「高橋香苗個展 ALMOST WHITEあんどロバート・ライマンのことを思い出した」・・・09/07/31(金)

高橋香苗副会長が、個展を開く。8月3日(月)〜8日(土)。11:00〜19:00(最終日17:30)。村松画廊。 高橋さんは、多忙にもめげず、毎年のように個展を開催している。今回の場所は、「村松画廊」といって、現在美術の老舗。大学生のとき銀座の画廊まわりをすると、必ずまわった画廊で、現在は、京橋のほうに移転しているようだ。聞くところによると、この画廊も閉廊が近いらしい。
「ALMOST WHITE」という意味は、ぼくにはよくわからないが、「おおむね白に似た色」とか「類白色」とか「オフ・ホワイト」とかというような感じに似ているのかな?それとも慣用句があるのかしら・・・・。
学校で、主事さんたちが、廊下の壁を塗り替えているのだが、同じ、「白」でも塗り重ねている白色をみるとまったくちがうの気づく。観念では「白」だが、現象では、「白」は、無限なニュアンスを持っている。それをすごく良く感じているのは、塗っている当人たちである。
また、「白」というとぼくは「ロバート・ライマン」を連想する。ライマンの白い絵は、現代美術に触れ始めたころ・・・70年代後半、結構好きな作家だった。ぼくにとっては「絵画についての絵画」という
感じで、かくという操作性が機知に富んでいた。また、観念的すぎず、また、感情・情緒的でもありすぎないところがよかった。
ライマンは、2005年に「世界文化賞」というのを受賞している。ぼくは見逃したが、千葉の川村記念美術館で大きな展覧会もおこなっている。(その後「ロスコルーム」をみにいったとき、大きい作品があった)。
「孫引き」だが、受賞会見にライマンの次のことばがあるようだ。(「第17回高松宮殿下記念世界文化賞――ロバート・ライマン(絵画部門受賞者)の会見から」http://art-v.jp/tenpyo/webtenpyo/5-11/hujita-miyake.html)
○「私の絵画は、意味を問わない。純粋な視覚メディアです。例えば、私はキャンバスに白い絵具を塗る。もちろん、さまざまなタッチを駆使して白という色をコントロールする。そうしながら、私はある意味“光”というものを扱っていると感じることがあります。しかし、それはイリュージョンとしての“光”を描いているのではない。まさに本当の“光”を体現しているということ。つまり、私にとっての絵画とは、自分の中にあるイメージを表現したり、メッセージを発するのではなく、一筆一筆の軌跡が生み出す未知の世界、ミステリーと言えるのかも知れません」
○「絵画を通して、そういうメッセージを表現する画家もいます。しかし、私にはそうした問題は全くと言っていいほど関わりがない。繰り返しになりますが、私の絵画は、現状に対するナラティブ(物語)でもなければ、ステイトメント(声明)でもないわけです」
○「若い頃、音楽を習った先生が、こんなことを言われたことを思い出します。世の中には、“エンターテナー”と“芸術家”がいる。“エンターテナー”とは、聴衆と向き合って、彼らの求めるものを考え、それを表現して提供する。それに対して、“芸術家”は、自分が表現しなければならないことを表現する。聴衆はそれを受け入れるか、拒否するか、だと」
○「これから絵画がどういう方向に向かうかは分かりませんが、決して絵画に終わりはない。画家というのは、例え同じ風景を何度描いたとしても、同じものは一枚もない。絶えず新しい作品であり、挑戦ですから」
「なに」をというのと、「いかに」というのは、表現する際の大きな問題である。これは「大文字の芸術」や「サブカル」の問題にも関連している。「芸術至上主義」や「芸術と社会との関連」ということもある。また、ライマンは「エンターティナー」と「芸術家」をきっぱり分けているが、社会や世界から、切り離されたARTや芸術家というものは、あるのかしら?最近の「芸術」は、限りなくエンターティナーに近づいているようにも思えるのである・・・・。ぼくには、つくることにかかわる大きな深淵がそこにあるのであった。
「品川区教育委員会・目黒区教育委員会あんど本買っちゃった!」・・・09/07/30(木)
29日は、品川区への訪問があったが、あいにくぼくが空いておらず、本間先生が行けたら行くことになっていたが、時間があわず、急きょ、南副会長と鈴木副会長とで訪問してもらった。ありがとうございまし
た。城南地区は六区もあり、なかなかたいへん。明日は、目黒区訪問。目黒は大会当該地区だ。それをすませると世田谷区だけとなる。
それから、本屋さんで清志朗特集「ROKIN’ON JAPAN特別号」をゲット。1000円。夏休みらしくない夏休みが続くが、これでも読んで、愉しもう!
また、それから「松田正平」という画家の画集も買った。この自画像は、画家86歳のときの自画像。この笑いはなかなかすごい!こんな自画像みたことないよね。江古田のいつも行く「蕎麦屋」に松田正平の絵がかかっている。犬の絵もなかなかです。
「美術教育のイベント化とその問題」・・・09/07/29(水)
「美育文化」の穴澤さんが、最近の美術教育の「イベント化」に対して、違和を感じていることは、先日(25日)書いたが、もう一方の「教育美術」誌では、「第44回教育美術・佐武賞」の発表をやっていた。そこで、審査委員の発達心理学で高名な鯨岡峻(くじらおか・たかし)さんの「寸評」(「教育美術」平成21年8月号P23)に目が止まった。
「私は児童・生徒一人ひとりの「内面で感じる」「内面を表現する」という個人の取り組みこそ、美術教育の原点ではないかと考えており、「集団としての美術活動」という観点で取り組んだ報告が多かったのは意外でした。」
と、現在、流行りのイベント的な活動に驚き、さらに、コミュニケーションを標榜する実践に対して、
「ただし、ここでのコミュニケーションが表現を巡る本来のコミュニケーションなのかどうか」
と、かなり本質的な注意を喚起しているのであった。
ここには奇妙なズレがある。関係発達論を唱える者が、関係論的な造形学習(イベント化)を必ずしも肯定していないのである。
ここには、けっこう大きな問題があるように思えてきたのであった。
「谷川俊太郎プロジェクトここに完結セリ!」・・・09/07/28(火)
昨日は、これまた3時に起床してしまい、締め切り間近の雑誌原稿を書き始めた。だいたい原稿を書くのは、おっくうな質(たち)なので、なかなか仕事に取り組めない。が、そろそろやばいので、書きはじめたが、なかなかはかどらなくて、12時近くまでかかってしまった。(でもすごい集中力だ!自分でほめるな!)。
さて、午後は市ヶ谷で健康診断。とりたてていつもと同じだったが、医者が、「昨年より体重が落ちてますが・・・意識的ですか?」。「はい!」と答えた。「最近、運動してますんで」(笑)。
搬出前の最後のお客様。熱心にみてくれてありがとう! 病院を出てCCAA向かった。「谷川絵本原画展」の搬出である。
思えば、足かけ3年に渡るプロジェクトで、インタビュー、ワークショップ、絵本の出版、原画展と谷川さんとのかかわりで、ここまで活動が展開できた。これも、時任先生、高橋先生、庖刀先生、横内先生、本間先生、鈴石先生、さらに、このプロジェクトにかかわってくれた先生方や関係各者の尽力の賜である。恐らくその心の底には、子どもの表現のすばらしさを世間に伝え広めたいという熱い意志があった
おまけに、絵本も買ってくれた。きっといいことありますよ!ハイ!ように考える。こうしたイベントは見た目、華やかではあるが、事業をそれも長期に渡って、維持していくのは並大抵のことではない。
この事業は、都図研史(図工教育史)に残る大きな足跡を残したと、ぼくは考えるのだが・・・・十数年後、数十年後、図工の先生たちはどう考えるだろうか?この事業は、ぼくたちが未来に向かって投げかけたひとつの「設問」でもある。
搬出を終えて、反省会へ。後ろ姿は、皆さんお疲れの感じ。それもそうですね。
でも、いい仕事ができてよかったです。
落ち着いた静かな飲み屋さんで乾杯し、「谷川プロジェクト終了宣言」をして、散会した。
「ついにあのフェンダーが!アンドついに100キロ走破!したものの・・・」・・・09/07/27(月)
ギターの話
東京は、ついに真夏日が到来。いやホンマに暑かったで〜!!
