とずけんどっとこむ

更新日 2010-03-11

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「来年の全造連大会は福島!」・・・2009/9/30(水)

 今年の全造・関ブロ大会は、11月26日27日に「千葉」で開催される。来年度は、「福島」で開催される。その福島大会の一次案内ができたようだ。会期はちょうど夏休み。講演は、「田口安男」先生。
 昔、「安井賞」というのがあって、具象系の画家には、小説家の「芥川賞」のような存在であった。セゾンが主催していたが、経営難の影響であろうか?歴史的役割を果たしたということで、97年に取りやめとなった「賞」である。よく「浪人」時代にみにいったものだ。
初期のこの賞は、大物が受賞している。野見山暁治、島田章三、有元利夫・・・・そんななかに、右上に「目」が描いてあり、「手」をモチーフに、全体をネガ・ポジで複雑に構成した作品があった。「田口安男」の作品であった。田口さんは、芸大の先生で「テンペラ」の専門家であった。
ぼくは、S予備校で浪人をしていたが、その時、H先生の教室に所属していた。H先生は、芸大の院生で、確か、田口先生にも習っていたようであった。H先生は、同じ予備校の出身で、自身が予備校生時代、「榎倉康二」さんに習っていたそうだ。榎倉さんは、「現代美術」を牽引した「もの派」的な作家で、芸大にこうした流れを導入した人である。川俣正さんや佐川晃司さんなどは、榎倉先生の弟子である。
当時は、アカデミズムの脱構築の傾向として、二つの傾向があったのかもしれない。ひとつは、「テンペラ」「フレスコ」などの「古典技法」を取り込む。ひとつは「現代美術」というグローバルなものに目を向ける。
ふと考えると、現代でもこうした教育課程の腑分けが、続いているかもしれない。

全造連福島大会日程

○平成22年8月5日(木)〜6日(金)

  • ・8月5日(木)(福島テルサ)
  • ・8月6日(金)(福島大学附属小学校、附属中学校、附属幼稚園、福島めばえ幼稚園、福島テルサ)

○後援者:田口安男(たぐちやすお)先生

  • いわき市立美術館長
  • 元東京藝術大学美術学部油画科教授
  • 福島県平町(現いわき市)生まれ(1930)
  • 東京藝術大学美術学部大橋賞受賞(1954,1956)
  • 第8回安井賞受賞(1963)
  • 国立ローマ中央修復研究所でテンペラ技法研究(1968)
  • 主な著書「黄金背景テンペラ画の技法」(美術出版社)

『変貌する教育学』世織書房、2009年」・・・2009/9/29(火)

image002-1.jpg 矢野智司先生にお会いするというので『変貌する教育学』(世織書房、2009)というのをアマゾンで注文していたら、やっときた。(20日には間に合わなかったですね。あまり、この手の本は出回っていないようです。図工の本もそうですが、「本」は現在読まれていないメディアでもある?)まだ、読んでいないが、佐藤学、広田照幸、矢野智司、今井康雄、秋田喜代美・・・・と「教育学」の名だたる方々が著者である。
佐藤学さんは、本書の「はじめに」で、本書は「海図も羅針盤もない教育改革の進行を拒み、教育改革を切望する人々に、たとえわずかの断片でも海図を提供し羅針盤を提示する使命を負っている。」と述べている。
 マニュアル本のように、具体的なノウハウをしめすものではないが、教育の実践にかかわる以上、現象を超えた思想や制度などの枠組みも考えないと行き止まってしまう。これほど混迷する時代であれば、なおさらであろう。
 表紙の写真は、タスマニア島のユーカリの切り株である(写真=平野正樹。<沈黙の切り株>2001)。原生林をばっさばっさと伐採し、それが混ざったウッドチップを日本は輸入し紙にして、消費してきた。そのことを日本人は知らない。伐採された森は植林され、原生林が消えることで、野生動物が消え、昆虫が消え、微生物が消え、土壌が変わる。河が変わり、海が変わる、という。
 自然も教育も臨界点を迎えているのかもしれない。

「メールの摩訶不思議」・・・2009/9/28(月)

