「サイクリング 光と移動」・・・2009/8/31(月)
昨日は、久しぶりに自転車。5時半に家を出て、荒川についた。土手を走り始めると、なんともえいない爽快感があった。毛穴が開いて、大気と交感する感じだ。朝の光も独特の新鮮さをもっている。緑や風も身体が呼吸するように感じられる。
たとえば、「印象派」の画家たちが、戸外で画布を持って、世界を描き始めたとき、それまで、屋内の秘儀であった、絵を描く行為は、光のもとにさらされた。そのとき光は、なんとも画家たちを魅了するものに変貌したのではないか。モネは、「目」となることで、その快楽に浸ったのだ。
一方、ひとは「闇」のなかでは、観念的にならざるを得ない。そこでの「光」は、内部の光だろう。意識や無意識、そして、ひとによっては信仰が、対象をスポットライトのように浮かび上がらせる。
自転車のいいところは、「自分の身体で、こぎ、移動する」ことである。身体感覚が適度に自転車というメディウムを介して、増幅される。世界に触れる速度が、適度に、(オートバイや車のように過剰にではなく)「こぐ」という運動を通して拡張される。また、「移動」というのは、生物としての特性を示している。植物は、自らを移動させないからだ。移動をとおして世界を探索するのである。アフリカで生まれた人類は、数千年をかけて、世界中に広がった。移動するするとは、ひとにとって根本的な性質でもあるだろう。
・・・・ということで、日曜日は台風、接近にもかかわらず自転車にのった。
1、Dst(走行距離)107.88㎞
2、Av(平均速度)21.2㎞
3、Mx(最高速度)52.1㎞
4、Odo(積算距離)599.4㎞
5、Tm(走行時間)5:04`37
6、C(ケイデンス)0
やはり、朝日は美しいですね。自然は、芸術より美しい!?
でも反対に「自然は芸術を模倣する」と、オスカー・ワイルドは述べている。
途中で休憩。
おじさんは一瞬「天国の門」と訳してしまった。(笑)
「森林公園」に行こうと思ったが、道をまちがって、「東松山」に出てしまった。
「まあ、いいいか」というか、丘を越えるので、あっさり、目標を断念する。
このあたりは、池袋から、電車で一時間くらいのところ。
帰りは「川越」で芋のアイスクリーム。
エネルギーを補給して、帰宅した。途中、雨が降り出し、濡れたが、
事故らず、12時半には、もどってこれた。
「都図研研究局で育んだ愛!!」・・・2009/8/30(日)
昨日は、新宿で、金子大介さんと旧姓、柴田祐佳さんの結婚おめでとうパーティがあった。お二人とも研究局員で熱心に研究を続けるうちに、意気投合し、今回の成り行きとなった。研究局は、ほんとうにまじめに研究もしているが、こうして「愛」を育む機会でもあったのだ!!
賢人、横内克之先生曰く、「偶然を必然にしていくところに人生がある」とは、ホントのことなので、お二人で、これからの人生を開拓していただきたい。また、幹事の山田先生、管谷先生、横道先生は、楽しい会を企画運営していただき、ありがとうございました。それにしても、お二人ともたいへん素直な性格で、喜びが、にじみ出ているので、参加した皆さんも、なんだかうれしそうで、幸せな気分になったのではないだろうか。幸せは伝染するのだ。
各地区の若手の会員の皆さんも、「愛」だけを目当てでは困るが、すすんで研究局に参加していただくと、すばらしい出会いが待っているかも知れないですぞ。
研究局での熱心な研究で「愛」を実らせたお二人。
嫉妬のヤカラの質問攻めにもめげず、のろけまくる二人。
蝶ネクタイの司会、山田先生と管谷先生。ネクタイ、すごく似合ってます。
こんな側面があったとは知りませんでした。
横内先生の温かい祝辞。
「偶然を必然にしていくところに人生がある。」
花束贈呈!!
この際だから、ぼく(山田)も一緒に写真撮らせて、お願い!!
「ハイ、ポーズ!」
「週末に本屋さん」・・・09/08/29(土)
昨日は、金曜日。一週間が長かった。学期がはじまった学校の皆さんはなおさらかな?でも、本校でも会議などですでに出勤している。
ぼくは午前中、所用で年休をとり午後から出勤し、展覧会員会の会議をおこなった。秋には周年行事があるので、1月に設定されている。まだまだ先だが、概要を話しあった。夕方、来客があり、それが済んで、6時頃、帰宅した。池袋まで歩いて、「ジュンク堂」に行った。最近は、ネットの購入が多いので、本屋に行く機会は少なくなった。習慣でだいたい回るコーナーが決まっている。新しいいろいろな本が出ている。本の世界も次から次へと新刊本が産出されるのでめまぐるしい。
いろいろみまわっているなかで、直感で『Nの肖像』(仲正昌樹著)を購入して読んだ。新興宗教への入信と退会の体験をこれまでの人生を振り返るかたちで綴ったものだ。こむずかしい専門書を読む根気がないので、こうした体験談は、読みやすいし作者のこれまで生きてきた実感が、感じられる。
結論から先に言うと、人は承認されたいという欲求を本来的にもっている。また、その居場所をもとめている。絶えず人はその存在がもつ「不安」を現実的な社会のなかで均衡を保って、生き抜いていかねばならない。そのようなことが、たんたんと振り返って書かれている。人生には、かなりの偶然が作用し、折り合いをつけながら「フツー」に生きていくのもなかなかなむずかしいものであると痛感する。また、職業柄、ぼくには、仲正氏が、子どものころに受けた教師の無反省な言動や態度が、その性格におおきな負の影響を与えているようにみえた。このあたりは胸が痛む。
仲正 昌樹(1963〜)金沢大学法学類教授。政治思想史、社会思想史、社会哲学。広島県呉市生まれ。東京大学教育哲学科卒業。世界日報記者を経て、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。『「隠れたる神」の痕跡――ドイツ近代の成立とヘルダリン』(世界書院, 2000年。博士論文)。『集中講義!アメリカ現代思想――リベラリズムの冒険』(日本放送出版協会[NHKブックス], 2008年)。『今こそアーレントを読み直す』(講談社[講談社現代新書], 2009年)。『日常・共同体・アイロニー――自己決定の本質と限界』(宮台真司。双風舎, 2004年)。『現代思想入門――グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!』(清家竜介・藤本一勇・北田暁大・毛利嘉孝。PHP研究所, 2007年) など
「日直・全連小の評価・サイクリング」・・・09/08/28(金)
○昨日は「日直」。日直の仕事に学校の見回りが3回あるが、見まわっていると子どものいない学校は、やはりさびしい。が、来週からは、主役が登場し、いろんなことをしでかすのである。
文京区は、新学期は9月からはじまる。最近は、授業時間数確保のためはじまりを前倒しにする地区が多くなってきている。が、どうなんでしょうかねえ?