そうそう、ついに本間大先生のフェンダーのギターが、ぼくの手元に入手されることになった。「25,000円」説がしつこく喧伝されるなか、本間氏もついに諦念(ていねん:あきらめること)したらしい。が、さすがに、その値段では手に入らないことが、先日の「銀座山野楽器」訪問で発覚。互いに歩み寄って、妥結となった(というか本間氏の温情によっている)。本間氏のフェンダーは、写真のようにスカイブルーで、丁寧に使われており、極めて良好な品となっている。ちなみに、あのギタリスト「鈴木茂」の唯一無二のアルバム「BAND WAGON(1975年)」で使われたモデルと同じらしい。
http://www.youtube.com/watch?v=gMIvx9bJ4T4&feature=related でみれます。
しかし、真の大問題は、小生が、「へなちょこ・スリーコードオンリィ・ブルースマン」なため、せっかくの名器が、十分に機能せず、ヨシダタクローやボブ・ディランの初期のようにカポタストをつけての演奏になりそうである気配が濃厚であることだ。この辺は当人(俺か)の自覚を強くうながしたい・・・。

ぼくが現在、持っているギターは、写真の生ギターだが、両方ともお茶の水の中古専門楽器店で購入したもの。一台は、お手軽お遊び用。もう一台は、メーカーがわからないが、手づくりで古いものを直したものらしい。飾りの象眼のゾウさんがかわいい。もともとギターは自分で持っていたためしがなく、高校、浪人時代にいつもたむろっていた友人宅にあったギターを見よう見まねでまねていただけなので、自分のものをもったのは、30歳後半くらいではないか。(だからうまくなるわけはなかったのであった)。あっ、そう言えば、拾ったエレキも図工室にあるな。弦が3本切れているけど。
サイクリングの話
5時30分〜14時30分。約100キロ。ときわ台〜戸田〜彩湖〜秋ケ瀬〜ここで道を間違え〜川越・入間サイクリングロードへ〜そのまま入間へ〜往復。ほんとは、ホンダ飛行場へいこうと思った。この間は左岸だったのでよく見えなかったから。ヅカちゃんいわく、右岸でないと見えない。暑い風の強い一日だった。でも、帰りは、完全にへろへろで、彩湖で疲労と暑さで、30分寝てしまった。(気持ちがよかった)。
今日は、明け方から日差しが強い。水面への反射もいつもとちがう。けど、きれいだ。
真夏の光で緑がくっきりしている。光がすばらしかった。
田舎の夏は、緑が深く、いいなあ!と感じる。行きは、よいよいで楽しく進む。
はっぴいえんどの『夏なんです』って感じだなあ。
こんなところに大学が。道をまちがって、そのまま来ているのでよく調べていない。
ロードが行きどまったので。交差点のコンビニで、氷とポカリと水と補給食を買う。大福を食べる。
もっと奥までサイクリングするには体力が足りない。暑さもかなりのものになってきた。ここで、引き返す。
あっという間に、水がなくなる。自動販売機をみつけると神様にみえます!おじさんの血管がつまってはいけない。脳が沸騰してはいけない。水を頭からぶっかける。気持ちいいっす。

まるで南仏のような光。ボーナールですね。
木陰でおじさんは30分休憩。寝ころんでいると風が気持ちよくすり抜けていく。
ほんとはサイクル野郎は、長く休憩してはいけない。走れなくなる。
そんで、帰りは、向い風でぜんぜん進まず、よろよろと、ときわ台までたどりついた。
100キロと太陽と風は、強敵であった。
「サイクリング・浅草まわり」・・・09/07/26(日)
休みだといっそう早起きになる。2時だ。どうなってるの?
5時半〜9時半。ときわ台〜戸田〜荒サイ〜堀切〜隅田川沿い〜堤〜浅草〜上野〜東大〜巣鴨地蔵通り〜板橋本町〜ときわ台。約40キロ。40キロぐらいだとやや物足りない感じである。でも、帰っててきて、な〜んにもしないで、ゴロゴロうとうと、ずうっと寝ていた。
岩淵水門の離れ島のところ。いますね、釣り人。どこにいっても朝早くからいます。自転車乗りは9時頃からだんだん増えてきます。釣り人が最も早い行動習性があるようです。
堀切駅の東京未来大学のところから、隅田川沿いに沿っていく。南副会長の堤小学校の裏を通り過ぎる。ここら辺りの土手沿いは、ホームレスの住居が立ち並ぶ。ハウスは段ボールよりもっとキューブにかちっとつくってある。構築的だ。新宿あたりのとは異なっている。裏通りに社会の縮図がある。
吾妻橋の金ぴかの「ウンコビル(アサヒビール)」。今日は、隅田川の花火大会らしく、場所取りがすごい。朝早くから、おにいちゃんたちが、シートを敷いて陣取っている。「花火」好きの下町人。花火なら、早起きもいとわない。
「雷門」をくぐり、仲店をとおって、浅草寺へ。横の公園には、なんとはなしに、たむろするおじいさんたちが多い。浅草は、早起きだ。なんか、この辺は、大阪っぽいな。(ちがうかな?)大阪はもっと元気かな?つまり、庶民っぽいというか、金ぴかとひなびた感じが入り混じってる感じ。浅草ロック(六区)もいまは昔。
不忍池は蓮がいっぱい。ピンクの花がちらほら咲きはじめている。
ここまでは、土地が低い。上野の山に、美術館や大学が立ち並ぶ。坂を上っていくと東大がある。
東京は坂上と坂下という地勢によって、文化的・社会的な階層性があるように感じます。
「安田講堂」。ぼろぼろですね。中学生の時、全学連と機動隊のテレビ中継を食い入るようにみていた。その舞台です。ぼくが高校生になってから、こうした運動は、内ゲバの時代を迎え、民衆と遊離し、80年代には、消費は美徳の時代となった。ぼくは、この中間に位置するなんとも無色な世代?かな。
「大田区教育委員会・渋谷区教育委員会あんどタローの個性と大衆の寡黙!!」・・・09/07/25(土)
昨日は、都図研城南大会のための「予算申請」を大田区の教育委員会と渋谷区の教育委員会に出向いてお願いした。大田区役所は「蒲田駅」のすぐ横。渋谷区役所は、NHKの前にある。
時間差が2時間あり、鈴木陽子副会長とお茶をしながら、時間をつぶしたが、鈴木先生の多忙さやまじめさ、熱心さにあらためて、脱帽した。こうした先生の働きが、図工の活動を牽引していく。
まず、教育委員会での最初の話は、「都図研」は怪しい団体ではないことを告げるからはじまる。都の「都小研連」という算数や国語の団体が集まった研究会の図画工作部であることを話す。都を8ブロックに分けて毎年、研究大会を開催し、来年度は、城南ブロックの番であることをつげる。持っていった「資料(予算書、事業計画書、その他大会資料)」を見せながら、大会予算の分担をお願いする。
なかなか緊縮財政なので、即答は帰ってこないが、前向きに検討するという答えが返ってくる。教育委員会関係はいいが、むしろ、たいへんなのは、区の他の部署の理解であろう。
城南は6区あり、あと半分の区が待っている。
渋谷区の訪問が終わり、『美育文化』の穴澤編集長と待ち合わせサテンで打ち合わせをした。穴澤さんは、都図研の活動の数少ない応援者である。今度の特集は「アート・プロジェクト」(仮題)だそうで、最近、はやりのさまざまなアートのイベントを批判的に検証したいのだそうだ。そう言えば、自分の足元もっと見た方がいいのでは?というものもいっぱいある。

蒲田は工業の町だ。駅前の銅像の題名は「躍進工業蒲田」!雄々しい歯車を担ぐひとが題材となっている。映画『蒲田行進曲』が連想される。かつては松竹の映画撮影所があったそうだ。けっこうハードな生活の様子がうかがえる町の感じである。


一方、渋谷は、現代の最先端をいく流行の街だ。1970代以降、セゾンの進出にともなって、渋谷は変貌を遂げた。役所前の銅像は、蒲田と比べると柔和なもので「なかよし」が題名。ぜんぜんちがいますな。ちなみに、ぼくは、1954年渋谷区生まれ。本籍地も渋谷区のまま。

穴澤編集長を渋谷駅前でパチリ。美術教育ジャーナリズムの「雄」。(たった一人かも知れないが・・・)
穴澤さんは、ぼくより確か2つ年下だが、この業界では同期である。これからも、いい記事編集してね!