○昨日の自転車の記録(千川通り~井の頭公園(吉祥寺)~人見街道~環七~自宅)
1、Dst(走行距離)35.79㎞
2、Av(平均速度)20.4㎞
3、Mx(最高速度)45.3㎞
4、Odo(積算距離)1160.0㎞
5、Tm(走行時間)1:45`05
6、C(ケイデンス)0
image002.jpg吉祥寺の井の頭公園、ひょうたん池。○昨日は、日曜日分の原稿を菅原さんに送ったのだが、月曜日の朝、届いていないと、メールがきた。機械には送信記録が残っていたが、届いていないらしい。菅原さんは、ぼくが自転車で事故ったのではないかと心配のメールをおくってきてくれた。(無事ですよ。ぼくは菅原さんがデートか、インフルエンザにでもかかったのかと思っていました。)
また、以前、広報局長の麻さんに、原稿を何回か送ったときも、届かなかった。原稿は、電子世界のどこかにいってしまった。どこを徘徊しているのでしょうか?
また、うっかりというか、濱方先生のメールが「迷惑メール」に指定されてしまって、全小学図連の事務連絡がきていなかったことがあった。メールは絶対というわけではないみたいですね。気をつけたいところです。

「絶対的?晴天」・・・2009/9/27(日)

○昨日の自転車の記録(荒川左岸~川口~17号線~大宮~2号線~ホンダエアポート
~17号~自宅)
1、Dst(走行距離)92.53㎞
2、Av(平均速度)20.4㎞
3、Mx(最高速度)48.3㎞
4、Odo(積算距離)1124.3㎞
5、Tm(走行時間)2:29`00
6、C(ケイデンス)0
image006.jpg北浦和の埼玉県立美術館前で休憩。ボテロの彫刻があった。ふっくらしたかたちが、
おおらかな感情を呼び起こす。昔、セゾンの「あそびじゅつ」で、ボテロとジャコメッティの鑑賞ツールで、伸縮性のある布に人型をプリントしてのばして遊ぶものを
つくった記憶が蘇ってきた。
image007.jpgサイクリングコースの途中にあるお店で手打ちうどんを食べた。うまい。

image009.jpgimage010.jpg秋晴れの空を眺めていたら、眩しくて、目が開けなくなった。それは、イブ・クラ
インの絶対的な「青」のようにも感じられた。相対的にではなく、絶対的にあるの
だ。しばらくして、小さなパラシュートが、天使のように舞い降りてきた。
 そう言えば、「小林正人」という作家が青空を描いているのを思い出した。ちょっ
と調べると小林さんは、牧師の息子で、「絶対的な感覚」を幼少の頃から持っていた
らしい。彼の絵画もまた、たんにつくるためのモノではない。らしい。

image012.jpg小林正人の初期の作品。

「充実した研修局<研修2>」・・・2009/9/26(土)

 昨日は、目黒の向原小学校(来年の都図研城南大会の会場校)で、約100名の参観者を得て、都図研研修会が開催された。授業者は、都図研の哲人、横内克之先生。講師は、熱血、岩崎治彦先生。
 題材は、自分でつくったさまざまな「筆」を使い、「墨」で、「巻物」の形式を活用して、自由の描いていくもの。3時間目から横内先生は、子どもたちと筆をつくったり、その他にも来校したりと、時間をとって、子どもたちと接触をはかっての、その日の授業であった。研究授業というと「いきなりやって、ハイおしまい」のかたちになりがちだが、それを少しでも補おうとする横内先生の努力はたいへんなものだ。
 導入時には、子どもたちが吸い込まれるように、横内先生の話に聞きいっていた。(なかなかこういう状態にはならないですよね。) 
「アフォーダンス」という言葉があるが、「筆」というツールは、子どもの活動を誘発する。「考え」が絵を生み出すのではない。ツール(環境)が子どもの活動を誘発するのである。「絵巻物という完成品をめざして、ノウハウを教えている」と解釈をすると間違いを起こす。あくまで、子どもの自発的な造形活動を誘発する条件とみるべきであろう。
 また、横内・岩崎、両先生のお話は、「新学習指導要領」にかかわるなかでの、現場の視点からのお話で、若い先生方にも勉強になったのではないだろうか。特に、岩崎先生の熱弁は、参観者の皆さんのまなこが、パッチリ開いて、眠気を吹き飛ばしていた。
 研修局の皆さんも今年度、3回に渡る研修会を実施し、今回で活動は終わるが、ほんとうに充実した研修会を開催していただいた。ありがとうございました。
image002-1.jpg子どもも観客もおだやかな横内先生の話にいつの間にか引き込まれる。image004-1.jpgやさしい語りかけの中に「暗示」が含まれている。 そこには計算された語りかけがある。 どこまで、子どもに話すかがカギとなる。 教師の語りかけの中にはぎりぎりの攻防がある。image006-1.jpg流れの中でさりげなく行われる鑑賞の話し合い。 一同にならべることで相対化できる。image008-1.jpg学習指導要領の中に、自分の実践を位置づけながら、図工の授業を分析、方向付ける作業が、 横内先生の話からくみ取ることができたかな?image010-1.jpg学習指導要領を起点としつつ、現場の教育充実を図るための指針に富んだ熱弁がそこにあった。 批判的な視点からの問題提起も刺激的であった。 久しぶりの「岩崎節」は、元気が出る。