○昨日は港区の都公立小学校長会事務局で「全国連合小学校長会調査部会特別委員会」があったが、当初の日程がくりあがったため、ぼくは「日直」で、出席できず、本間理事長が参加し、図画工作科の「評価」について意見を述べた。事前にレポート提出があり、「作業の効率化」「学校教育法30条の新しい学習指導要領の規定」を踏まえ意見を述べよ、ということであった。ので、「評価規準」の四観点から三観点か移行を念頭にレポートの記述をすすめたが、特別委員会では、現行の四観点の評価規準の中で効率化を進める意見を提出する方向でまとまったようである。教科別のレポートは提出しないそうだ。
文部科学省の教育課程審議会の評価に関するワーキンググループの活動が、そろそろはじまると予想しているのだが、「新学習指導要領」に対するどんな「評価」方法がでてくるのであろう。小学校はH23年から、完全実施なので、H22年度12月頃には、出ていないと、「指導要録」に基づいた一学期の「通知表」のかたちが決まらなくなってくるので、その頃にはでてくると予想される。
しかしながら、「新学習指導要領」をよく読むと、「三観点化」への道筋がよくみえてくるというのが、ぼくの私的な感想であった。
1 現行の学習評価の成果と課題について
○成果
・「評価規準」の存在が、学習活動や題材設定を捉える際の柱となり、学習活動(題材)の構造化が図れるようになった。
・図画工作科において、「子どもに身につけさせたい資質・能力」という点から、これらの四観点を捉えることができる。つまり、個々の題材(単元)を通して総合的に身につけるべき図画工作科の資質・能力論を明快に示した。
・「鑑賞の能力」は評価しづらい面もあるが、あることで、鑑賞指導の展開・深化が図られた。また子どもの学習活動(表現活動)に内在する鑑賞活動へも着目するようになった。
・評価規準の四観点 1「造形への関心・意欲・態度」、2「発想・構想の能力」、3「創造的な技能」、4「鑑賞の能力」は、現場でかなり定着した方法となっている。
○課題
・評価規準の四観点は、四つのカテゴリーにはっきりと区分けされるのではなく、相互にかかわりあっている。例えば「発想に富んだ活動をおこなうこと」と「創造的な技能を発揮すること」とは相互に関連し合い、個別に評価しにくい側面がある。
・鑑賞活動の重要性は、否定できないものであるが、子どもの活動を見取るノウハウが乏しいため鑑賞活動を評価することに難を示す教員が多い。また、鑑賞活動は相互のコミュニケーションによって十全に機能するということの認識が低い。
・評価規準と具体的な造形活動を関係づけられない教師もまだたくさんいる。よって、質的なものと量的なものとを相互に変換できるような具体的な事例に基づいた評価研究は今後の課題である。
2 学習評価の観点の在り方について
・現行の図画工作科の評価規準は、「関心・意欲・態度」→1「造形への関心・意欲・態度」、「思考・判断」→2「発想・構想の能力」、「技能・表現」→3「創造的な技能」、「知識・理解」→4「鑑賞の能力」という視点から構成されている。
・新学習指導要領の示す「基礎的・基本的な知識・技能の能力」、「思考力・判断力・表現力」「主体的な学習活動」そして「習得・活用・探究」という観点と各教科の評価の整合性を持たせないと学習指導要領の全体の整合性がなくなる。
・よって、評価方法の簡素化という要請やこれまでの評価規準に内在する相互に関連する部分を整理統合し、三観点とすることは、可能であると考える。
・その際、図画工作科の「学年の目標」、「内容の構成(領域)」、「[共通事項]」との関連の中から、三観点が抽出されると整合性が保てる。
3 評価方法の簡素化・効率化について
1と2で述べた理由によって、
- 発想・構想の能力を働かせ創造的な技能を発揮し表現する能力。
- 造形や造形活動を鑑賞しコミュニケーションする能力。
- 造形への関心・意欲・態度。
というような「三観点の評価規準」へ移行することは妥当である。
・・・・こんな感じのレポートでしたが、実際の答申は、どうなるのでしょうね?
○サイクリング。7時〜8時半。ときわ台〜富士街道〜大泉学園〜石神井公園〜新青梅街道〜千川通り〜環七〜ときわ台。すっかり秋になってきました。風でわかります。石神井公園の横をぬけるとスペイン風のおしゃれなお屋敷。「ああこれは」・・・小説家の檀一雄(1912〜 1976)、タレントの檀ふみさんの家である。因みに、檀一雄は、小説家。また、最後の「無頼派」といわれた。代表作『リツ子 その愛』『リツ子 その死』『真説石川五右衛門』(直木賞)『火宅の人』。檀ふみは長女。檀太郎は長男。まあ、文化や生活は「世襲」されるという感じですね。
- Dst(走行距離)28.46km
- Av(平均速度)19.3km
- Mx(最高速度)51.3km
- Odo(積算距離)491.5km
- Tm(走行時間)1:28`23
- C(ケイデンス)0
「都図研・美術館連携鑑賞教育研究会反省会」・・・09/08/27(木)
○美術館連携鑑賞教育研究会
昨日は近代美術館で、東京都現代美術館6月におこなわれた連携鑑賞教育研究会の反省会が、近代美術館であった。学校のプール指導を済ませてから近美に滑り込んだ。
この研究会は、7年間継続されてきており、これまで成果をあげてきたが、今回の反省をもとに、来年度の方向性をさぐった。岡田研究局長は、約50ページに及ぶ、先日の研究会のまとめを資料として持参した。研究局で分担してまとめたものである。こうした研究局のていねいな活動があるからこそ、質の高い研修会が実施できるのであろう。
今年度は、現美で「現代美術」を対象におこなったが、方法としてツールなども活用した。このことで鑑賞の方法論の間口が広がった。単に知識を与えるのではなく、知識やツールなどを含めてそれをきっかけとして子ども自身が感じ、考えるような鑑賞の指導の場面が設定されなければならないだろう。
来年度については、まだ、未定であるが、時期は、8月の終わり〜10月にかけて、また場所は、近代美術館などが候補に挙がっている。が、それも今後の検討次第である。来年度もこうした鑑賞研究を続けていきたいものである。継続は力なり。
各美術館のスタッフの皆様、研究局のスタッフ、また、お力添えをいただいた皆様、ありがとうござ
いました。
○25日(火)分のサイクリング。
20:30〜22:00。光ケ丘周辺。風邪がひんやりと寒かった。すでに秋である。20キロだと物足りない。そう言えば、この間の転倒時にケイデンス(クランクのところの)マグネットがとれてしまっていたようだ。
1、Dst(走行距離)23.92km
2、Av(平均速度)20.4km
3、Mx(最高速度)39.7km
4、Odo(積算距離)463.1km
5、Tm(走行時間)1:10`22
6、C(ケイデンス)0
「都中美主催、小中連携研修会で都図研研修局が研修を実施」・・・09/08/26(水)
鈴木先生、上野先生の小学校の図工のプレゼン。子どもの資質能力を伸ばすための具体的な実践事例をていねいに中学校の先生方に説明する。 都中美の夏季研修会の二日目に中野ZEROホールと中野中央中学校で、小中の連携研修会がおこなわれた。鈴木副会長、上野研究局長、内田先生、村井先生、長雄先生、石田先生らの研修局の先生方が準備・指導・片づけと活躍した。
1 午前中(ZEROホール)
- ・「学習指導要領の観点からの図工の説明」
- 鈴木先生、上野先生。
- ・「アートカードを使った鑑賞の実技研究」
- 石田先生、上野先生。
2 午後(中野中央中学校)
- ・「色と遊ぶ」
- 鈴木先生、内田先生。
- ・「ブラックライト・タイム」
- 村井先生、長尾先生。
3 質疑応答。
というような概要でお
こなった。
こうした連携研修は、よく考えてみると、都中美と都図研で、組織的におこなったのは、実に、はじめ
アートカードによる鑑賞の実践。みることの「共通性」「差異性」が遊び感覚のなかから顕在化する。てではないか!かつて個人対応はあったものの、こうした連携がこれまでおこなわれてこなかった。現在、学習指導要領でも小中のつながりが言及されている。
美術教育、図工教育は、制度的には、かなりの衰退の状況をあらわにしはじめた現在ではあるが、今後もこうした取り組みは、遅ればせながら、必要となってくるだろう。
いろいろな問題もみえてはくるのであったが、たいへん充実したすばらしい研修会となった。

絵具づくりと絵の具を塗りたくる活動から何かが生まれる。さすが、中学校の美術教師!活動をしはじめると皆さん没頭して、いろいろな表現を試みている。
ブラックライトの実技も楽しそうに取り組んでいる。子どもと同じように、他者とかかわりながら、また、自分の領域にこだわりながら・・・というような姿がみられた。こうした実践を実際に経験する中で、指導に対する理解が深まる。
今回の連携研修を担当した都図研研修局の先生方。 最後の質疑応答では、いろいろな質問を浴びせられる。小学校の研修に共感しながらも、中学校の先生方には、根強い「数値での評価」や「モデル化された技能を教える」といった固定観念が、その背後にあるように見受けられた。
「都図研特別委員会、組織検討員会」・・・09/08/25(火)
昨日は青柳小学校で、「組織検討委員会」があった。この暑いなか、委員の皆さんに参加していただき、熱心に検討いただいた。
この委員会は、会長の諮問事項に関して答申する委員会である。H21年度は、「都図研の組織の調査と分析」をおこなう。9月の理事研究会で、各地区の理事に説明をするので、お手数だが、各地区で集計し、まとめたものを副委員長の平田先生にFAXいただきたい。現在、かなりの規模で人員の変動が起きており、実際の状況を把握しなくてはならない。また、図工専科が少なくなっている地区や地域の区・支教研がなくなっているところもあるようなので、実態を把握しないといけない。
H22年度は、この「調査をもとに今後の都図研の組織のあり方を提言する」ことを考えている。図工教育の実際の発展のためには、どうしても現場の連携をはからないといけない。先日、「美育文化」の穴澤氏が最近の美術・図工教育の「イベント化」に批判的だと述べたが、図工教育の現場の実態がやせ細ってしまっていては、いくらイベントを打っても効果はないだろう。