穴澤氏と別れて、ターローさんの壁画にはじめてお会いした。鮮烈で巨大な壁画である。その前を、何百人、何千人のひとが行きかう。大衆は、個性においてではなく、匿名性・・・すなわち「数」「量」によって、寡黙な強烈さを放っている。
後ろの窓を振り返ると無名の大衆が、渋谷の交差点を横切っていく。ぼくもその寡黙な大衆のマッスの中に埋もれて電車で帰宅した。
「昨日の一日〜阿佐ヶ谷の記憶」・・・09/07/24(金)
・朝、どうしても3時頃目が覚めてしまうので、全連小のレポートを下書きし、本間先生に送付した。
・午前中、サマースクール。2年生補助。
・昼食。日大豊山がとなりにあり、そこの出身の先生がいらして、学生ご用達ののり弁スペシャル、580円。学生ご用達らしく、ぎゅーっとつめこんである。おじさんには、カロリー過多かな。
・午後、サマースクール。4年生補助。
・合間に眠くなってしまうので、窓辺のスケッチをもう一枚(図2)。ん〜、まだ全体が掌握できていないな。この間、はがき大に描いたやつ(図3,4)のほうがすっきりしている。図4くらいのほうが、肩の力が抜けていい感じではないかな?
図1 23日バージョン(四つ切り大)
図2 24日バージョン(四つ切り大)
図3 以前のバージョン(はがき大)
図4 以前のバージョン(視点をかえて、はがき大)
・3時半からPCの研修会。「E黒板」の講習会。こりゃ、未来の教室ですね。プロジェクターで投影して、ペンタッチで、画面変換や記入ができる。企業のプレゼンなんかは、これ使ってんじゃないかな?
・5時40分退勤。
・今日の自転車コースは、自宅→雑司ケ谷→目白→哲学堂→中野→高円寺→阿佐ヶ谷→鷺ノ宮→中村橋→豊島園あたり→練馬→江古田→小竹向原→自宅。約27キロ。3日間乗っていなかったので、運動不足感がある。が、土日の後遺症もあるので、軽く流す感じが、おじさんには、適切であろう。
阿佐ヶ谷付近の交差点。駅をはさんで、東西に並木道が続いている。樹木の設置は、昔の人の知恵であり、財産ですね。阿佐ヶ谷は、谷川さんのお宅におじゃました時に、みんなで行った思いでの場所でもある。
ぼくは、小学校・中学・高校生時代、「永島慎二」のファンだったので、よく彼のマンガに「阿佐ヶ谷のぽえむ」という喫茶店がでてきたので、友人のマルちゃんといったことがあり、ほんとに永島慎二がいて、うんちくをたれていたので、びっくりした。その喫茶店はすでになかった。
あー、それから「宮谷一彦」というマンガ家もけっこうすきで、これまたマルちゃんと宮谷のマンガに出てきた新宿のサテンにいったのであるが、ぼくらが、新宿の交番の横をとおって、帰った数時間後に「交番爆破事件」が起きて、危うく巻き添えになるとこだったなあ・・・。それから、「ぼくはいま阿佐ヶ谷の駅にたち、電車をまっているところ・・・」なんていう、「友部正人」の唄も脳裏に浮かんでくるのであった。・・・・阿佐ヶ谷は、ぼくの生活圏ではなかったが、「阿佐ヶ谷」という単語は、こうした記憶を呼び覚ます装置なのであった。
・今日は、大田区教育委員会と渋谷区教育委員会に、都図研城南大会の予算申請に出向く。
「全国連合小学校長会あんど自主研修」・・・09/07/23(木)
自主研修
ぼくの図工室は4階にあり眺めがよい。あいにくの曇り空だったが、アルシュという上質の紙があったので、写生してみた。いつも子どもに、口で、自由にとか、のびのびとか、言っているが、実際、自分でやってみると、そうは問屋がおろさない。なかなかうまくいかんところが現実である。
ぼくとしては、注目したのは、画面の左下から、右上に向かっている道が実際はあるのだが、ここからは見えない。それが描けないかなという思いがあった。少しは、奥まっていく感じがでたかな?でも説明的で全体がばらばらな感じだな。
皆さんも長い夏休み、なんか表現活動もしてみてはいかが。

全国連合小学校長会
銀座、マリオンのすぐそばに泰明小学校はある。こんな都会のど真ん中にあるなんて、なんか不思議でもある。 銀座の泰明小学校で全連小、調査部会、特別委員会の会合があった。都図研では、ぼくと本間先生が出席した。各教科研究会からもそれぞれ委員が推薦されていた。
課題は、新学習指導要領に関する「評価」のあり方。すでに教育課程部会は、動きだしているらしい。
要するに「指導要録」の記述形式についての検討である。ここでまとめた、専門領域としての教科部会の見解を教育課程部会に提出することになっている。8月末が締め切りである。
大きなポイントは、改正学校教育法30条で①基礎的・基本的な知識・技能、②思考力・判断力・表現力、③学習意欲。と定められたこと。また、「習得・活用・探究」も重要となる。
こうしたふたつの要請と従来の「評価規準」の「4観点」との関係性を編み直すことが要求されていると言えよう。
むかいの公園には、岡本太郎の時計の彫刻があるのを知ってましたか? 5時半に会議が終了し、本間先生行きつけの店に「盛岡冷麺」を食べに行った。麺の腰が強くてうまかばい!スープも本間先生に言わせるとうまいらしい。本間先生は、大学時代と初期教師時代を、盛岡で過ごしたので、「冷麺」にはうるさいのであった。
そのあと、山野楽器に、二人で「ぞうさん」というエレキギターをみにいった。「何故、ぞうさんかと言うとぞうに似てるから」(本間先生の説明)。お店の人に高い方のギターをチューニングしてもらい、ちょっくらひいてみた。
「ぞうさん、なかなかいいでは、あーりませんか!」ちなみに、ぼくは、へなちょこで、ほとんどひけないが、気分はロックンローラー!
本間先生もやってみると・・・・超テクニシャンではあーりませんか!すげーぞ、こりゃ!
という感じで、銀座を引き上げたのでした。
本間先生撮影。おいらは、へなちょこロックンローラー。別名、スリーコード・オンリィ・ブルースマン。つまり、高度な弾き方は、本間先生様のようにはぜんぜんできないのでした。
この「ぞうさん」、約4万円。この夏に買って遊びたいな〜。でも自転車の部品も買わなくちゃならないので・・・・。
「第1回組織検討委員会」・・・09/07/22(水)
昨日は、青柳小学校で、7月の理事研究会で、特別委員会として承認された「組織検討委員会」の会合があった。
この組織委員会は、前回は2002年、矢木会長時代に鈴石弘之先生が委員長となって、都図研の組織のあり方をめぐって答申を出している。その一部は、現在の組織に生かされ、また、その一部は、時代の変化の中で、変容を強いられているものがあるようである。
今回も、第1次として、都図研の現状分析、第2次として組織のあり方について提言していきたいと計画している。
菅野委員長、平田副委員長を核として、それぞれの委員の英知を集めて討議し、現場の研究会である都図研の活性化を図ることが、近い将来の図画工作のあり方を決めていくように思われる。
8月に再度集まり、アンケートの内容を検討し、9月の理事研究会では、理事の皆さんに活動の方向性や内容を示す予定である。
世代交代が、顕著になってきた現在、「都図研という現場の教育文化」を次世代に残していかないと、図画工作の価値が伝承されていかない。
「盛り上がったイベント!谷川さんと子どもたちの詩の絵本原画展」・・・09/07/21(火)
昨日は、子どもの詩の絵本原画展『谷川俊太郎と子どもたち きみは なまいきな かみさまだ』(三晃書房)の展示会と記念イベント「松澤奈穂子さんの詩の朗読と唄の会」があった。
午前中から、CCAAにてスタッフが集まり、作品搬入展示を行い、午後からのイベントに備えた。ギャラリーいっぱいの子どもたちや保護者の参加があり、たいへん盛り上がった。特に、見ている親御さんたちの表情が温和で、受容的な感じで、よかった。3年に渡る「谷川プロジェクト」も最後の事業となる。こうしたイベントは長い時間と奇蹟的な出会いによって営まれるということを改めて感じた。
会場設営完了。今回のイベントの立役者、横内先生の寝ずの踏ん張りで、今日に至った。ありがたい。
白い壁の作品たちは、印刷物とは異なり、とても強い光彩を放っている。午後のイベントを静かに待つ部屋である。
スタッフもやっと展示・設営が終わり一息つく。3年間の長きに渡りがんばってきた高橋先生、時任先生、庖刀先生、本間先生ありがとう〜。


絵本も受付にいっぱい並べました。思えば、この絵本の出版は、数々の出会いによって実現した。
(こんな絵本は、二度とできないかもしれない。ですぞ!)