「研修・翻訳・新型インフルエンザetc」・・・2009/9/25(金)

①今日は、向原小学校で都図研研修局「研修2」がおこなわれる。授業者は、横内克之先生。講師は、久しぶりの登場、岩﨑治彦先生。内容の濃い、「熱血」な研修会になると予想されます。先日の研究局の公開授業も充実していましたが、都図研は、「研究」「研修」の両輪がフル活動して、活性化しています。研修局の皆さん、本日はよろしくお願いします。

②まだ、曖昧なのだが、韓国から、『子ども主義宣言』の翻訳をおこないたいという打診が入ってきている。外国の方々に、『子ども主義宣言』の趣旨や実践が伝わるのは、いいことだと思います。が、もう少し具体的な内容が見えてきたら、またお伝えします。

③前勤務校から、「運動会延期」の電話が来ました。連休を挟んで、新型インフルエンザがさらに広がっているようでもあります。皆様も健康にご留意ください。

④肩と腰と腕がちょっと痛いです。よく考えると、自転車の転倒です。二日経って痛くなるのは、「おっさん」だからでしょうか?

「ちょっとだけ、サイクリング」・・・2009/9/24(木)

○昨日の自転車の記録

1、Dst(走行距離)51.63㎞
2、Av(平均速度)20.5㎞
3、Mx(最高速度)46.4㎞
4、Odo(積算距離)1031.8㎞
5、Tm(走行時間)2:31`04
6、C(ケイデンス)0

 おかげさまで、三日も続けて自転車に乗らせていただきました。ありがとうございます。
 最近は、朝5時はまだ暗い。よって、6時に家をでた。暗いと危ないですからね。ところで、肩とわき腹が少し痛い。というのも、昨日は自転車で三回転んでしまった。二回は、止まるとき。右靴を外し忘れる。というか、とっさにはずれないのでそのまま転ぶ。こういう場合は、転び方がうまいので、大丈夫。?
危ないのは最後に転んだときの場合。対抗の自転車とすれ違う時に接触した。カーブでお互い徐行していたが、右腕同士がすれたのだ。ぼくはバランスを失って、転んだ。頭も打ったがしばらくして立ち上がった。先方はというと、見当たらず、あたりを見ると、横の田んぼのなかに落車し、うずくまっていた。水はすでになかったが、そこにあった石ころにしたたか、膝を打ったようだ。しばらく様子をみて大事にいたらないことをお互い確認した。お互い、致命的な大けがではなく、よかったです。ということで、安全には十分注意しましょう。

 ところで、三日も同じ方面にいきたくないので、「多摩サイクリングロード」のほうへ向かった。世田谷美術館の中庭(レストランのところ)で休憩していると、彫刻に目が行った。
けっこういいものが置いてある。写真のひとつは、アンソニー・カロ。60年代の「プライマリーストラクチャー」の旗手。鉄の彫刻に色を塗って、視覚性を強調した作家である。カロの作品は、ほんとシャレている。優雅な軽やかさと場に溶け込む構造をもった作品である。
 写真のもうひとつは、バリー・フラナガン。「うさぎ」の作品で有名である。確か、宇都宮美術館の広い野外にうさぎが跳ねているのは、すごくいい感じでした。
 フラナガンも60年代には、スットッキングにモノをつめて、立たせるようにしたミニマルな作品をつくっていた。ぼくが、次に知った時は、すでに「うさぎ」になっていた。ピーターラビットの、また、アリスの国のひとは「うさぎ」にいきつくのだろうか?
 でも、もっとすごかったのは「くぬぎ」の木。枝ぶりも立派!すくっと立ち上がった姿が、なんだか神聖な感じさえする。「自然物のかたちは、人間のつくったかたちより、重厚だなあ」と感じてしまう。そばにあったクモの造形もなかなかである。完結してるけど。
 ということで、ぼくはここで結構満足し、脇腹も痛いので、「多摩サイ」にはいかないで、「成城学園」付近をポタリングしつつ帰宅した。(「成城学園」は、恐ろしいほどの豪邸が続いていた。それにしても、道をめぐっていくと、世田谷区はお金持ちが多い感じがします。田園調布と並んで、新興の勢力が住み着いた街ですね。)
image002.jpgアンソニー・カロの作品。 周囲の気配を吸い取りながら、立っている。 うしろの大木(クヌギ)との調和もバッチグー。

image005.jpgバリー・フラナガンの作品。これは「うさぎ」ではない。 馬の背中に乗っていたのは「ピューマ」だっけ?image006.jpg

image008.jpgどうどうたる「クヌギ」。 圧倒される自然の存在感。 大樹には神が宿っているのかも知れませんね。image010.jpgかわいいけれど、クモのかたち(自然)もすごい。 ミクロな世界にも神が宿っている?