その後、反省会に出向いたが、皆さん慣れてきたせいか和気あいあいとした雰囲気で過ごせた。実は、「自転車乗り」を発見した。一人は、鶴内秀一先生。自転車で通勤しているらしい。もう一人は、梅津依里子先生。梅津先生は、なんと「新婚旅行」を、旦那を説き伏せて、自転車旅行にしたという。いま愛車の「ランドナー」は、物置にしまっているそうだが、そのうち復活したいと思っているらしい。また、委員長の菅野先生は、「自転車野郎」ではないが、「山男」であった。夏は「さわのぼり」、冬は「山スキー」と毎週のように山中を歩きまわっているらしい。池袋で別れて、彼は、登山専門店へ向かった。
今日は、「都中美」との「小中連携研修会」が、中野である。
(注)ランドナーはフランス語でフランスの車種名。ランドナーには長距離サイクリングまたは旅行という意味がある。ロードレーサーに似ているが、ランプ、泥除け、スタンド、荷台が付いている。シティサイクルやマウンテンバイクなどに比べ、遠距離走行に適している。
「とずけんどっとこむ休業3日目」・・・09/08/24(月)
菅原さんの休業もあっという間に終わろうとしている。短かったね。
秋空を優雅に降りてくるスカイダイビング。
友人のヅカちゃん撮影の羽田のジェット。 ぼくは、最後の日曜日だったので、朝3時から小学館の原稿を仕上げ郵送した後、サイクリング(9時〜14時)に行った。「妻有」に行ったとき、練馬の赤川先生の「ホンダエアポートあたりに牧場があって、アイス食べられます!」を聞いていたので行ってみることにした。ところが、ホンダエアポートに着いてしまって、少し休憩していると、天空から、「パラグライダー?」が優雅に舞い降りてきた。「スカイダイビングクラブ」があってその人たちが、スカイダイビングしているのであった。空を飛ぶのは重力に逆らって、面白そうだ。
やっと探した「榎本牧場」。
牧場だから牛がいる。「モ〜」。ミルクも採れる。
ところで、牧場だが、友人のヅカちゃんにメールするとていねいに教えてくれた。彼はその時、羽田にポタリングしていて、「飛行機の写真」を添付して送ってきた。なかなかうまい。高校の写真部だった。
ミルクが採れるので、「アイス」はうまい。ごっつあんです。 荒川の左岸に行って探していると、赤土が曲がり角にあって、タイヤがすべって、すっころんだ!左に転倒だ。頭をしたたか打った。しばらくして起き上がると鎖骨は折れていなかった。頭もヘルメットのおかげで大丈夫だった。皆さん、ヘルメットは必ずしましょうね。そんなこんなで、よろよろさがしていたら、突然「牧場」が、現れた。「これか!」。牧場は、結構にぎわっていた。
アイスクリーム買って、味わった。なんか元気がでてきたぞ〜。元気ついでに家路を急いだ。ベトナムに行っていた娘っ子も無事帰ってきた。「リュウガン」という果物を持って帰ってきた(!!)。皮をむいて、食べるとけっこううまかった。
今週からまたいろいろと始まる。今日は、青柳小学校で特別委員会「組織検討委員会」がある。
ベトナムの果物「ケイガン」。けっこううまい。ごっつあんです。
- Dst(走行距離)80.19km
- Av(平均速度)20.9km
- Mx(最高速度)50.8km
- Odo(積算距離)439.2km
- Tm(走行時間)3:49`42
- C(ケイデンス)0
「とずけんどっとこむ休業2日目」・・・09/08/23(日)
○朝は、3時頃から、原稿などを書いた。途中から11時頃までうつらうつら。メールが入ったなと思って携帯を見るとひとつは鈴木副会長。来週の都中美に小中連携で中学校の先生対象に研修会をおこなう。研修局がこれにかかわって都中美の研修に参加する。研修局の皆さん、忙しいなか、ありがとうございます。
○もう一件は、友人のヅカちゃんから。「ただいま森林公園に到着しました。」とあった。サイクリングで、この間ぼく6時半に出発し、往復で6時間半ぐらいかかったそうだ。しかもクロスバイクなので、そんなにスピードはでないから尚すごい。ぼくは100km走るとかなりへたばるから、120キロというのはなかなかなものである。さすが、ポタリング10年のキャリアである。夜、ぼくも、いつもの荻窪・高円寺コースを回ってきた。やはり体を動かさないね。おじさんは!
今回は、少しアベレージを意識して走ってみた。20キロを超えた。
- Dst(走行距離)24.64km
- Av(平均速度)21.2km
- Mx(最高速度)54.9km
- Odo(積算距離)359.0km
- Tm(走行時間)1:09`49
- C(ケイデンス)0
○母親が退院。車で送迎。骨折はなし。だが、かなり老化がすすんできたな。当年85歳。体を動かすのがおっくうな性格の人は、80歳くらいからが分かれ道かな、と母親をみていて感じる。因みに日本人の平均寿命は女性85歳、男性79歳と聞いた。
○久しぶりに学校に行った。荷物を車で運んだのだ。机の上に書類がたまっていた。締め切りを過ぎたものもあった。すみませ〜ん!来週からがんばります。
「とずけんどっとこむ休業1日目」・・・09/08/22(土)
○早速だが、21日の土木の写真が間違っていたので、校正してもらった。さすが、菅原さん「HPの鬼」。マックを持ち歩いている。しかし、よくみると「誤字」がおおくなってきました。すみません。
○サイクリング ときわ台〜戸田〜江戸川平井〜錦糸町〜日本橋〜神保町〜巣鴨〜板橋〜ときわ台。
神保町で、またしても、きれいに転んでしまった。なんともカッコ悪いし、危険である。
- Dst(走行距離)50.22km
- Av(平均速度)19.4km
- Mx(最高速度)48.2km
- Odo(積算距離)334.3km
- Tm(走行時間)2:35`10
- C(ケイデンス)0
○母親が家のなかで転んで足が痛いというので、救急車で病院へ。骨折ではないが入院。
○原稿書き。18時〜21時。「う〜ん」また、はじまりましたね。明日清書するぞ!
「とずけんどっとこむ夏季休業アンド養老鉄道あんど竣」・・・09/08/21(金)
○夏季休業
22日(土)〜24日(月)の3日間、HPの更新も休業となる。担当の菅原さんもやっと夏休みとなる。菅原さんは、この夏、ほんとうによく働いた。妻有のレポートやスライド、研究局、研修局関係のアップなど、その健闘が光っている。まるでミュージッシャンの「細野晴臣」のレコーディングのように、PCの前でもくもくと作業している姿が目に浮かぶ。かなりきつい作業を辛抱強く行っていくところに彼のすごさがある。おかげさまで、アクセス6万人も突破した。菅原さん、アリガト〜〜!!
○養老鉄道
養老鉄道の写真。自転車可なのがいいですね。岡田先生、南先生、神田先生からわざわざメールで「養老鉄道」の写真が送られてきた。こっちの電車は自転車OKということなので、ぼくのところに送って来てくれたのであった。アリガトー。(どうやら、少しずつ、ぼくが自転車に乗っていることが周囲の皆さんにも、理解されつつあるようだ。毎日、書いてりゃ当然かもしれませんが・・・すいません)。
自転車OKだとホントいいですよね。「輪行」といって、車輪をとって袋に入れて、電車で出かける方法があるのですが、そのまま乗っけられればとても便利だ。そのうち一泊サイクリングに挑戦したいものです。
まだまだ、乗り始めて2か月半なので素人であるが、この老体に、体力がついていくのか?疲れがたまっていくのか?まだ判然としていない状態である。その前の転ばないようにしないとね。昨日、実は信号待ちで転んだ。止まるときが危ない。
転んですりむいたヒザ。気をつけようね。1、Dst(走行距離)28.07km
2、Av(平均速度)18.1km
3、Mx(最高速度)40.1km
4、Odo(積算距離)284.1km
5、Tm(走行時間)1:33`07
6、C(ケイデンス)0
○俊介のニコライ堂
ところで、土木関係の資料を調べていたら、下のような戦前の橋の彩色写真の絵ハガキを発見した。ちょうど昨日の「松本竣介」の「ニコライ堂」の絵を話題にしたのであるが、土木図書館のものと比較するとまず橋の角度が異なることがわかる。竣介のものでは、聖橋が正面を向いているが、実際は、ニコライ堂に向かって、まっすぐあり、峻介は、「配置転換」を行っている。また、聖橋のところは、JR中央線の「お茶の水駅」の出入り口のところで、土木の写真では、今のように高層化はしていないが、密集しているのがわかる。にぎわいがあったと予想させる。が、峻介の絵では、人間はほとんど(ほとんどというのは影のようなうっすらとした人が描かれているようでもあるから)描かれず、妙に閑散とした感じで描かれている。
また、峻介の絵は、ニコライ堂が一番奥の事物となっていて、それよりも遠景は省略されている。そして、「空」が、まるで「壁」のような重厚な感じで表現されている。この重厚さは、幾層にも重ねられたマチエールからも、もたらされている。
すなわち、峻介は、ディペイズマンやものの配置、構図、マチエールなどを巧みに操作し、ある「気分」を表出しているように感じられるのだ。おそらくその気分とは「戦争」という時代からもたらされていると考えられるのであった。このあたりに峻介の独特の立ち位置がある。
松本竣介「ニコライ堂と聖橋」 (1941)
「ニコライ堂を望む,彩色」土木図書館所蔵
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/card/01_image/middle/0113203.html
「イフガオ族の<米のコーヒー>をつくって飲んでみた!&ニコライ堂」・・・09/08/20(木)
○米のコーヒー
「妻有」に都図研で先日ツアーにいったが、そこでの「棚田」風景はすばらしかったことを前に述べたが、ちょうどTVで、フィリッピンの棚田の紹介をしているのをみかけた。そこの棚田はものすごくて、「世界遺産」にも登録されている。「イフガオ族」のところでレポートしていたが、そのなかで、米を煎(い)って、煮て、その上ずみを飲むのをやっていた。それが、たいそう「うまい」感じであった!