作品や詩だけでなく、ワークショップの活動スナップも展示した。


さて、いよいよ松澤奈穂子さんのイベントがはじまった。歌声が響き、詩を読む声に、参加者が集中する。最初は、やっぱり緊張しますね。なにがはじまるんだろって。
絵の作者と詩の作者を紹介しながら、ていねいに感情をこめて朗読する。自分の詩が詠まれたら、すごくうれしいですね。
ちなみに、松澤さんは、数十年前、横内先生が担任時代のとなりのクラスの生徒だった。直接教えていたわけではない。どういうわけか、仲がよかったらしい。ここが横ちゃんの魅力だろう。
視線が作品や作者、朗読に集中している。保護者の表情がとっても温かい。(思えば、図工・美術は、こうした努力を怠ってきたな!それが現在の状況につながっている。)

朗読の合間に、司会の柴田由佳先生が、絵を描いた子どもと詩を書いた子どもを紹介する。今日がはじめてのご対面・出会いなのだ。すっごいいい感じです。(これで子どもの活動が完結したと思いました)。
いま絶好調!!の柴田先生の絶妙な司会で、緊張する子どもに負担をかけないように紹介しています。これは、通常の授業での柴田流の子どもとの接し方と同じですね。やっぱ、緊張しますよね。こんなたくさんの人の前じゃ。でも、自信にもつながります。
最後に、鈴石御大のあいさつで終了。CCAAがなかったらこうしたイベントもできなかったでしょう。ありがとうございました。(ぜひ皆さんも、夏休み、CCAAに一度はおいでください)。
中華屋さんで反省会。皆さん、ほんとお疲れ様でした。
「100kmの壁は厚い!」・・・09/07/20(月)
「荒川サイクリングロード」を「海に向かって南下するか、山に向かって北上するか」でずいぶん行程が異なってくる。以前、海からもどって風呂から上がり涼んでいると、友人のヅカちゃんから電話。「今、桶川の飛行場にいっから!」。桶川付近に飛行場があるらしい。今回はその辺を目安に走り出した。
ときわ台〜戸田〜笹目橋〜彩湖〜秋ケ瀬〜ホンダ飛行場〜北本〜ひたすら17号〜笹目橋〜高島平〜ときわ台。5時〜11時半。約82km。きつかった。
朝5時頃の風景。笹目橋から。コローやバルビゾン派には、目もくれなかったが、自然は美しいと感じるのは、年のせいか?作為的・人為的な芸術は、ちょとね・・・という感じかな。空の変化は、千差万別。現象にいちいち喜んでいるとピカソに怒られそうだが・・・。ぼくの頭の中には、アルベール・マルケの絵画の仕事がぷつぷつと浮かぶのでした。
「彩湖」を抜けてしばらく行くと、水田の中を道が走る。稲穂をみるとほっとする日本人。
こっちの道は、入り組んでいて迷ってしまう。ゴルフ場と手の入っていない雑木林、水田、野球場などの間を道が縫って走っている。ヒバリではなく、ウグイスが鳴いているではないか!


こんなところに、こんな立派なお寺が。「泉福時」というらしい。
平安時代から現在まで、こんな辺ぴなところに仏教の伝達機関が設置されているとは、考えてみれば、すごいではないか。因みに、ウィキペディアによれば・・・。
「泉福寺(せんぷくじ)は、埼玉県桶川市にある天台宗の寺院。山号は東叡山。院号は勅願院。房号は円頓房。本尊は阿弥陀如来及び地蔵菩薩。829年(天長6年)円仁を開山として創建されたと伝えられる。古くから天台宗の中心的な寺院のひとつであった。・・・・1560年(永禄3年)兵火により焼失し、1647年(正保4年)に復興された。江戸時代には幕府から朱印状が与えられていた。」
これが「ホンダ飛行場」。お寺の向い側に位置している。これは、都市上空をよく飛んでいる気球ですね。ここが母港だったんですね。横にはセスナ機がたくさんならんでいた。
荒川から、右方向へはずれ「北本駅」へ。ここから折り返し。17号線をひたすら南下した。しかし、気温も上昇し、ぼくの足は、確実に動かくなってきた。板橋までは、一直線だが・・・。途中で飲み水もなくなり、コンビニに飛び込んで、かき氷とポカリを水筒に詰め込んだ。
現在のおじさんの体力では80キロはかなりきついことが、わかりました。「100キロの道は、遠し!」。
今日は、CCAAで谷川絵本原画展のイベントがある。3年間の集大成の事業である。みんな見に来てね。
「さっそくサイクリングさせていただきました!」・・・09/07/19(日)
夏季休業第一目。5時30分〜10時30分。ときわ台〜浮間公園〜荒サイ〜行きどまり〜月島〜銀座〜国会議事堂〜六本木〜青山〜原宿〜新宿〜明治通り〜新宿〜目白〜小竹向原〜ときわ台。約66km。
戸田から「荒サイ」に入らないで、横道に入っていくと、煙突がにょきり。ぼくは煙突から煙がもくもくでていると、なんか「いいな〜」と思ったりする。蒸気機関車が好きな人もそんな感じだろう。近代日本は、煙突の煙である。煙突が、社会をつくったのだ。鈴石先生なら「そりゃ、ペニスだね。男性原理。」とでも言うだろう。(でも今は環境問題の時代)。
こんなところに公園。「浮間公園」だ。北ノ台小勤務時代に「写生会」来たではないか!この池の向こうの土手の先に荒川がある。
鈴石先生なら「沼は、女だな!」とでも言うかな?(あの、実際言ったわけではありません。ぼくの空想ですので間違わないように)。
土手を走るといつも空高く雲雀(ひばり)が鳴いている。雲雀の声を聞くと朔太郎の詩を思い出す。
「雲雀料理」 萩原朔太郎
五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。
したたる空色の窓の下で、
私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。
私の生活にもいつかは一度、
あの空に光る、
雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。
・・・・なんちゃってね。
今回は、「お台場」方面へ向かわず、「月島」に寄った。
「月島」のもんじゃ焼きのストリート。ここだけ「下町」の面影が残っている。
NHKの今の前の朝の連続ドラマはここが舞台だった。あのダンスのやつです。

名作、映画『泥の河』(原作、宮本輝。監督、小栗康平)のような情景が月島にあった。この映画、子どもがいい。涙出ちゃうね。でも、若者には暗いかな?