「サイクリング、旧陸軍桶川飛行学校(熊谷陸軍飛行学校桶川分教場)跡」・・・2009/9/23(水)

○昨日の自転車の記録

1、Dst(走行距離)80.04㎞
2、Av(平均速度)20.1㎞
3、Mx(最高速度)43.0㎞
4、Odo(積算距離)980.2㎞
5、Tm(走行時間)3:58`49
6、C(ケイデンス)0

 明け方、締め切りの過ぎていた「関ブロ会報No3」(関東甲信越静地区造形教育連合)の原稿を今年から事務局の都中美の平野先生に送付した。(遅れてすみません。この会報は、関ブロの情報交換を目的に、ぼくと本間先生で企画し、代議員会の了承を得てはじめた。本間先生がよく原稿が集まらないと嘆いていた)。
すぐにサイクリングの行こうと思ったが、母親の「透析」の日で、9時に送り出すことになった。が、部屋に行くと、「匂い」にまみれており、シモの世話をした。人間は、老人になると、赤ん坊と同じになる。食や歩行、シモの世話、思考力の低下・・・・と、発達曲線は、上昇するわけではなく、くくっと折れ曲がり、最初の状態にもどるのであった。糞尿を自分で始末できなくなる状態は、よく考えてみると、自尊感情が砕かれる状態である。高まいな美やエロスや理想などを追求した人間も、やがては、糞尿まみれつつ生きることになる。そんな風になったとき、自分がどう生きていくかということも大きな問題であろう。

 さて、ありがたいことに、二日続けて自転車に乗らせてもらった。「荒川」の右岸を北上した。いつもと違う道を選んで走った。少し角度を変えると風景も異なって見える。
 荒川の土手に真っ赤な花が咲いており、よくみると「彼岸花」であった。かなり広域に分布していた。(昔、西武線高麗駅のそばの「巾着田(きんちゃくだ)」にいったことがあるが、そこも彼岸花で有名な場所である。)
以前に行った「泉福寺」の石塔は、彼岸花で取り囲まれ見事であった。川辺という「中間地帯」には、「彼岸花」のような生と死をつなぐ花が咲くのは、必然であろうか?
 さらに、泉福寺の先をいってみると今にも朽ち果てそうな建物が突然出現した。「旧陸軍桶川飛行学校」である。ボランティア団体が管理、運営しており、現在、文化財として登録を申請するところだそうだ。
 いつもいく「ホンダエアポート」は、戦後、ここの荒れ果てた飛行場をホンダが買収したらしい。ぼくが、入っていくとボランティアのおじいさんが近寄ってきて、熱心に説明をしてくれた。おじいさんは、この近隣に住む方で、「ぼくが小学生の時にこの飛行場があり、<赤とんぼ>(注)がいっぱい飛んでいました。」と懐かしそうに話してくれた。「戦後生まれの民主主義少年」のぼくに、ご本人いわく「元軍国少年」は、熱心にこの飛行学校のことを語るのであった。

(注)「九三式中間練習機赤とんぼ(きゅうさんしきちゅうかんれんしゅうき:K5Y、連合軍コードネームはWillow)は第二次世界大戦中の日本海軍の飛行機で、練習機である。日本軍の練習機は目立つようにオレンジ色に塗られたことから別名「赤とんぼ」と呼ばれていた。」(「ウィキペディア」より抜粋。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E4%B8%89%E5%BC%8F%E4%B8%AD%E9%96%93%E7%B7%B4%E7%BF%92%E6%A9%9F)

image013.jpgimage012.jpg

彼岸花(ひがんばな)の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。別の説には、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもある。上記の飢餓植物としての面から一考する価値はあると思われる。別名の曼珠沙華は、法華経などの仏典に由来する。また、"天上の花"という意味も持っており、相反するものがある(仏教の経典より)。仏教でいう曼珠沙華は「白くやわらかな花」であり、ヒガンバナの外観とは似ても似つかぬものである(近縁種ナツズイセンの花は白い)。(中略)異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、はっかけばばあと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われることもある。一方、欧米では園芸品種が多く開発されている。園芸品種には赤のほか白、黄色の花弁をもつものがある。日本での別名・方言は千以上が知られている[2]。また、韓国では彼岸花のことを「相思華」ともいう。これは彼岸花が花と葉が同時に出ることはないから「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味である。学名のLycoris(リコリス)とはギリシャ神話の女神、海の精:ネレイドの一人、Lycoriasの名前からとられたもの。(「ウィキペディア」より抜粋。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%BC%E5%B2%B8%E8%8A%B1)