そこで、「コーヒー党」のぼくとしては、実際にやってみたのであった。
1、米をフライパンでよく煎(い)る。
2、色が変わるまでよく煎(い)る。焦げないようによく振る。
3、鍋で煮る。
4、TVでは、うわずみをとって飲んでいたが、ぼくはコーヒーのフィルターでこしてみた。
5、まるで「コーヒー」みたいだ。もしかして、何も言わなかったら、コーヒーだと思うかもしれない。(コーヒーを飲むには器も大事。器で味が変わる。これは、知り合いの青磁の茶器。なかなかいい。)。
6、ブラックでもいけるが、TVで砂糖を入れていたので、入れて飲んでみた。コメの種類、煎り方やお湯の量で、味は変わってくるかもしれないな。でも、香ばしいし、コーヒーと大差ないです。ネットで調べたら、この飲み物についてぜんぜん情報がないのであった。コメを使ったコーヒー?なんて、驚き桃の木ですね。貴方もやってみてはいかが?
○ニコライ堂
そんなこんなで昼間は、少し仕事をしたり、本を読んだり、ネットで調べ物をしたりして過ごした。夕方になって自転車に乗った。どこへいくか決めていなかったが、なんとはなしに神保町の方に来てしまった。すると・・・・奇遇にもHくんとばったり。「さぼうる」というサテンで少しお茶を飲んで話した。Hくんは、前任校の誠之小での同僚。今は足立区に異動した。たいへんまじめな人柄。新卒で誠之小なので現在2校目だ。所変われば子どもや親も変わる。ということで、新しい学校でも元気にやっているそうである。
ところで、神保町にいったのは、たぶん午前中に「松本俊介」をちょろちょろみていて、彼の描いた「作品と実際の風景」の比較がけっこう面白いのではないか、と思ったからだ。「国会議事堂」や「落合」の風景なども描いていて、回ってみているひともいるようである。もちろん、絵画は「自立した作品」であって、たんなる説明ではないから、それが作品の価値・意味づけの決定打ではないが、画家は、時代や社会から、超脱して存在しているわけではなく、身の回りの世界から、その作品を生みだしていることを考えると、作品や作品の背景について考えていくきっかけになるかもしれない。
特に東京という都市は、時代とともにものすごい速度で変化しており、当然描かれた場所も変化をこうむっている。俊介が描く絵画の透明感や孤立感、静寂は、1940年代の時代の中で、場所性と結びつく中でこうした表現を生み出した。とするなら、現在という場所から再び、場所や作品を見返すことで、なにか新しいものがみえてくるかもしれない・・・・なんて、ポタリングだったのに、ちょっと妄想の度合いがきつくなってしまったなあ。

松本俊介「ニコライ堂と聖橋」 (1941)
- Dst(走行距離)31.46km
- Av(平均速度)17.1km
- Mx(最高速度)45.4km
- Odo(積算距離)256.0km
- Tm(走行時間)1:50`06
- C(ケイデンス)0
「多摩湖あんどワークショップデザイナーのイベント紹介」・・・09/08/19(水)
○多摩湖
友人のヅカちゃんのすすめもあって「多摩湖」(村山貯水池)に行ってみた。狭い新青梅街道をひたすらこいで到着したが、思ったより近い。子どものころ、社会科見学で行ったきりだったが・・・うっすらと記憶に残っている。「狭山丘陵」につくられた人造湖で、東京の水甕であり、東京に残された数少ない武蔵野の面影が残る地域である。ここにある「八国山」というのは映画『となりのトトロ』に出てくる「七国山病院」・・・お母さんが入院していた病院ですね。「結核」の病院は、このあたりの辺鄙な場所につくられた。・・・のモデルである。「ナショナルトラスト運動」なども展開され、残された自然を保護しようとしている。
帰りは「多摩湖自転車道」(境浄水場までの水道管の上につくられた道)を通って帰ってきたが、「車止め」だらけで、たいへん走りづらい道であった。
- Dst(走行距離)64.46km
- Av(平均速度)18.1km
- Mx(最高速度)46.3km
- Odo(積算距離)224.6km
- Tm(走行時間)3:33`38
- C(ケイデンス)0


それから、「がんばれ図工の時間」などで、お世話になっている苅谷俊文先生(青山学院大学)から下記のイベントの連絡がきた。劇作家の平田オリザさんらとのパネルディスカッションがあるようだ。(午前中は、申し込みを締め切った模様なので、ご注意ください)
○ワークショップデザイナー育成プログラム第1期生修了イベント
「ワークショップデザイナーの可能性」(午後の部のみ申込可能です)
開催日 |
2009年8月22日(土) 10時〜18時
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|---|---|
会 場 |
東京大学福武ホール(本郷キャンパス赤門入ってすぐ左)地下2階
(http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/)
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参加費 |
無料
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主 催 |
青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム推進室
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協 力 |
特定非営利活動法人学習環境デザイン工房
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▽イベントホームページ
http://www.heu-le.net/wsd/0822
▽ワークショップデザイナー育成プログラムホームページ
www.hirc.aoyama.ac.jp/wsd/index.html
【申し込み方法】
※氏名(ふりがな)、所属、連絡先(電話とメールアドレス)をご記入の上ファックスかeメール
お申し込みお願いします。なお、定員になり次第、閉め切らせていただきます。
申込先:info@heu-le.net ファックス03−5842−5392
※申し訳ございませんが、午前の部のお申し込みを定員になりましたので、締め切らせていただきました。 午後の部のみのお申込を受付いたします。詳細は下記プログラムをご覧ください。
【当日スケジュール】
◆〈午前の部〉定員いっぱいのため申込終了
- 9:30
- 受付開始
- 10:00-12:00
- ワークショップデザイナー(第1期修了生)によるキッズワークショップ(IT,造形,身体の3コンテンツのワークショップを行います。)
- ※ワークショップの意味と仕組みについて、ワークショップデザイナーからの解説を聞きながら、キッズワークショップを見学することができます。
◆12:30 午後の部受付開始
〈午後の部〉
- 13:00-13:50
- 基調講演『ワークショップの学びとしての意味』(青山学院大学 教授 高木 光太郎)
- 14:00-15:20
- パネルディスカッション『ワークショップデザイナーの可能性』
- パネラーワークショップデザイナー育成プログラム第1期修了生代表・平田オリザ(劇作家、演出家・大阪大学教授)・相川良子(特定非営利活動法人ピアサポートネットしぶや 理事長)
- 15:30-16:00
- 活動報告(青山学院大学 教授 苅宿 俊文)
- 16:00-18:00
- ワークショップデザイナーとの交流・ワークショップ体験コーナー等
「夏休みの作文」・・・09/08/18(火)
12日(水),13日(木),14日(金),15日(土),16日(日),17日(月)と特に何もしたわけではなく、強いて言えば、自転車に少し乗っていた以外は、なんにもしていない。
旅行好きのひとや田舎のあるひとはどこかに出かけて、今年の夏を記憶するような出来事があったのかも知れない。が、ぼくのようなだらだらした人間は、だらだら過ごしているだけなので、もしボクが子どもで新学期に「夏休みの作文」を書けといわれたら題材がなくて困るだろう。
皆さんのなかには「地中海の思い出」とか「ベトナムのフォーはうまい」とか「ひと夏の経験」とか「温泉で美白になっちゃった!」とか、というような・・・・作文に書けるような、楽しい夏を過ごした方も多いかと思う。
さて、いよいよ、少しずつメールなどが入ってきて、まわりの方々が、二学期にむけて仕事をしはじめている。おまけに、「風」にすでに秋の気配が忍び寄ってきているのを感じる。「休みへの順応」は、なんなくできるが、「仕事への順応」は結構たいへんである。楽しい夏を過ごした方も、なんとなく夏を過ごした方も、何もしなかった方も、あともう少しで、はじまりますね。
- Dst(走行距離)31.21km
- Av(平均速度)19.8km
- Mx(最高速度)41.8km
- Odo(積算距離)159.9km
- Tm(走行時間)1:34`35
- C(ケイデンス)0
18時過ぎから少し走った。ときわ台〜石神井公園〜西荻窪駅周辺〜青梅街道〜阿佐ヶ谷〜高円寺〜中野〜哲学堂〜千川〜環七〜ときわ台。風が涼しく秋を感じる。
「ボートと印象派」・・・09/08/17(月)
うちの娘っ子が、友人と「ベトナム」にいくというので、朝早く、日暮里駅まで送らされた。おかげで午前中はうとうとしてしまった。昼すぎ、友人のヅカちゃんから、ポタリングで「多摩湖にいます!」と写真付きのメールが入った。というわけで、午後、日差しは強かったが、ちょっくら出かけた。
彩湖や秋ケ瀬公園あたりを回ってから、荒川の左岸を通ってみた。「戸田競艇場」のところだ。ここは、下に降りていくとボートの練習場があり、大学生たちが練習していた。東京オリンピックの時にできた所だ。東京大学、法政大学、東北大学・・・・いろんな大学のボートクラブハウスが、並んでいて、そこからボートを出して、練習している。ぼくみたいな泥臭くて、ビンボー臭い人間からみると、水面をすいすいと遊ぶボートというスポーツは、設備やスタイルからして、なんとも優雅である。
今度、生まれ変わって、もう一度大学生にでもなったら「ボート部」に入ってみたいものだ。でも、スポーツとしては、けっこう禁欲的な運動かもしれないですね。ひたすら漕ぐんですから。『いちご白書』という映画の主人公は、確か、ボート部でした。(これは70年代の反戦映画です)。
ところで、こうして水辺にたたずんでいたり、朝から夕方までサイクリングしたりなど・・・戸外で光のきらっとした感じに触れる機会が多いのだが、対象を固有の客観的なものとしてとらえるのでもなく、主観的な感情をおっかぶせるのでもないような感じというものがあって・・・・。
印象派の「印象」というのは、どういう意味なんでしょうね?その「印象」は、対象(客観)からきたものなのか、はたまた、見た(感じた)者がもつ主観的なものなのか?