銀座を抜けるとわたくしたちの「国会」がある。ああ・・・。
「六本木ヒルズ」です。ここまで、坂道がきつかった。でも、すごく近いですね。
新国立美術館の前を抜けて、先日、忌野氏を見送った「青山霊園」の中央の交差点から。お墓は、「神聖」ゆえ、開発されないのがいいですね。
原宿の通りをいっきに下る。いい坂道だ。(向こうから来るとやっかいな長い坂道となるけどね)
原宿の交差点。ラフォーレ。風船の飾りは、「展覧会」で使えそう。
帰りは、明治通りを抜けて花園小前の公園で休憩して、帰宅した。
そう言えば横内先生は、20日の準備をがんばってくれているのに、「自転車に乗ってふらふらしとるんじゃない!」と天の声がした。
「さあ夏期休業です!」・・・09/07/18(土)
いよいよ一学期も終了し、夏期休業となった。先生方も表情が柔和である。
写真は、準備室の天井。時々、ヘロヘロで床にへたばることがある。その時の視覚的情景。一学期は多かった(笑)。
またしてもパソコンの不調で、携帯で原稿を書いているがなんとも書きにくい。(菅原さんアップよろしくね)
久しぶりに「ジュンク堂」によった。三冊購入した。ロラン・バルトと言
語の発達と自転車などの関係のもの。夏休みに読もうっと!。
皆さまもよい夏休みをお過ごしくださいませ。
なお、20日月曜日は、谷川絵本原画展の初日。イベントがあります。ぜひともご参加ください。
「いよいよ終業式あんど『美術手帖8月号』(BT)コラボ授業記事掲載」・・・09/07/17(金)
いよいよ終業式だ!通知表・・・・
昨日もたいへん暑かった。6時過ぎには、護国寺の左上に太陽がさんさんと輝き、強い光を放っていた。1・2校時1年生授業最終。3・4校時1年生授業。5・6校時3年生授業と最後の授業を終えた。その後は入学式委員会。かたづけ、掃除などをして、専科の納会のため学校を後にした。専科の先生方には、出張の多いぼくの仕事をサポートしていただいている。都図研の仕事もこうした同僚の協力なしでは、成り立たない。
どのクラスも最後の授業でアンケートを行ったが、その中の4観点の自己評価では、なんとほとんどの子どもが「チョーにこにこマーク」のところに○がついている。それに95%以上の子どもが「すき」のところに○がついている。今日は、通信簿。ぼくの評価の方が辛いではないか!すると・・・・・子どもが思っているより、実際の通知表の方が低くなってしまう。ショックな子どももいるかもしれない。だから通知表は、いやになる。通知表は、子どもが図工を好きになるひとつの媒介であると考えているのだが・・・・。
「妻有プロジェクト」コラボレーション授業(本間先生+キングスレー・ング氏<香港>)
BT8月号に、本間理事長と香港の作家、キングスレー・ングさんのコラボ授業の記事が掲載れた。これは、本年度の都図研の「妻有プロジェクト」の一環として行われたコラボ授業のひとつである。柴崎先生と坪井さん(北川フラム事務所)のコーディネイトのなかで行われた授業ある。さらに、本間先生とキングスレーさんのやりとりのなかで、授業が計画され、実施された。(ぼくの学校で行われたコラボ授業は第二弾で、第三弾は、渋谷区の長谷戸小の管谷先生が昨日終了したと報告があった。どんな授業だったかレポートがみてみたいですね)。
キングスレーさんは、とても熱心で、コンピュータで作図したプランなども、送ってきて本間先生とやり取りをしたようである。
それから、BTの特集も「伊勢神宮」で、なかなか渋いが、新鮮な見せ方となっている。ぼくも伊勢神宮にいってみたくなった。
「いよいよ今日と明日で夏季休業に突入」・・・09/07/16(木)
おとといから、空がカラッと晴れ、日差しが急に強くなった。夏だ。それにとても暑い。冷房機のないところでは、汗がダラダラ流れる。
明日は、「終業式」。振り返ってみると、6月末から、今日まで、スケジュールがつまっていた。腹が痛く、体調不全の時期もあったが、どうやら学期末を乗り越えられそうである。
帰り道、お墓の石の上に、ノラがいた。墓石は、昼間の日差しで、ほかほかしている。近づいても逃げない。あんまり暑くて、「お前にゃ、かまっておられん」という感じである。(それもそうだ。)
皆さんも、あと一日!がんばりました。
(金) |
研究局鑑賞教育研究会(東京都現代美術館)
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(土) |
関ブロ都県代表者会議(泰明小学校)
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(日) |
水道ポスター審査会(都水道局)
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(月) |
城南大会予算申請訪問(港区教育委員会)
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(火) |
城北大会実行委員会(成増ケ丘小学校)
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(水) |
区小研(青柳小学校)
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(木) |
外国のアーティストとの授業打ち合わせ(青柳小学校)
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(金) |
事務局会(落合第六小学校)
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(土) |
子ども美術展打ち合わせ。谷川P打ち合わせ(CCAA)
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(月) |
専科成績提出
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(火) |
理事研究会(調布市立第三小学校)
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(水) |
マリオス・ヨ—ヴェイシャ(リトアニア・写真家)さんとコラボ授業。
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(月) |
楽しい壁飾り編集会議。(CCAA)
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(火) |
芸術文化振興会会議(国立芸術劇場)
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(金) |
終業式
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「日本芸術文化振興会、平成21年度日独青少年指導者セミナー」・・・09/07/15(水)
昨日は、日差しそのものがこれまでと異なっていた。梅雨は、どうやら明けたようだ。いよいよ夏の到来だ。
芸術劇場横の事務棟で、「平成21年度日独青少年セミナー(芸術分野)派遣事業参加者の選考」についての会議を行った。これは、日本とドイツで、美術教育関係の交換短期留学をおこなうもので、本日は、その選考会であった。
これは2年継続の事業で、来年度は、どの芸術分野になるか決定していないが、造形美術関係は、今年で終了となる。
個人的な意見であるが、継続的にこうした事業が続き、10年たてば、人的なつながりが財産となって残ると考えられるのでが、残念ながらそういかないところが、現実の厳しさであろう。
選出された方々は、ドイツでの経験を、現場の教育研究や子どもたちの指導に是非とも還元していただきたいと思う次第である。
「学校を飾ろう」・・・09/07/14(火)
昨日は、『学校を飾ろう』(小峰書店)の編集・執筆スタッフの打ち上げの会がCCAAであった。この本は、図工専科のノウハウをベースに、教室や特別教室、さらに、学校という環境を目的に応じて楽しく美しく飾るというものである。
普通教室、特別教室、保健室、図書館、学校の施設、展覧会・・・・と、学校のあらゆる環境や空間を網羅しており、類書の及ばないものとなっている。そして、全国のどの学校でも活用できるところがよい。教科の専門本ではなく、図工をベースにしながら、学校教育全体にかかわるところが長所でもある本だ。
CCAAの鈴石弘之先生もたいへん元気で、二次会にも行き、帰りは11時半を過ぎた。ぼくの就寝時間は9時なので、かなりの時間オーバーである。
また、ぼくの尊敬する横内克之先生のシュエイクスピアを題材にした締めのあいさつは、なかなかすごかった。横内先生は、先日、シェイクスピアの英語劇を観賞されたらしく、そこで感じた文化の生成と伝承について述べられたのであった。
けれども「すごい」とは、「うまい」という意味ではなく、そこには、理念を文脈に沿って、自己のものとして捉える事のできるまなざしがあるということなのだ。多くの図工教師が、自己中心的な思考回路の中で、閉鎖しつつある現在にあって、大切なものであろう。
ぼくは、現在の図工をめぐる人々の習性や心性が、個人的な賞賛や栄誉、利益と結びついた「新自由主義的」な競争原理や自己責任論に飲み込まれてしまい、共同性への回路へとつながっていかないところにかなり深刻な問題があると感じている。
都図研は、ここ30年に渡って、共同性の幻想(理念)を構築しつつ、奇蹟的にその道を歩んできたが、60周年を昨年終えた現在、大きな変換の時代を迎えている。
「たまらん坂へ!」・・・09/07/13(月)
日曜日は、はじめて、「多摩川サイクリングロード」を走った。地図をみると、板橋のときわ台からは、世田谷美術館の先でけっこう遠いなあという印象。以前、車で世田谷美術館に行った時も「環八」がいつも混んでいて、なかなか着かないという記憶があった。けれども、自転車で走ってみると意外に近いのであった。「地図」は一見客観的だが、それを、身体の記憶や感覚の観点からみると、個々人によって、空間感や時間感が異なってくるのではないかな。
5時〜10時。ときわ台〜環八〜世田谷美術館〜多摩川〜二子玉川〜鎌倉街道〜多摩蘭坂〜国立〜東八道路〜人見街道〜吉祥街道〜吉祥寺〜千川通り〜環七〜ときわ台。約77キロ。
かなりおじさんには、きつかった。「100キロの壁」を超えるというのはたいへんだ。
「世田美の玄関前」玄関前でパチリ。
フリーダ・カーロなど、メキシコ展をやってるようだ。メヒコには結構いい作家がいますぞ。
まだ朝の6時だから静まり返っている。「早朝開館」とうのがあれば、けっこう散歩のひともいるので・・・だめか!