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近くのホンダエアポートは、「戦前には陸軍が川田谷飛行場としてこの場所に飛行場を開設。熊谷陸軍飛行学校桶川分教場の演習施設として使用されていたが戦後には長らく荒れた状態で放置されていた。しかし1964年3月にホンダが買収してホンダエアポートとして整備。本田航空が1967年2月に航空機使用事業免許取得し、1975年11月にヘリコプターの運航開始するなど、事業を拡大するにしたがって多くの目的に供されるようになっていった。」(「ウィキペディア」より抜粋。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88)

「サイクリング、旧江戸川?おっと道をまちがった」・・・2009/9/22(火)

○昨日の自転車の記録

1、Dst(走行距離)80.26㎞
2、Av(平均速度)21.0㎞
3、Mx(最高速度)48.2㎞
4、Odo(積算距離)900.2㎞
5、Tm(走行時間)3:48`56
6、C(ケイデンス)0

 昨日は久しぶりに自転車に乗った。肌寒くなってきたのを感じる。自転車のウェアーが夏物なので、そろそろ調達しないといけない。ウィンドブレーカーを着て走るとしばらくして暑くなるし、長そでか、長そでのアンダーを着るといいかな。
image002-1.jpg葛西臨海公園。どんよりとした空と海が広がっている。 ベンチでたたずむひとは多い。 街の公園でもおじさんはよくたたずんでいます。 おじさんは、歳をとると「たたずむ」のです。 荒川をずっと海に向い「葛西臨海公園」で休憩。やや曇り空。天気によって人の気持ちは左右される。よい天気だと晴れやかな気分となる。
しばらく、ベンチでぼけっとする。このぼけっとが「いい」。どちらかというとぼくには、ひとりで、ぼけっとするために自転車がある感じだ。
 しばらくして、江戸川の方へまわってみた。はじめてである。江戸川は、河川敷がなく、堤防で川と民家が隔てられていて、川が近い感じである。それに、川よりも地面の方が低いようだ。
 屋形船や釣り船、モーターボートが岸辺に停泊していて、釣り人も多く、岸辺は、釣り竿が、ずーっとならんでいる。小さな工場なども建っており、隅田川などよりも、ずっと下町的な景観が続いていた。
 サイクリングロードは、よくない。狭いし、こちゃこちゃしている。よくみると「旧江戸川」と看板が立っていた。地図をもっていかなかったので、道を間違えたのであった。これは「江戸川サイクリングロード」ではなかった。「上一色」という場所で、道は行きどまった。結局、左に迂回し、「荒川」にもどるかたちで、帰路をとった。
 自転車に乗っていると、東京が、原地形的な「土地の高低」と荒川、江戸川、多摩川などの「水系」によって、成り立っているのがよくわかる。そんなことも時間があったら調べたくなりますね。
image004-1.jpg「きゅうえどがわ」の入口。向こうにディズニー・ランドが見える。 まだ、道をまちがえていると気づいていない。(笑) でも、よくあることです。あんまり気にしません。というか、そこには、そこの風情や景観があるから。 それをみるのも面白いです。image006-1.jpg「荒川」はでかい。急に晴れ間が出て、水面が光る。 江戸時代は、頻繁に輸送船が行き来したのでしょう。 「水系」は、「東京」の生活の原型をかたちづくったと思われます。

「矢野智司先生と作品研究会」・・・2009/9/21(月)

image003.jpg 昨日は、柴崎裕先生の企画で、矢野智司先生(京都大学教授)をゲストに、青柳小学校で「作品研究会」をおこなった。ぼくと柴崎裕先生、南育子先生、岡田京子先生、管谷千紘先生が、日頃指導した作品を持参し、それを資料に、指導の説明や問題点を述べ、意見を交換するものである。

 ぼくは「不寛容な時代の寛容な教育」というキャッチコピーで、先週行った1年生の「造形遊び」をモニターに映しながら説明した。時代の変化に伴って、教育や教師に対して「不寛容な時代」が到来している。それは、教育の成果や教師の指導能力を性急にもとめ、「評価」するような状況となり、「マニュアル化」や大人が思い描いたモデルに子どもを収束させようとする教育の性向を生みだしている。こうした中で、「図工」は、なにをなしえるのか?図工では「個々の子ども・個別性」「創造力」「身体性」「共同性」「強い活動への意欲の醸成」などを大切に、子どもの活動に対して、言わば「寛容」な場を用意している。
 1年生の造形遊び「せんろはつづくよ」は、教室全体を子どもの活動に開放するもので、「材料」「場」「操作(行為)」「イメージ」という視点から子どもがそこでなしたさまざまな出来事をひろいあげてみた。教師は、場や材料という活動へのきっかけを用意するだけで、子どもの活動を誘発するような教育のあり方を提示した。