よくわからなくなりますが、まあ、とにかく光は切なくて、美しいです。
1、Dst(走行距離)38.96km
2、Av(平均速度)18.9km
3、Mx(最高速度)50.4km
4、Odo(積算距離)128.6km
5、Tm(走行時間)2:03`21
6、C(ケイデンス)0
「ノート・メモ」・・・09/08/16(日)
今日は、母親の透析の送りがあったり、親戚がきたりしたので、夜8時過ぎから走った。ときわ台〜北町〜富士街道(環八)〜荻窪〜高円寺〜中野〜哲学堂〜千川〜小竹向原〜ときわ台。最高時速は、小竹向原の坂道で結構こいでみたら、50キロ以上出た。もちろん車がいないのを見計らってである。
一日中ごろごろしていると、あっという間に2キログラム太る。2キロやせるのはたいへんな労力が必要だが、太るのは簡単だ。寝て食べているだけでいい。
25キロくらいだと「走った感」が少ない。50キロだと「まあまあ感」だ。100キロだと「へろへろ感」。ぼくの今の体力は、こんなところである。
6月1日から始めたので、2か月半になるが、続けていくと変化(向上)していくのだろうか?それともいいかげん歳なので、現状維持がせいいっぱいであろうか?
ところで、「自転車ノート」というのをつけていて、今まで走ったことをメモっている。「図工ノート」もつければいいいいのだが、そっちはやっていない。というか「週案」がノートのようになっている。ダヴィンチは、寝る前に日記を「鏡文字」で書いている。ピエール・ボナールの日記メモには、その日の「天気」が記してある(光に敏感なボナールらしいですね)。
あなたは、日記やメモみたいなのをやってますか?
- Dst(走行距離)25.22km
- Av(平均速度)20.0km
- Mx(最高速度)56.4km
- Odo(積算距離)88.4km
- Tm(走行時間)1:15`46
- C(ケイデンス)0
「サイクルコンピュータで分析的なサイクリングとなりますな〜」・・・09/08/15(土)
木曜日は、「ビンディング・ペダル」をつけたので夜になって、路地で練習をはじめた。案外、思ったより簡単だと思いこんで裏道を通って、練馬の方までどんどん行ってしまった。しかしながら、あなどってはいけない。ほんのちょっとしたきっかけで、案の定、右側に転んだ!人気のない路地だったのでよかったが、幹線道路で、右側に転ぶとヤバイことになる。十分気をつけたい。
家に帰ってから今度は「サイクルコンピュータ」を取り付けた。ショップのひとが「簡単なので自分でつけますか?」といったので、自分でつけたのだが、説明書がちょー小文字で老眼のおじさんにはよく見えないばかりか、構造や仕組みについてほとんどよくわかっていなかったので、手こずった。(六ヶ国語で書いてある。さすが自転車は世界のスポーツだ)。が、夜中に取り付け完了した。早速、明日試してみよう!
6時に出たが、サイクルコンピュータが動いていない。調整に手まどった。どうも、センサーを後輪のテェーンのフレームにつけ、マグネットを「車輪のスポーク」と「ペダルのクランク」のところにつけ、
「車輪の回転数」と「ペダルの回転数」をセンサーが読み取って、サイクルコンピュータに信号を送るシステムなのだが、センサーとマグネットの距離が、5ミリと3ミリ以内なので、ものすご微妙なのだ。そこうするうちに反応がでたので、いさんででかけた。
以下記録をみると・・・・
- Dst(走行距離)63.26km
- Av(平均速度)19.2km
- Mx(最高速度)45.5km
- Odo(積算距離)63.26km
- Tm(走行時間)3:17`12
- C(ケイデンス)0
○「走行距離」は、ときわ台〜戸田〜荒サイ〜行きどまり(新砂ステーション)〜門前仲町〜日本橋〜銀座〜国家議事堂〜四谷〜新宿〜早稲田〜目白〜池袋〜ときわ台で、約60キロ。いつもパソコンの地図で距離をはかっていたので、今度はタイヤの回転なので実測がた。
○「平均速度」は、20キロを下回っている。ギアを軽くして、ほとんど踏んでいない感じで走っていると平坦なロードで、23〜25キロくらいがぼくの無理のない速度だ。みんな、さーっと抜いていきます。30キロくらいですねみなさんは。あと、「路地」も走るので、その時はかなり遅く走る。ポタリング系も入っているのがわかる。あとは、50キロ過ぎたくらいから、疲れのせいかあんまりスピードが出なくなる。この辺がぼくのへなちょこなところですな。
○「最高速度」は、17号線の「志村の坂」ででたものだ。かなり気持ちいい〜!もっとこげば50キロは出そうだが、安全の保障はない。
○「積算距離」というのはこれまで走った距離の合計。(これから増えますぞ!)
○60キロのサイクリングだと6時半〜9時半。ちょうどいいかも。100キロだとまだかなりきついのです。休憩も入って、倍以上時間がかかってしまう。
○「ケイデンス」というのは、1分間のペダル(クランク)の回転数らしい。1分間で90〜100回転が理想。1秒間に右―左―右と踏み込めば90回転になるが、たいへんだ。表示の「0」というのは???なぜかわからんなあ〜。
こうやって、コンピュータで「数値」が出てくると、なんだか説得力があり、また、数値を通して考えていくということが、生じてきて、面白くなる。これは、自転車の乗り方の関することだが、もうひとつ「どこへ行くか」とか「何と出会ったか」というようなことも問題になってくる。両方があってサイクリングは楽しいのだろう。
(ここまで延々と「自転車について」書いたが、この日記は、図工の日記である。よって、趣味の自転車について書いていて「馬鹿じゃん!」とお怒りの方もいらっしゃるかもしれない。が、実は、ここには「深い戦略」があり、表面上は「自転車」のことだが、実は「図工」のことが書かれているとお気づきになった貴方は、かなりすぐれ者である。すなわち、「現象」を「量的」に読み取り、それを「質的」に「意味や価値といったものに変換していく思考の方法」が書かれていたのであった。だから、許してちょんまげ!!ホンマイカナ?)