ぼくは絶対行きます!が・・・。
世田美から、道を迷って、やっと川辺にでた。が、対岸がサイクリングロード。「二子玉川駅」の橋を渡りやっと着いた。
「荒川」と「多摩川」では雰囲気が全然ちがう。まず、道幅が全然ちがう。こっちは2メートル弱。たいへん狭い。散歩道のように細い道が続く。「追い抜き・すれ違い」は、注意が必要です。対して荒川は、土手のつくりそのものがちがう。荒川は治水工事の仕方そのものの規模が大きく、河川敷が広くつくってあり、そこに道がある。道幅は、断然広い。


多摩川を遡って、途中右へ入り、「国立」をめざす。「たまらん坂」が目標。故忌野清志郎の名曲「たまらん坂」に歌われた場所。(一回は行っておきたかったのです!)
「国立駅前」。自転車で来るとなんか、感じがちがってきますね。
まだ、早朝なのでお店は全然やってません。大学時代よく喫茶店に友人と行った。(30年前ですが・・・まだそのお店ありましたよ。)
・・・ということで、日曜日のサイクリングは終了した。「いや〜、東京は広いですぞ!」というのが感想。帰り道はへろへろになって帰還した。自宅近く、気が緩んで、どういうわけか縁石に接触。あわや転倒!でもセーフ!
「ウォーターフロントに行ってみた」・・・09/07/12(日)
ちょっと腰がヤバかったし、体力もなかったが、5時に自転車に乗ってでかけた。(久しぶりのお休みは、うれしいのでね)。ときわ台〜戸田〜荒川サイクリングロード〜葛西方面〜東陽町〜三つ目通り〜ビッグサイト〜お台場〜勝ち時橋〜豊洲〜築地本願寺〜銀座〜桜田門前〜皇居前〜神田〜神保町〜水道橋〜白山通り〜大山〜ときわ台。ウォーターフロント方面。約65キロ。5時〜10時。
「荒サイ」のすぐ脇に「堀切駅」というのがある。その向こう側に「東京未来大学」がみえた。ここから、隅田川に沿って、「浅草」に向かう手もあるが、いつものように荒サイの行き止まりまでいった。
ぼくは、かなり低速で、みんなビュンビュン追い抜いていく。「力が入らんばい!」でも「ゆっくり行こうね」。
突き当たりで休憩、一服。水がゆれる。一瞬光が差し込む。反射がまぶしい。
「どこへいこうかな?」都心方面に向かった。
「三つ目通り」を左に行くとウォーターフロント方面。
途中、オルデンバーグの「巨大なのこぎり」に遭遇。右下にぼくの自転車。比べても、でっかいですね。
昔「大きいことはいいことだ!」という山本直純のCMがヒットしたことがあった。それは「高度成長期」の頃のことです。
「えっ、まだ生まれてません」「・・・・・・」。
お台場に到着。浜で、ビーチバレーの準備や女性のビーチラグビー?の練習をしていた。
向こうに「レインボーブリッジ」がみえる。友人のヅカちゃんによると自転車は通れないとのこと。
お台場は、人工ビーチで、スポットだが、住んでいる人もいて散歩している。
すぐ横に小学校があり、昔、できたての頃、都図研の会議をしたことがある。
埋立地の人工的な町並みは、なんだか近未来的な感じがするが・・・突如、昔、使われていた鉄橋が出現した。赤錆びが存在感を醸し出している。すげー!(今は使われていないようだ)。近代が「鉄」なら、現代は「アルミ」「ガラス」かな?
どんどんこぐと「豊洲」を抜けて、「築地」にでた。
「築地本願寺」のデザインは、一種独特で印象深い。和風ではなく、その様式は「インド仏教式」という。設計の伊藤忠太というひとは、当時の志向が、ヨーロッパに向けられていたなかで、インド、アジアに目を向けていた珍しいひとであったらしい。文化の流れてきた経路のようなものに着眼していたのだろうか。
・・・・ということで、午前中のぼくの「小さな旅」は終了した。やっぱ、疲れましたです、ハイ。
「水滴くんと光について」・・・09/07/11(土)
朝6時30分についたら、校庭の上に「水滴くん」がいた。
あと2時間もすると水滴くんは、天に召されるか、子どもたちにふんづけられてしまう運命にある。なかには、めざとい子どももいて、水滴くんを発見するかもしれない。でも、きっと、小さな手で持ち上げられて、水滴くんは、ただもの、もとの葉っぱにもどってしまうのであった。
「図工 夏休みの自由課題」のプリントをつくっていたら、8時になってしまった。担任の先生方は、まだ、たくさんのこっていらして、仕事に集中していたが、ぼくは、札を返して帰宅した。
池袋まで、ふらふら歩いて帰った。どうも、腰も重く、足取りも重い。おっさんの身体は、けっこう疲れているようである。東池袋から池袋駅前の途中は、高速道路の下で、ホームレスがあちこちに寝起きしている。最近は若い人も多いようだ。子どもの頃(昭和34年頃)、親父が、上野駅の地下道で、浮浪者(当時はこの呼び名)を指して、「一生懸命働かないとこうなるぞ」と幼いぼくに言ったのをいまでも覚えている。何故そんなことを言ったのかわからない。すでに他界したので問うこともできない。よく考え
てみれば、当時の浮浪者は、戦争の被災者でゆくあてもなくそこに佇んでいたのであった。今と同様にたんに怠けたからではない。
時々、目がおかしく、光が妙に人工的に感じられる。夜になると、都市では、光は、物体から発光する。光はそこでは、過度であり、演出的だ。だから、奇妙な演劇性をぼくに感じさせるのだ。
雑司ケ谷の都電の一角と角の牛丼屋の写真をパチリ。肉眼の感覚とは異なるが、妙な空気感を生んでいる。
なんだかこうした情景は、エドワード・ホッパーが思い出されてしまう。40年代・50年代のアメリカ
の情景を描いたホッパーの絵画である。それは、ぼくが感じている光と関連し、そこには、都市・孤独・空虚といった文学的な主題を描き出す以前に、ポッパーが光への関心もち、光を描くことを通じて、そうした情景が自然と浮かび上がってきてしまう・・・・そんなことを思うのだ。
それは、多分に傍観者的だが、ひとは、個人的には傍観者的に存在するほかはなく、己ができること以外はできないのだ。ゆえに、ホッパーは光をひたすら追求することを通して、その果てに、社会と結びつくのである。
「やっと週末だ〜・ツール・ド・フランス」・・・09/07/10(金)
昨日の朝は、足のすねがつって、目が覚めた。ここのところ、皆さんもハードなスケジュールが続き、お疲れのことと思う。でも、いよいよあと六日で夏季休業となる。(担任の先生方は、この土曜日、日曜日は、稼ぎ時ですね)。
ところで、「ツール・ド・フランス」を現在開催中。全然TVなどをみていないので、詳しいことは、わからないが、概要は以下の感じ。今年は、日本人選手も3人参加している。
夏季五輪、サッカーW杯に続く世界で3番目に大きいスポーツイベント、それがツール・ド・フランス。今年も7月の3週間、沿道には、約1500万のファンと世界約190カ国のTV視聴者が注目する。
1903年にはじまり、今年で96回目を数える自転車レース。総合勝者は、リーダージャージ「マイヨ・ジョーヌ」に袖を通すことができる。2009年7月4日、モナコ公国から「2009年ツール・ド・フランス」はスタートを切る。7月26日に恒例のパリ・シャンゼリゼでゴールを迎える。大会期間は3週間。全21ステージ、総行程約3500km。参加は全20チーム。各チーム9選手で構成され、180選手がスタートラインに並ぶ。
○公式サイトは、
http://www.letour.fr/us/homepage_courseTDF.html
○ニュースは、
http://www.jsports.co.jp/cycle/index.html
「コラボ授業 マーリュス・ヨ―ヴァイシャさん」・・・09/07/09(木)
昨日は、リトアニアの写真家のマーリュス・ヨーヴァイシャさん(と大使館のガビアさん、坪井さん)が来校し、4年生とコラボ授業をおこなった。これは、妻有プロジェクトの一環としておこなわれたもので、柴崎裕先生と坪井みどり(北川フラム事務所)さんのコーディネイトのもと、本校で実践された。
児童の写真とヨ―ヴァイシャさんの写真は発表の交換・交流のコンセプトでおこない、3校時4校時を使って実施した。はでなアクションはなかったが、たいへん真摯な写真作品、自然や歴史を俯瞰的位置から撮影したたいへんナチュラルな写真作品は、子どもたちには、当初、「ちょっと難しいかな・・・」という危惧を払しょくし、伝わったようだ。
同じ日に「学校公開」で、保護者も参観し、こうした活動が参観できたことは、図工の活動の広がりを伝えるのに有効であった。担任の先生から、保護者会のなかで「よかった」という感想を得たと報告があった。(詳しくは、簡単な「実践報告書」を作成しアップしようと思うので参照ください)。
あわただしいなかでの「コラボ授業」であったが、自分としても刺激を受けた実践であった。帰宅後、2日間も自転車に乗っていなかったので、軽く近くを自転車で流した(15キロ)。
「7月理事研究会」・・・09/07/08(水)
昨日は、調布の第三小学校で理事研究会があった。福岡副会長校。最初には遠方のせいか、参加者がまばらだったが、最後には80名ほどの参加者があった。たいへん蒸し暑い中での遠方からの参加に感謝したい。
暑さにめげずたくさん集まってくれた。
思えば、都図研は、現状からすると図工教育最後の砦かもしれない。
東京都の中にいるとその自覚はほとんどない?