 岡田先生は、6年生に「花」をテーマにあとはほとんど規制せずに、材料や技法、自分のイメージを展開する事例を持参した。そこには、実に多様な自分の内面を表現する6年生の子どもたちがいた。「作品のことば」も添えられており、深く内省的に活動する子どもの様子がみてとれた。これまでの岡田先生の子どもへ設定した活動の積み重ねと子どもに寄り添う岡田先生の姿勢が、かいま間みれた。高学年の指導は、図工の難しい課題なのだが、そこに果敢に挑む岡田先生がいた。

 南先生は、中学年の「ひまわり」などの実践を持ってきた。南先生の学校は、外国籍の子どもが多数在籍するなどの特色があり、そのなかで、ともに学校で生活し、遊びながら、それを図工の活動に援用するようなアプローチがみられた。「ひまわり」は、学級園で栽培(最終的にみんなで種を食べるのが目的)しながら、その時々の様子をスケッチし、画用紙を縦長に、伸ばしていくというもので、一見、完結した作品なのだが、そこには、そのときどきの子どもの時間が織り込まれているのであった。南先生の、子どもたちの生活に寄り添いながら、題材を用意し、提示する姿勢があった。幸福感のようなものが漂っていた。

image004.jpg 管谷先生の実践は、若い先生らしく、たいへんストレートでエネルギッシュであった。大量の絵の具を準備し、「桜」や「ことばのヒントをもとに想像した情景」(アンリ・ルソーの絵をもとにして)を描くものだが、子どもが、絵の具と身体的に十分戯れながら、自分のイメージをつくりあげようとする子どもの姿がみてとれた。(記録をしながらの活動であわただしかったと思うが、とてもありがたい!)

 柴崎先生は、「水」を材料にした高学年の造形遊びの事例などを持ってきた。造形遊びというとすぐ低学年を思い浮かべるが、ここでは、盛んに、活動する子どもの姿がみられ、また、子どもによっても活動の内容に傾向の差異がみられることがわかった。そして、それぞれの活動を子ども自身が「写真」に撮ることによる活動への意味付ける姿をみることができた。また、柴崎先生の個別の子どもへの指導の丁寧さや大きな紙に写真をコピーして、作品化しながら子どもの活動を明示化する姿勢など、きめ細やかさが感じられるものであった。

 以上のような各先生からの発表があり、矢野先生のお話をいただいた。かなり、ざっくばらんな各先生の発表だったので、矢野先生も戸惑ったであろうが、わざわざ多忙なかを、「図工室」まで、足を延ばしていただき、「図工」にふれていただいたことは、ぼくたちにとって、たいへん貴重なものであった。
 詳しい記録は、管谷先生の報告に任せるが、ぼくにとって印象的だったお話は次のものである。

○「人間は、メディアをとおして、世界をひらいていく」。

 子どもは、「描く」ことで、自分を知り、世界を知る。例えば、線を引きながら子どもは考え、その中で修正しながら活動し、世界を開いていく。そして、それは、さまざまな多様な材料(メディア)によっても異なってくる。「段ボール」や「ガムテープ」は、私の子ども時代にはなかったものだが、「段ボール」と「ガムテープ」によって開かれていく世界というものがある。また、横長の画用紙のキリンの絵があったが、これなども「横長の画用紙」が「キリン」を生みだしている。「写真」なども「切り取る」喜びのなかで、世界を構築しているのである。

○「制限の仕方は一律ではない」。

 子どもはなにもないと活動できない。そこには暗示や制限の付け方が必要である。それによって子どもの活動の方向性が与えられる。子どもをよく知る教師は、それを踏まえながら、条件、環境を設定する。けれども、制限の仕方は一律ではない。子どもは、活動をとおして、例えば、より美しいものやよいものへ向かう方向性をもつ(たんに有用ということではない)が、こうしたものに向かわせるための制限、方向付けを、子どもをよく知る教師が設定する。

○「人間の中心的な課題が空洞化している。<有用性>をもとめない教育のあり方」。

 今日「教育」においては、「役立つ」ことや「有用である」ことがもとめられすぎている。例えば、「遊び」においても、それは、「人間関係の構築」や「ルールを学ぶ」ためといった文脈に位置づけられ、語られてしまう。が、「遊び」は遊び自体が、意味があるものだ。このように教育において、すべてが「有用性」よってはかられてしまう傾向は、教育における、人間の中心的な課題が空洞化していることを示している。「図工も」こうした「有用性」という文脈でとらえない方がその「本質」を見失わないのではないか?「有用性」をとりはらったところで、深い生の充溢(じゅういつ)感を味わうことが大切だ。