「門前仲町」の「富岡八幡宮」。門前仲町は、深川のにぎわいのある街で、富岡八幡宮があった。隣には、「深川不動」が並んでいる。どうやらお祭りがあるらしい。朝から若い衆が準備していた。あの「日本地図」(『大日本沿海輿地全図』)の「伊能忠敬」の銅像が建っていた。忠敬は、このあたりに住んでいた。測量に出かける時は必ずお参りしたという。50歳過ぎてからの大偉業であった。すごいな〜。
高速道路のかかった「日本橋」。この景観をつくったセンスは、うたがってもいい。環境・景観・文化について、ほとんど何にも考えていないのではないだろうか?
早稲田大学を抜けて帰った。「大隈講堂」。早稲田大学は、大きなキャンパスがあるのではなく、町の中に遍在していてとりとめのない感じ。
「青山ロックンロールショー&「BT9月号」の柴田祐佳先生」・・・09/08/14(金)
昨日は、高円寺についに「クリート付きのシューズ」と「ビンディング・ペダル」を買った(ぺダルに靴がカチャッとくっつく仕掛け)。家でつけていたら「こりゃ、転ぶな!」という感じだった。が、慣れれば、30パーセントは走力が効率化されるらしい。ひ弱なおじさんにはうれしい。
そんななか柴崎裕先生からメールが入り「妻有スライドショーは、花マルを20個つけます!」とお褒めをいただいた。柴崎さんこそ、今年度の「妻有プロジェクト」のコラボ授業とツアーをプロデュースしてくれた。都図研の活動を牽引するすばらしい功績があったというべきだろう。
ところで、高円寺では、CDも買った。清志郎の『青山ロックンロールショー』葬儀を記念しての2枚プラスDVDのアルバムである。アレンジがなかなか生っぽくていい。こっちはゆっくり聞こう。
さて、美術手帖(BT)9月号は、柴田祐佳先生(新宿区愛日小学校)の絵の実践が掲載されている。6月に校庭の桜を描いたもの。大きな画面に身体全体で感じて描いている。未だ、一般的には「描き方」を教えてしまうのであるが、こうした指導の神髄はなかなか伝わらない。
今、最もホットな柴田先生、今後の活躍を期待したい。

「真夏びより」・・・09/08/13(木)
昨日は、「美育文化」の原稿を朝3時から最後のまとめをおこない、メール便で穴澤さん送付した。(菅原さんに容量の大きい場合の送付の仕方を習った。便利です。)締め切りはまだずっと先だが、妻有のツアーのレポートなので、忘れてしまわないうちに書いた。なかなかたいへんで、20時間近くはかかっている。「これでお許しを穴澤様!」。
彩湖の水がきらきらひかり、夏を感じさせた。 それから、「妻有スライドショー」が音楽つきでアップされていた。これも、時間がかかったが楽しく真夜中につくった。音楽や最後の方のまとめは菅原さんの編集である。「編集」は捨てるのが命で、捨て具合で、できがきまるな〜と思った。(キョロロの記念写真は、完全な記念写真だなあ!いいできだ!また、原仁美先生が映っている目の森の写真もプロっぽくできたなあ!自画自賛)。
そうこうしているうちに、6時頃、久しぶりにサイクリングに行こうと思ったが、頭がくらくらしたので、寝ることにした。
午後になって、出かけた。外は夏のいい天気だった。無謀か?
13時30分〜21時30分。ときわ台〜戸田〜荒川サイクリングロード〜ホンダ飛行場〜北上〜行田付近〜折り返し帰宅。約100キロ。
ホンダ飛行場では、セスナ機が、ふわっと飛び立った。重力に逆らって空に浮かぶ感じは楽しい。
図工の先生で飛行機の操縦できる人はいますかね?聞いたことありませんが、いたら乗せてもらえますでしょうか?
荒サイを北上するとどんどん田舎の風景となる。河原なども手は入っていない場所も増えてきていい感じだ。行きつく所は、「森林公園」であった。でも日が落ちてきたので、帰りの時間も考えて引き返すことにした。ちょうど、JR高崎線「行田駅」辺りかな。
ピンクの雲が頭上をうねっていた。後は延々来た道をもどったのだが、すぐに日が落ち、真っ暗となり、誰もいない暗闇のサイクリングロードをひたすらこぐのであった。100キロメートルだと案の定、8時間くらいかかるな。(それにおっさんの足はひ弱で、寝ているとつるはめになる。体重は2キログラム減る。)帰宅は21時を回ってしまった。でも夏休みだからいいね。
「山梨県総合教育センター研修会」・・・09/08/12(水)
昨日は、朝3時に起きて、研修会用のプレゼンをつくっていた。突然「地震」があり、けっこう大きかったのでびっくりした。「台風」もきており、さらに地震ときては、山梨にはいけないかと思ったが・・・・TVの情報などでは、大丈夫だったのででかけた。
中央高速も問題なく、天気も空が抜けるような青さとなった。(なんという「晴れ男」なんだろう!)
山梨は、盆地でとても蒸し暑かったが、研修会は、若い先生方が、たいへん熱心で、活気のあるものとなった。ぼくのようなへなちょこ講師でも生徒がいいとなんとかなるものだ。新規採用の方と5年時研修の小学校担任、中学美術、高校美術、特別支援の方々が受講生であった。
「鉄は熱いうちに打て」ということばがあるが、どこの地域でも若い先生方が増えており、教員の初期の段階で、どんな研修を受けたがけっこう大事である。その後の何十年かの行動パターンに影響をあたえるのではないだろうか?
先生方も熱心に研修を受けていたが、実は一番勉強できたのは、ぼくだったかもしれない。今日から、やっと少しの間、夏休みとなる。とてもうれしい。
教育センターの志村伸先生には、たいへんお世話になり、ありがとうございました。


「今日は手短に日記を書こう」・・・09/08/11(火)
・菅原さんが、この土日は死ぬほどHPの仕事をしたので、今日は短く書こうね。(といいながら仕事を増やしているぼくでした)。
・午前中は、年休。原稿を書き始めるととまらない。「妻有スライドショー」も無料メール便で無事、菅原先生のもとへ届いた。
・名古屋市から伊藤先生来訪。いろいろと図工の話をした。若い先生方のネットワークをつくって図工もがんばってね。
・今日は、山梨に講師に行く。台風はどうでしょうか?パンクしないといいですね。
・明日からしばしぼくも夏休みです。皆さんはいかがお過ごしかな?
「妻有プロジェクト完結!あんど久しぶりに自転車」・・・09/08/10(月)
昨日は、午前中は、妻有関係のHP原稿をずっと作成していた。菅原さんは、レポートを逐次、アップしてくれていて、たいへんありがたかった。(ほんとすごい仕事量である)
パワーポイントでスライドショーをつくったのだが、データが重くて送れない。そこで、最終のレポートをまとめて、完結とした。こっちはすでにアップされているのでご覧ください。鑑賞ツアーの雰囲気が味わえると思います。
菅谷さんの「コラボ授業報告書」も届き、近々、アップしますので、一応、「妻有プロジェクト」は、完結となりました。柴崎裕先生をはじめとするスタッフの皆さん、また、北川フラムさん、坪井みどりさん、三人の作家の皆さん、参加してくださった会員の皆さん、ほんとうにありがとうございました。
ずっと家にこもっていたので、夕方、自転車で外に出た。まず、病院に出かけた。家をでるとすごい雨になった。もちろん濡れた。今年の夏は、夏らしくない天候が続く。からっと晴れた日がほとんどなく、まだ、梅雨を引きずっている感じだ。
母親は、ちょうど夕飯であった。少しは、顔色もよくなったようだ。となりのベッドでは、老夫婦の夫が、かいがいしく妻の世話をしていた。家に老人がいると「老人介護の問題」が、身近なものに感じられる。よく「介護疲れ」で、自殺するひとのニュースが流れるが、日本という国は、もう少しで老人だらけの国家になるのだろう。ドイツには、「ホームレスがいない」と「ミュンヘン便り」にあったが、なぜだろう?「介護の問題」はドイツではどんな感じだろうか?「ホームレス」と「老人」と「教育」は、「国が国民をどう扱っているか」の重要なバロメーターとなるものだ。
さて、自転車に一週間ぶりに乗った。ときわ台〜小竹向原(病院)〜環七〜千川通り〜環八〜西荻〜阿佐ヶ谷〜高円寺〜中野〜哲学堂〜環六〜千川〜小竹向原〜ときわ台。約25キロ。夜なのにたいへん蒸し暑く、足も動かない。先週は、3泊も外泊があったため、食べたものが体内に蓄積された感じ。少しまた太ってきたかな?仕事もそうだが、運動や生活も、日々の継続と蓄積が、大事であるなあ!といつもの高円寺の自動販売機の横で一服しながら思ったのであった。
今日は、名古屋から伊藤先生という方が学校訪問してくる。また、明日は山梨県の研修会に講師で出かける。
「記念写真」・・・09/08/09(日)
今回の「都図研妻有鑑賞ツアー」もほんと楽しかった。参加してくれた皆さんアートを楽しみながら、これからも図工しましょうね!それから運転手の皆さん、ホント!ありがと〜!!