すると、新人の先生は、なおさら自覚はないですね。 いよいよ夏休みにはいるが、いくつか都図研関係の企画もの・研究・研修会も入っている。皆さまも充実した夏休みを過ごされたい。また、最近は反省会にも忙しいせいか、残りらなくなってきた。13名予約したが、参加者をかき集めて、12名。菅原さんが駆けつけて定員となった。(エライ!)反省会の予約もなかなか難しい今日この頃だ。うっかりすると、赤字になってしまう。昔の都図研とは、様変わりですね。
ささやかな会話の中に受け取るものがたくさんある。
でもちょっとあまりにも残るひとが少ないです。というか、最近は、他者と接触するのがおっくうな方が増えている?これは、なにも都図研ばかりではないらしい。他の業界でも人間関係の軋轢の中で、切磋琢磨し、スキルを磨くということを避ける傾向にあるという。例えば「刑事」などもそうらしい。刑事は、独特のスキルを身につけなければならないが、現場での人間関係なくしてはそのスキルは身に付かないのだが、どうやら、そうした環境そのものが喪失しつつあるという。まるで、図工の業界と同じではないか。
「成績提出・サイクリングブルース」・・・09/07/07(火)
○月曜日は、専科成績提出。朝2時から清書し始めて、6時近くまでかかってしまった。しかし、朦朧とした状態で、学校で見直すと誤字脱字だらけ、お負けに、エクセルの「枠」がうまくできない。とうか、少しははみ出したり、点々が部分的に異なっていたり、なかなか簡単には上がらない。
それに、ぼくは、全クラス1年から6年まで24時間持っているので、数もたいへんであった。が、専科のM先生が、名簿を用意してくれたり、講師のKさんがデータを整えてくれたりしたので、大助かりであった。やっとこですな〜。えっ!そう言えば、成績で焦っている方は案外少ないようであったが、ずいぶん二期制が増えているようだ。
でも、あと9日で夏休みがんばりませう。(担任の先生はこれからですね)。今日は、調布市立第三小学校で理事研究会(福岡副会長)がある。
○最近は、ハードな本を読む代わりに、自転車に乗っている。自転車に乗っていると読む本は、「自転車の本」だったりする。最近、再版の出た、故・忌野清志郎さんの『サイクリング・ブルース』(小学館)を買って読んでいる。さすが彼は、けっこういろんなところに行って楽しんでいる。沖縄、キューバ、ハワイ、東北、四国などなど自転車三昧ですね。ぼくのような者には、うらやましい限りだ。彼のスタイルは「LSD」(ロング・スロー・ディスタンス)。ゆっくり遠くまで行こう!だ。
ぼくもキューバに行ってみたい。道はかなり凸凹らしいが、なんか魅かれるね、キューバは。
ついでに、「ギターソングブック」も買ってしまった。ほらだから・・・・本間先生のギブソンのギターがないと、練習できないでしょ・・・本間せんせ〜い!
「自転車・都心」・・・09/07/06(月)
5時30分〜9時30分。自宅〜戸田〜葛西臨海公園〜永代橋〜東京〜皇居前〜水道橋〜巣鴨〜大山〜自宅。約60キロ。今年55歳のおっさんの身体は、まったくここ10年の生活で衰えきっている、なんとか、復活は無理としても、平常の身体にしたいと思う。(せめて本間先生とサッカーができたらいいっすね。)それに沖縄か、北海道ぐらいは、行ってロングライドを試みてみたいではないか。しかしながら、低速でしかも、50キロぐらいで、へばる身体ではどうにもならない。
早朝のサイクリングは、効率的。9時半には自宅にいる。(若い人はまだ寝てますね。)だから、一日が長く使える。(でも3時には起きてこまごました仕事しているのであるから、ただ遊んでいるわけではない。ほんとは、ただ遊びたい!)今日は、「荒川サイクリングロード」を離れて、都心を通って帰宅した。都心は、たいへん近く、日曜日は車も少ないので、なかなかいいことを発見した。
葛西臨海公園の入口の角の眺望はなかなかいい。皆さん朝から、ウォーキングしてます。
空と海の広がりは、「境界」を融解させる。
これが永井荷風の「永代橋」。浅草、隅田川風景ですね。
「永代橋」の反対側は、ウォーターフロント。高層の住宅群が立ち並ぶ。どんなひとが住んでるんでしょう。90年代の経済的な成功者かな?
赤煉瓦の「東京駅」のすぐ近く。荒川から、あっという間だ。
「二重橋」を遠目から撮影。だって、向こうへは「自転車進入禁止」。
皇居あたりは。「自転車乗り」と「ジョギング」のたまり場。
意外と最近の新興のハイソの遊びは、地味に自転車、ジョギングが多く、低下層の遊びは、パチンコ、競馬など享楽的なものが多いらしい・・・?
夕方は、友人のヅカちゃんとお茶。彼は、ポタリング派で、10年前から、「ビアンキ」の「クロスバイク」に乗っている。東京のこまごまとした地形に詳しい。坂道を避けて通るルートについて聞くと参考になる。実は「坂道」はおっさんには、重要な問題なのだ。
ところで、東京文化論でいうと、皇居を中心とした地勢と「富士山」という外部の中心を基準とした地勢に加えて、「高低差」を含んだ地形が生み出す価値といったものを含めて考えていくと、東京の立体的な空間の文化人類学的な視座が得られるのではないかというのが、自転車に乗っていてのヒントでもある。
「CCAA・子ども美術展・自転車」・・・09/07/05(日)
○「図工だいすき!子ども美術展」
昨日は、鈴石弘之先生のCCAAで、「子ども美術展」(こどもの城で開催)の準備会があった。この展覧会は、平成10年の図工の時間数削減に危機意識をもった鈴石先生の呼びかけではじまった都図研役員を中心とした有志の展覧会活動で、もうかれこれ10年にその活動は及んでいる。(最近では、危機意識の反映というより、研究・研修的な意味合いが、増してきているようである)昨年より、「こどもの城」(秋展)と「CCAA」(冬展)に分かれ二回興業をおこなうようになった。(参加者も増えたり、やめたりした人もいるので、ずいぶん入れ替わってきている。なかには、話をしたこともないひともいる。規模が大きくなると運営はなかなかたいへんである。)
最近は、いろいろな地域でこうした自主的な図工・美術教育の関係者が主催する展覧会やプロジェクトがおこなわれつつあるが、こうした活動の先鞭をきったものであろう。
○「谷川絵本原画展」

同日の14時から、谷川絵本の展覧会打ち合わせを行った。こちらは、都図研主催の展覧会。いろいろ企画が立て込んでいて、同じメンバーが、企画者なのでたいへんなのだ。
7月の20日から開催されるが、谷川プロジェクトの最終行事である。3年に及ぶ企画は息が切れる。こちらは、「イベント」を横内先生が練ってくれた。ありがたい!(ほんとよこちゃんはえらい!!)