 以上のようなことがぼくにはたいへん気になった。ぼくが先に述べた「不寛容な時代の寛容な教育」と矢野先生が述べた「有用性」ではない教育のあり方は、どこかリンクしていると感じたのであった。
 柴崎先生の尽力で今回の小さな研究会が、実現したが、今後も矢野先生のような碩学(せきがく)が、図工や子どもに目をむけていただくことで、ぼくたちの図工も方向性を示唆していただけると思う。ほんとうにお忙しいなか時間をさいていただき、ありがとうございました。ぼくたちにとってたいへんいい時間となりました。

image013.jpg ということで、時間をオーバーしてしまったが、午後は、六本木の「森美術館」にみんなで出向き、中国のマッチョな現代作家、「アイ・ウェイウェイ」の作品を鑑賞した。(学芸員の酒井さんありがとうございました)。
 はじめてみた作家であったが、ぼくの印象では、簡単にいうと「ミニマルアート」「プライマリーストラクチュアー」に「中国の社会」をぶち込んで、表現した世界であった。
image008.jpg「自転車」を接続した作品。そう言えば、中国は自転車が多いですよね。 ここは「写真」OKなのがいいです。 ウェイウェイのコンセプトは、現代の中国社会と強烈に結びついています。

「夏目房之介著『マンガはなぜ面白いのか』日本放送出版協会、1997」・・・2009/9/20(日)

image002-1.jpg マンガは、小学生の時から高校生くらいまでよく読んだ。貸し本屋で『刑事(デカ)』やいろいろな単行本、月刊本などをよく借りてきた。永島慎二の「漫画家残酷物語」なども載っていた。また『COM』や『ガロ』などもあり、一般誌とは異なる世界があることを知った。小学生の時は、完全にマンガ少年で、小説や文学的な読み物には縁遠かった。
 夏目房之介さんの本書の逸話によると団塊の世代以降のひとは、ふつうにマンガを読むことにたいして困難を覚えないが、それより上の世代は、マンガを読むことができないという人がいて、本書をみてはじめて読めるようになったというものがある。
 それは簡単にいうと、マンガの「コード」がわからないからである。マンガは「コマ」の連続と「絵」と「セリフ(ことば)」や「オノマトペエ」などの諸要素が組み合わされ、機能しそこに意味や物語を表現する媒体である。こうしたもののきまりや働き(コード)が理解されていないとそこに表現されているものが読み取れないのであった。英語は何となくわかっても、スワヒリ語やフィンランド語などとなるとまったくわからないのは、そこに学習や文化的な影響の有無があるからである。
 団塊の世代以上のひとにとっては、今日のように「マンガ」という表現媒体は、一般的ではなかったのである。「ことば」と同じように「視覚(イメージ)」にも同じように「コード」があり、それは学習によって可能になる。視覚は、普遍的で客観的にみえてしまうので、誰もが、理解できるもののように思われるが、そこには、文化的な枠組みがあり、その仕組みによって意味が生成される。
 夏目さんの「マンガの仕組み」を分析したこの本を読むとなるほどと、うなづく。
 小学生の時、あるいは中学生の時、この本を読んでいれば、マンガ少年だったぼくは、マンガ家になれたかもしれない。


○昨日の自転車の記録
1、Dst(走行距離)45.93㎞
2、Av(平均速度)19.4㎞
3、Mx(最高速度)53.9㎞
4、Odo(積算距離)819.9㎞
5、Tm(走行時間)2:22`03
6、C(ケイデンス)0

「『基礎学力を問う〜21世紀日本の教育への展望〜』東京大学学校教育高度化センター編、2009年」・・・2009/9/19(土)

image002.jpg 連休に入った。土・日と仕事が入ったが、あとは少し読書でもしたいものだ。
 『基礎学力を問う〜21世紀日本の教育への展望〜』は、東大の教育学の先生方が編集した本。「学力」問題は、今日のあわただしい「教育改革」の起因の源にあるものだが、この間、都図研の鑑賞研究会で、講評していただいた秋田喜代美先生の言(「エピローグ」)によると、「教育学」は、こうした現状にあって独自な、本質的な問題として取り上げてこなかったと述べている。
編者の「東京大学学校教育高度化センター」(2007年に改組。2002年〜では、「基礎学力開発センター」)は、こうした問題に対処するため発足された機関である。
 日本では、明治時代以降の近代化の過程で、学校教育は、中産階級の生活拡大のために、「選抜」や「競争」というシステムを構築してきたが、80年代頃から、こうした近代的メカニズムが脆弱化し、今日の「学力パニック」の時代を迎えている。また、世界的にも、20世紀的な「モノの時代」から、21世紀の「知の時代」(知識基盤社会)へのパラダイムシフトが起きている。
 現状の「学力」の混乱と教育施策の混乱は、こうした日本的なメカニズムの発展とグローバルな教育問題が輻輳して現われでたものである。そして、それは、あるモデルからあるモデルへと切り替えることができるものではないという。こうした視点に立って7つの章が論述される。