写真1 森の学校「キョロロ」にて
写真2 アンティエ・グメルスさんとグメルスさんの作品会場にて
写真をダウンロードする場合、ここをクリック!
写真1・・・1.7MB(jpg形式)
写真2・・・1.9MB(jpg形式)
「朝の散歩」・・・09/08/08(土)


朝の散歩。おじさんは朝が早い。他のおじさんはぐっすり寝ている。
近くに小学校があった。明治8年創立。学制の三年後だから、明治の近代化は驚くほど早く地方まで浸透する力をもった。横には、二宮尊徳。
コンビニで、帰りに備えて「運転眠気覚ましセット」を購入。ああ、「コンビニ」って便利!
「妻有鑑賞ツアー開始あんど佐々木邦子氏、バサンタ・ビダリ氏」・・・09/08/07(金)
さて、昨日は、八ヶ岳の移動教室から帰ってきたばかりだが、今日から、都図研の妻有鑑賞ツアーがはじまる。美術出版から、『大地の芸術祭』のガイドブックを寄贈していただいたので、参考にしながら、トリエンナーレを楽しみたい。
それから、昨日は、「InSEA世界大会」で、都図研の発表の翻訳と通訳をしていただいた、佐々木邦子さんが、我が家に来訪された。佐々木さんの友人のネパールのバサンタ・ビダリ氏もご一緒にいらした。ビダリさんは、ブッダ生誕の地である「ルンビニー」の発掘調査で世界的に著名な方で、気さくな方であった。
孤児院も運営しているので、CCAAの活動などで絵を子どもたちに教えにいってもいいかもしれない。梅干しは全然だめそうであったが、白菜とSAKE(日本酒)はかなり気にいっていたようであった。
妻有のレポートは、またまた、菅原さんにお世話になりますが、よろしくお願いします。
「八ヶ岳移動教室の第一日目」・・・09/08/06(木)
八ヶ岳移動教室二日目。2時に起きたがやることがないので5時に起床。散歩で一服。朝日がきれいだ。
軒下にたくさんのツバメの巣。子どもの頃には東京にもいっぱいいたがほとんどいなくなった。
現地の移動は自転車。移動教室で自転車にのれてうれしいな。マウンテンバイクにのった。タイヤが極太だ。ポタリングにはパンクしなくていいかな。でも距離はでない。
曇った八ヶ岳。だけど雄大な感じです。こっちでサイクリングしても楽しそうだ。



「八ヶ岳移動教室の第一日目」・・・09/08/05(水)

今日は、八ヶ岳移動教室の第一日目。東京は雨だったがこちらは晴れ。湿度が低く過ごしやすい。でも歩くのがおじさんにはきつい。
夜は恒例のキモダメシ。あいにく雨だったが、キャーキャーと楽しんでいた。
A先生の脅し技はすごい。足下に横たわっていて突然転げ出し、地面を這いずりまわるのだ。こんなのみたことない!おまけに全身泥だらけ。
「移動教室あんど高橋香苗展あんど入院」・・・09/08/04(火)
○今日から、5年生の移動教室に火・水・木と引率。文京区に来て、臨海学校ばかりだったので、八ヶ岳ははじめてである。山は、天候でぜんぜんちがってくる。ほどほどの天気がいいですね。その後、都図研の妻有ツアーが金・土とある。こっちは、快晴がいいなあ。3年前は、まったくの快晴で、作品を見ながら夏を楽しんだ。車で移動ですから晴れても大丈夫。
○午後は、休暇で、高橋香苗さんの個展を銀座の村松画廊にみにいった。ホワイトキューブにぴたりとはまった、たいへんいい展覧会であった。高橋さんの最近のベストでは?
いつぞやロバート・ライマンの話をしたが、ライマンというよりは、オーストラリアのアボリジニの画家、なんと言いましたか・・・・そうそうエミリー・カーメ・ウングワレーでした。むしろそっちの方にやや近いかな?ウングワレーは、ぼくは残念ながら見にいけなかったが、カタログをみるとなかなかすごい作品で、呪術的というか、土着的というか・・・・原初的な力を感じる画面であった。
高橋さんの作品もライマン的なコンセプチュアルというよりも情動性のほうが勝っていると感じた。が、そこには現代人らしく都会的なセンスが漂っている。「I am here」という作品があった。ここには、自・他
(主・客)という二分された世界ではなく、言わば、描くものと描かれたものが一体化した、絶対的な世界の実現をめざしているのだろう。
高橋さんも頑固な人だから、辛抱強く、死ぬまでこの感じを貫くにちがいない。今週いっぱいやっているので、ぜひお見逃しなく。特に現代美術に触れた事のない若い先生は、みると参考になる。

○その後、家の母親が、胃潰瘍で入院になったので、病院に行った。老人には、暑い夏は、たいへんなので、病院で入院していたほうが安心かも知れない。老人にとってもアツイ夏が続く。
「サイクリング・ホンダエアーポート」・・・09/08/03(月)
5時半〜10時。ときわ台〜荒サイ〜彩湖〜ホンダ・エアーポート〜川越〜川越街道旧道〜ときわ台。73キロメートル。雨。
荒サイに入る前のコンビニで、「補給食」を買う。これが結構大事で楽しみ。遠足のおやつみたいだね。今日は涼しく、走りやすいかな。水筒は、ポカリか麦茶などを冷凍庫で凍らせておく。店を出ると、犬がいた。「君!でかいね」。かわいいが、飼うのはたいへんだ。犬をしり目に荒サイへ。
行きすぎるところだったが、昨日サテンで聞いた友人のヅカちゃんのアドバイスで3回目にしてやっと到着。セスナや気球船が並んでいた。一服していると突然、雨が降りだした。野っぱらで、雨宿りできない。OH!NO!
土手を上がると本田の会社の玄関口に、自転車野郎がたまっていた。ぼくも軒下に入り込んだ。ナマの自転車野郎をまじかでみると、みんなおっさんだ。(ぼくもである!)。そうかもね、自転車、値段、高いしね!どこか、ストイックで孤独感のある自転車は、おっさんでないとやりきれない?でも最近は女性もみかけます。
自転車野郎は、大事な自転車ごと雨宿りする。おっさんたちが玄関で雨宿りしていても、ほとんどの会社のひとは何にも言わず玄関を入っていくが・・・ひとり、「まあ、緊急避難でしょうが、自転車も入れるとは、ちょっとどうですかね!!」と偉そうに注意を言いながら入っていった。たぶん管理職だろう。でもね、この言いぐさでは、おっさんたちが、エコカ―に買い替えようと考えたとき、何人かは他社のものにするだろう。(ぼくもね)。
ちょっと先の橋まで行くと「川越」と表示が出ていたので、そっちに向かった。ああ雨がだんだん激しくなる。この手の自転車は、泥除けがついていないので、背中にどんどん水がはねかえる。でもしばらくして川越に着いた。川越は、昔ながらの家並みや大正時代?昭和初期?の建造物などがあり、しゃれた感じである。最近はNHK「つばさ」でブレイクしている。
昨日の話の続きから行くと川越は「小江戸」と呼ばれる江戸風味を代表する街だ。また「小京都」という言葉もある。小京都と呼ばれる町は全国に遍在している。
昔、「安野光雅」さんの研究をしていた時「津和野」にいったことがあるが、町の水路を鯉が泳いでいてなかなかしゃれた街だった。津和野は「山陰の小京都」と呼ばれている。こっちは、室町時代以降、大名が「京都」をモデルに城下町をつくりはじめたことによる。
川越をこえ「はあはあ」と旧川越街道を南下し、「北町商店街」を抜けると、見知った顔とすれちがったので追っかけると、ヅカちゃんである。彼も完全にポタリング姿であった。が、一時やんだ雨がまた降り出した。「ホンダ行けたかね?ぼくは多摩湖まで行こうと思ったけど、ちょっと無理だすな。酒でも買って帰ろうかな」。
ぼくは、ヅカちゃんと別れて家に直行し、シャワーを浴びた。
「サイクリング・下町(東京低地)と山の手(山の手台地)」・・・09/08/02(日)
6時〜9時半。ときわ台〜戸田〜荒サイ〜行きどまり〜永代橋〜築地〜皇居前〜後楽園〜江戸川橋〜椿山荘〜学習院前〜すいどーばた美術学院前〜池袋〜小竹向原〜ときわ台。55キロ。
先週の100キロがたたって、しかもプール当番で、40度近くまで気温があがった日があったので、体力が戻らず、一週間ぶりのサイクリングであった。今回は海方面へ、軽く走る感じででかけた。でも、携帯をわすれたので、写真が撮れなかった。よって、今日たどった道を地図で入れてみた。こうしてみると、都心は驚くほど狭くて近い。が、走っている土地は、「低地」と「高台」に二分される。
「志村」の坂を一挙に下って、荒川の横をずーと走っていくと墨田区・江東区の方に至るが、土地の高低差は、ほとんどなく平坦な低地を走っていくことになる。帰りは、後楽園から江戸川橋までの谷底を走って、今回は、「江戸川橋」から、「椿山荘」横にある急激な坂を一挙に上って、高台の上に上がった。(上がれないかと思ったが必死こいてあがりました!)
