日本では生活保護担当の公務員は、申請者をあれこれ理由を付けて追い返すことばかりに力を入れており、いよいよ追い詰められた状況でも生活保護受給にたどりつけない者が非常に多い。湯浅は現在、生活保護受給資格があるにもかかわらず「水際作戦」などによって生活保護から排除されている人々(漏給と呼ばれる)を600万人から850万人と見積もっている。(生活保護問題#水際作戦も参照。)

自分自身からの排除

  •  上に述べた4つの社会的排除に直面した結果、自分自身の存在価値や将来への希望を見つけられなくなってしまう状態を言う。

(2)「自己責任の過剰」

 湯浅は日本社会に特徴的な病理として「自己責任」論を厳しく批判する。湯浅によると、日本社会に蔓延する自己責任論は、自他の持つ社会資本の格差(親の所得格差、人脈の有無など本人の努力以外の部分で社会における有利不利を決定づけるもの)を見落としているという。またこうした自己責任論はいわゆる「負け組」の人々においても内面化されてしまっており、所持金が底をつきどうにもならなくなるまで「自己責任」で頑張りすぎる者が非常に多いと湯浅は指摘している。「負け組」におけるこのような自己責任論の内面化の弊害として、より早い段階で各種の支援事業にアクセスすれば防げる事態の悪化(自己破産や一家離散、自殺、無理心中など)を湯浅は挙げている。

「訃報」・・・09/05/03(日)

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『ヒッピーに捧ぐ』 詞:忌野 清志郎  曲:肝沢 幅一

お別れは突然やってきて 
すぐに済んでしまった
いつものような何気ない朝は 
知らん顔してぼくを起こした
電車は動きだした豚どもを乗せて 
ぼくを乗せて
次の駅でぼくは降りてしまった
30分泣いた
涙をふいて電車に乗りこんだ
遅刻してホールについた
ぼくらは歌い出した君に聞こえるように 
声を張り上げて
空を引き裂いて君がやってきて
ぼくらを救ってくれるといった
検屍官と市役所は君が死んだなんていうのさ
明日また楽屋で会おう 
新しいギターを見せてあげる

「ヒッピーに捧ぐ」
http://www.youtube.com/watch?v=uLC5-v0JfaU&NR=1
「たまらん坂」
http://www.youtube.com/watch?v=-FzYxaFp4Es&feature=related
「君がぼくを知ってる」
http://www.youtube.com/watch?v=xAZ7kuH_cHM&feature=related
「僕の自転車のうしろに乗りなよ」
http://www.youtube.com/watch?v=eMKHDdmM0KE&feature=related
「イマジン」
http://www.youtube.com/watch?v=3iid-A6_CB4&feature=related

「美育文化5月号:矢野智司先生の論文(エッセイ)」・・・09/05/02(土)

image002-2.jpg 木曜日、金曜日の夜と咳きこんで、眠れなかった。まったくしつこい風邪である。(もしかしたら・・・なんてね)
「咳をしてもひとり」という世界最小の俳句などもあるが、昔の芸術家は、よく結核などにかかって死んでいる。ぼくも、咳こんで眠れないというのは、生まれて初めてなので、「喘息」のひとの気持がよくわかった。咳は結構体力が消費される。おまけに眠れないのでつらい。昨夜は9時頃寝たが、咳で眠れないので、起きると午前1時だった。起きている方が咳きこまないので、読書をしたりパソコンにむかったりした。
 メールでは、金子大介先生の「子どもと図工を考える」シリーズの原稿が届いていた。金子先生は研究局に属していて、今後、活躍を期待される先生である。都図研も金子先生をはじめとして、若い先生方が力を発揮してきていて頼もしい。原稿は、現在、新広報局長麻佐知子先生が編集中。理事会で配布される。また、HPにもアップされる予定。お楽しみに。
 さて、「美育文化5月号」が届いたのでみていると、柴崎先生がこのところ連絡を取り合っている、京都大学の矢野智司先生の「世界を開くメディアとしての図画・工作 ―対話をうながす「問いの一撃」はなぜ必要か―」という論文(エッセイ)が、巻頭に掲載されていた。
 矢野先生の文章は、たいへん読みやすく、平易に難解なことが書いてある。こうしたすぐれた論客は、実は意外と小難しいことは書いていないなあというのが、これまでの印象である。「子どもの詩の絵本」の谷川俊太郎さんや『くるくるアート』の中沢新一氏(今度、城北大会で講演してくれます)や栗本慎一郎氏などの文章や言葉に接した時の感想である。(そう言えば、関ブロの講演者の中島信也氏もそうでしたね。)ぼくは、その原因は、谷川さんがふともらした「ぼくは自我はいらないと思っている。でも自己主張はある」といったことに関係していると考えている。
 自我には、「私が私が・・・」というような個人的なメッセージがつきまとい「うざい」が、自己主張には、他者性を取り込んだ共通性が生じるので、より客観的なものとして受け止めることができるのだ。
 ところで、矢野先生の文章を読むとその主旨は、どうも都図研的な図工の意味に近しく、なるほど、柴崎先生が接近を図っているとうなずけるものであった。ぜひお読みいただきたい。

夕陽は写真に撮ると小さくなる」・・・09/05/01 (金)

image001-2.jpg 4階の図工室からきれいな夕陽がみえた。肉眼だと、太陽はもっと大きくみえるのだが、写真に撮ると小さい。全然大きさの印象・感覚が異なるのであった。実際、一眼のカメラの目と両眼でしかも絶えず視点が移動し、視野も矩形ではなく、身体感覚が付随する肉眼とでは、みえている大きさや奥行き、明暗や質感も異なっているはずである。
 さて、小生、咳が抜けず、依然として風邪状態であるが、世界的に「豚インフルエンザ」が「フェーズ5」という段階に引き上げられ、世界的な流行の兆しをみせているという情報が駆けめぐっている。が、どうも具体的に「豚インフル」がどんなもので、どう対処するか、というのはピンときていないのが本当のところである。正体のみえない不安があって、そういったものにあおられるとそこには憶測と風評が生じる。現在、横浜のメキシコ料理店は、閑古鳥でお客が来ないそうだ。「メキシコ」という単語は、忌避すべきイメージへと一般化されてしまう。「学力低下論争」もある種の「民族論」もこうした一般化によって生じている。
 さて、いよいよ大型連休であるが、風邪がぬけないので、「寝連休」になるかもしれないなあ〜。

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