「松澤菜穂子」さんの「朗読と唄」のパーフォーマンスがある。
○自転車
CCAAまでは「自転車」でいってみた。はじめてである。以外と近い。
帰りは、新宿〜中野〜高円寺〜鷺ノ宮〜豊島園〜光が丘〜笹目通り〜彩湖(荒川調整池)〜自宅(ときわ台)のルートを通った。約50キロ。
彩湖の淵でごろっと寝ころんで休んだ。「水」と「光」「風」は、なんやら「身体」と連合して、佇む楽しさを生み出す。「ぼくは、たんなるへなちょこの一個の身体にすぎない」。複雑な「自我」が交差する組織関係は、それだけで軋轢・抑圧が存在する。(最近は、いろいろな職場で、休職する教員やメンタルヘルにかかる教員が増えているようである。自己責任論から言うと「だらしない」で済んでしまうが、構造的にみれば、組織論としてどこか欠陥があるかもしれない。でも誰も構造的にはみないですね。)なかなか精神の平衡を保つことがむずかしい時代となった。
やっとつきました!「彩湖」。人気がなくいい感じ。
このさびしい感じは「おっさん趣味」。これがなかなかいい感じなのです。
夕暮れも近い。水面に光が反射する。単純にきれい。
水面の変化はみていてあきない。こりゃ「印象派」的な感覚ですな。
いや、むしろ「外光派」(黒田清輝)?。
寝ころんで空を見上げる。30分、寝ちまったで〜。自我が遠のく。
ロマン主義的自然主義?「子ども」という観念は、自然主義から派生したロマン主義的な世界観から生まれた・・・。
荒川の横の「新河岸川」を渡るとそこに夕陽があった。
これは、長谷川利行や松本俊介や小熊秀雄のみた夕陽かもしれない。
「事務局会」・・・09/07/04(土)
昨日は、事務局会が落合第六小学校(本間理事長)であり、来週の理事研究会の準備や資料の袋詰を行った。皆さんてきぱきと仕事をこなしていた。ぼくは、遅れて自転車で駆け付けた。こういう地味な仕事は実は一番大事な仕事で、こういう仕事をしてこなかったひとをぼくは信用していないところがある。華やかな部分だけに目を取られてはいけない。
帰りは、食事に、「フレンチカフェ」にいった。オープンなお店で、ぼくの自転車を安全における店を本間先生が選んでくれた。(そう言えば、「フェンダー」のエレキを本間先生が2万5千円でゆずってくれるという話があったが、本間先生は、フェンダーをもってきていなかった。どうしたんだろう?)
この背広で写真を撮っているひとが菅原先生。泣く子もだまる「HPの鬼」である。
毎日々、ありがと〜。
菅原先生も1枚写真を撮ってくれた。自転車姿のぼくである。(ほんぽう初公開!)。
帰りは高円寺まで行ったところで、雨が降ってきた。残念だが、そこから帰宅した。
明日は、CCAAで「子ども美術展」や「谷川絵本原画展」の打ち合わせがある。
「コラボ授業打ち合わせアンド夜の自転車もいい感じ」・・・09/07/03(金)
昨日は、来週のヨ―ヴェイシャさん(リトアニアの写真家)とのコラボ授業の打ち合わせで、北川フラム事務所の坪井さんが、忙しい合間を縫って本校までいらした。おおよその流れを決めたが、あとはぶっつけ本番となる。
さて、いよいよ週末だがかなりふらふらな状態になってきた。が、昨日は久しぶりに自転車で通勤した。退勤後、ちょろっとそこらを走って帰った。護国寺〜目白〜中野〜高円寺〜阿佐ヶ谷を通って、吉祥寺まで行ってしまった。ひさしぶりです「吉祥寺」。(総走行距離約35キロ)。疲れていても、自転車に乗るとリラックス効果がある感じだ。
夜のサイクリングもなかなかよい。あんまり車の通らない道を選んで、走る。その前の28日29日30日は、寝る前の2時間ばかり、ときわ台〜富士街道〜環八〜荻窪〜阿佐ヶ谷〜高円寺〜中野〜落合〜ときわ台のルートを走った。だいたい25キロくらい。このルートは、一部車がたいへん少ないところがある。我が家からは、いい感じのルートである。(1日はさすがにグロッキーで走らなかった。)
中間地点の高円寺で一服する。高円寺に「高円寺」という寺があるが、その横の自動販売機で缶コーヒーを飲み、休憩する。そこは煙草も吸えるのがいい。(でも、自転車乗りたるもの座りこんだりしてはいけない。・・・そうである)。
まあ、とにかく、夜道をのんびり走るのも、楽しい。
今日は、落合第六小学校で、事務局会。土曜日は、CCAAで「子ども展」と「谷川絵本展」の打ち合わせがある。
「文京区区小研図工部会アンド自転車乗り発見!」・・・09/07/02(木)
文京図工部会
昨日は、青柳小学校で、図工部会があった。(というより、先週から土日なしの出張続きだったので、うちの学校でしてもらった。おかげでしんどさが半減した。)
内容は、3つの分科会「表現1」「表現2」「鑑賞」に別れて、テーマや研究授業の内容、授業者、日程などを検討した。ぼくは「鑑賞分科会」で、授業者は、森田先生の鑑賞の授業を見せてもらうことになっ
た。現在、「言語活動」とからめて、鑑賞の授業は注目されるところである。森田先生が、先日行った児童自作の作品を独立した鑑賞の授業として取り扱ったものをもとにした授業を、ぜひ、みたいという要望にこころよく森田先生が応えてくれたわけだ。11月に行われるがどんな授業になるだろう。楽しみである。終了後の反省会は、なごやかに過ごして、散会となった。
自転車乗り発見
最近、都図研の「自転車乗り」を発見しつつある。
カトちゃん、村井先生、笠先生に続いて、練馬区の赤川先生も自転車乗りであった。おとといの城北大会実行委員会で、彼は、自転車で来ていて、ちらっと話すと毎年「佐渡のレース」にも出ているようであった。「辻先生も来年行きましょうよ」と声をかけてくれた。また、高橋副会長の旦那様も、自転車乗りで、元国体選手の本チャンであるらしい。家には10台くらいあるという。
身近に、はっと気づくと「自転車乗り」は棲息しているようです。こうして、都図研近辺にも続々と自転車乗りが発見されつつあります。
「H21年度都図研城北大会実行委員会」・・・09/07/01(水)
昨日は、板橋の成増ケ丘小学校で、新年度の城北大会実行委員会があり、この忙しい時期にもかかわらず、約150名の皆さんが集まった。野上実行委員長、山崎事務局長をはじめとする各部局の責任者や各区の責任者の紹介があり全体会の後、各部局会があり、それぞれの部署に分かれて話し合いがおこなわれた。
ぼくも会長としてお話させていただいた。
まず、昨年の学習指導要領告示を受け、H23年の完全実施までの移行期間のなかで、具体的に教科としてどのように対応していくかという問題を中心に、教育の流れが向かう中での大会であること。
また、最近は新人の先生がたいへん多くなっていて「都図研自体」をよく理解していない方も増えているので都図研についても話した。都図研の組織とは、上部団体の都小研連のひとつの部局であり、国語や算数、体育などの13の教科団体のひとつである。そして、都図研では、全都を8ブロックに分けて、大会を
運営している。大会は、図画工作教育の意味や価値を世間にアピールする場であり、また、学校で一人しかいない図工専科の貴重な研修の場である。
さらに、大会は、各地域の研究と都図研の継続的な研究の場であり、そうしたものを大会テーマのもとに協力して研究し、都図研総体の研究発表の場であることを述べた。
研究の方法では、テーマに基づいて演繹的に研究を行っている各区の地域研究と継続的にこれまで積み重ねてきた都図研の研究局(こちらは、どちらかというと、それらを土台としながらテーマに迫っていく帰納的な研究となる。)が合わさってより総合的な都図研の研究を示す場になると述べた。
さらに、最近の人員の異動では、20代の図工教師が40%をしめていて、この大会はそうした新人研修の場でもあることを述べた。
また、大会は、研究のみならず、事務局、編集局、事業局、厚生局などさまざまな部局の協力体制のもとにおこなわれて、はじめて、成り立つことを述べた。
図工・美術教育が劣勢の時代状況のなかで、城北大会は、次回改訂へ向けての「はじめの一歩」でもあろう。みんなで協力しながら、よい大会にしていきたいものだ。
学期末の多忙のなか、こんなにもたくさんの方にお集まりいただきありがたかった。