地理的には、低地を「東京低地」、高台を「山の手台地」と呼んでいる。さらに東京は、西は、「武蔵野台地」が続き、その南は「多摩丘陵」、さらに、西は、「関東山地」があり、東京は、こうした台地で構成されている。
俗にいう「下町」と「山の手」区分でいうと、隅田川周辺から、山の手台地の谷底に至る間を「下町」、武蔵野台地の東側の「JR山の手線」内の大地を「山の手」と呼んでいる。
江戸で城下町が形成される1600年代の江戸前期には、こうした「下町・山の手」という対置的な地域概念は使用されていたようである。
けれどもこうした呼称は、行政地名ではないため、その概念はかなり曖昧で、時代とともに変化している。
江戸時代、「京橋」「日本橋」「神田」など、中央区の大方と千代田区の一部は「下町」と呼ばれていた。幕末〜明治初期には、「下谷」「浅草」が含まれ、大正〜昭和初期には、「本所」「深川」が下町の範囲に含まれるようになった。現在では、多くのひとが、「隅田」「江東」「江戸川」「葛飾」台東」などを下町というイメージでとらえているようである。「中央区」を下町に入れるひとは、ほとんどいないであろう。さらに、現在では、江戸川西岸まで伸びて、東へと概念が拡張している。
一方、「山の手」の「世田谷」「渋谷」「杉並」「目黒」などがイメージされるが、「江戸・明治期」では「文京」「新宿」「港」「千代田」などの「山の手台地」に属するところが「山の手」と呼ばれていた。現在では、下町と同じく概念は拡張し「吉祥寺」や「田園調布」なども「山の手」のイメージは含まれるようになっている。こちらも「武蔵野台地」を西へ西へと広がってきている。
こうした山の手・下町にからめて調べていたら、ウィキペディアに「東京市街の拡大と山の手・下町 」について次のような記述があった。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%B8%82%E8%A1%97%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7)
「東京市街の拡大と山の手・下町 」
○明治時代
明治時代の山の手は、旧江戸市街地の範囲内で、地形の山の手(武蔵野台地の東端)の武家地あとに成立した住宅街である。地理的には現在の新宿区・文京区・北区の高台(武蔵野台地の延長である豊島台・淀橋台・関口台・小日向台・小石川台・白山台・本郷台)から千代田区番町・麹町地域までが山の手にあたる。町境や住居表示の変更により現在の町名では正確には示し難いが、大雑把には旧東大久保村や牛込区・四谷区(現新宿区)にあたる地域、小石川区(現在の新宿区と文京区にまたがる)、本郷区(現文京区)、麹町区の番町・麹町地域(現千代田区)。山の手では多くの幕臣が去り、武家地を接収した維新側大名家とその家臣団、財閥関係者、文化人など当時の中流から上流の人々が集まって住んだ。住民の多くが入れ替わったため、言語や文化の面で江戸時代と明治時代の間に大きな断絶があると言われる。
一方で商工業が集積した町人町であった下町は、江戸期に集積された伝統文化を維持しつつ、新たなサービスの対象を受け入れたため、江戸期の文化と明治期の文化に連続性が見られる。典型的な例は日本橋・神田・浅草・本所・深川など。ほぼ住宅に特化した山の手は独立した都市としては成立できなかったが、谷が入り組んだ地形のため、山の手から坂道を降りれば商業サービスを提供する下町が存在し、利便性は高かった(東大久保・牛込と新宿駅界隈、番町・麹町と九段・神田地区の関係がその典型)。また、主要な街道などは山の手の尾根の中心を通っていたため交通の便はよい。
○関東大震災
関東大震災は、東京の既成市街地から郊外へ移転する人を大量に生み出した。震災の後、第二次世界大戦までに旧江戸市街地の範囲外であった山の手地形の地域に新興住宅地が成立した。代表的な例として現在の渋谷区の松濤・富ヶ谷等が挙げられる。
一方で、この時期、震災前に分譲された新町(世田谷区)(現在の桜新町、深沢の一部を含む)に続き、田園調布や成城学園前等の田園都市・ニュータウンが計画的に設計・分譲された。また、阿佐谷、荻窪などをはじめ、郊外鉄道の駅周辺などにも移転したが、人口の集積によって駅周辺に商業も発達していき、田園都市とはまた別の住宅衛星都市として成立していったと考えられる。
○戦後
第二次世界大戦後は、戦災被災者の移転、復員及び引き揚げなどのため、既成市街地西側への人口移転の圧力が高く、東京都市圏は拡大した。さらに、高度成長期には全国からの人口流入を受け止めるため、拡大の速度が増した。
中心市街地の西側では、既に成していた山の手から、連続した前線を形成し、衛星都市を飲み込みつつ武蔵野台地上を西に向かってスプロールが進行していき、さらに、東京オリンピック前後を境に、それまで開発規制されていた地域へも市街地開発が行われていった。
そうした中、相対的に整備された住宅街である、新たな田園都市や衛星都市、ニュータウンが「山の手」と認識されていくこととなった。ただし、旧来の山の手地域(武蔵野台地の東端)は正統派「山の手」として現在も存続している。
「下町」の範囲も不明瞭になりつつある。 江戸期の解釈でいう下町に含まれない地域でも、江戸期の古風な文化が残る地域(柴又はその典型)や大衆的な風情が見られる地域(京島、堀切、立石等々)は「下町」と呼ばれたり宣伝されるなどしている。 地域的には、関東大震災や戦争の影響をうけ山の手と同様に郊外拡大(この場合は城東)している。これらは昭和に生まれた昭和の下町ともいえる。
東京を自転車で走っていたり、また、都図研大会のため、東京都を回っていたりすると、その地域性の特徴について、肌で感じる。
「目黒区教育委員会訪問あんど研究局拡大作品持ち寄り研究会盛会に開かる」・・・09/08/01(土)
昨日は、中目黒にある目黒区教育委員会に、鈴木陽子副会長と来年の城南大会の予算申請に訪れた。教育長にお会いしお願いしたが、教育長は、絵がご趣味で図工の大会にたいへん好意的であった。目黒区は、大会当該区なので、期待したい。城南ブロック全六区のうち、五区の訪問終了。残るは、世田谷だけとなった。
そのあと、杉並の方南小学校(杉山先生)の学校に夏季休業中企画「都図研研究局拡大作品持ちより研究会」に参加した。方南小学校の校舎は、ぴかぴかのガラス張りの校舎で、図工室は4階にある。
行ってみると50名以上の参加者があり、熱気むんむん!自分の持ってきた題材を順番に説明し、いろいろな質問がでていた。
自分の指導作品の背景やねらいを、作品という具体物を使ってザックバランに話すのは、話し手にとっても、聞き手にとってもたいへんわかりやすく、即、反省したり、また、後日、活用したりできるので、実践者にとっては、勉強になる会である。(自分が丸見えになってたいへんよいことです。丸見えにすることを避けたり恐れたりすると、自分の進展はストップしてしまいますから。)
新人の先生方が多く参加しており、見も知らぬ人の前で、発表するのは「度胸」がいる。程よい緊張感!これが、参加しているという実感を生みだしておりいい感じだ。
また、ベテランも同じ土俵に立って、発表や質問をするので、これまたよかった。だって現場の図工教師は、平等にそれぞれの学校に現場をかかえているのですから。ベテラン本間先生や時任先生の質問も緊張感を誘っていた。
4時間くらい続いた研究会(だれることのなく集中していた。すごいですね)の後、駅近くのイタ飯屋で反省会。こちらもたくさんの先生方が参加し交流を図っていた。(こういうなかから、その後、何十年も付き合う知り合いが生まれたりする。)岡田研究局長をはじめとするスタッフの皆さんお疲れさまでした。
さて、夏季休業も、いよいよ8月に突入。あまり芳しくない天候が続くが、移動教室引率、旅行、帰省、勉強、研修、休息などなど、元気に過ごしください。
来週の金・土は、「都図研妻有トリエンナーレ2009・鑑賞ツアー」がある。