○プロローグ 金子元久
1、佐藤学、「学力問題の構図と基礎学力の概念」
2、金子元久「近代の学力象とその社会的基底」
3、恒吉僚子「グローバル化社会における学力観」
4、苅谷剛彦「学力調査と格差問題の時代変化」
5、小川正人「学力政策を支える教師の労働実態と課題」
6、市川伸一「学力概念と指導・評価」
7、秋田喜代美「質の時代における学力形成」
○エピローグ「学力問題への問い」秋田喜代美

 「学力」という視点から、概念、歴史、グローバリズム、学力テスト、格差問題、教師の労働実態、指導・評価、授業、学力の質・・・・etcという今日の教育現場に現象するさまざまなキーワードが立ち上がる。
 本書を読むことで、普段、教室で漠然と感じている「なぞ」や「問題」が少しは、ハッキリと輪郭を描くかもしれない。

「1年生のくれた朝顔が咲いた!」・・・2009/9/18(金)

image002.jpg 一学期、1年生が小さな朝顔をくれた。図工準備室に置いておいたが、夏休みに枯れてしまったと思った。が、水をやると息を吹き返した。そして、昨日の朝、花が咲いていた。なんだかとてもうれしい。
 そして、夕方には、すっかりしぼんでしまった。さすが「朝顔」だ。当り前のことだが、無精者のぼくのようなところに来て、よく花を咲かせましたね。見事な一輪です。

「BT美術手帖:雨宮玄先生実践<すけてるお絵かき>」・・・2009/9/17(木)

image004-1.jpg 「美術手帖(BT)、10月号」に雨宮玄先生の「すけてるお絵かき」という実践が掲載されている。雨宮先生は、研究局の中堅。次代の都図研を担っていく人材だ。透明なビニルの壁を設置し、その透過する場や空間の中で、子どもが「像」を紡ぎだしていくという実践である。そこには、「ものが見えること。ものを描くこと。」が、交差しながら、活動がすすんでいく。子どもは、こうした場に、遭遇し、いわゆる世で語られる定形的な「お絵かき」ではない、ほんとうの自分自身の「お絵かき」に向き合うことになる。子ども性に限りなく接近しようとする雨宮先生ならではのアプローチから生まれたもので、単なる方法論をまねてはいけない。

image003-1.jpg 今月のBTは「アーティストになる基礎知識」というもの。そう言えば、かつて都図研は、「アーティストくずれ」のたまり場でもあった(それが図工に遅滞をまねいたかもしれない?ことはおおいにあり得る)。もちろん、アートをやったり、好きだったりすることは、図工教師の必要条件だし、当り前のことではあるが、貴方の、アートを志向する能力自体と子どもを、ぜひ結びつけていただきたいものだ。
そこには「図工」というものがあり、その世界は深淵であるから。「職業としてのアーティスト」をめざすなら、BTを読んで、その道にすすんだほうが、いいいかもしれません。

「都図研研究授業公開授業:図工の系譜学」・・・2009/9/16(水)

image003.jpg 昨日は、品川の平塚小学校で、研究局の公開授業がおこなわれた。授業者は、宮内愛先生。詳細は、研究局の報告に譲るが、お花紙などのいろいろな材料にのりをつけて、「まるめて」、てのひらに収まる大きさになったら、「ほぐる」(ほじるの造語)つまり、ほじって中をみる、というもの。たいへんシンプルではあるが、実に子どもの多様な姿が顕在化していてみていて飽きないものであった。
 研究協議会の講師は、中村隆介先生。中村先生は、研究局長の二代目。初代は、内野務先生。こうしてみていると、ぼくのようなおじさんには、「石井弘→内野務→中村隆介→宮内愛」と連綿とつながっている「図工の系譜」というものを感じることができる。それは、ひとことで言うと「子どものなかに面白いものがある」という思想かもしれない。子どもの中にあることばでは説明できないような可能性や価値を、そこimage004.jpgに見出し、引き出そうとする姿勢と言い換えてもいいかえてよいだろう。
 「子ども一人ひとりが自分の周りの世界にある情報と関わり、選択し、組み合わせ、関係を発見し続け、自分にとっての価値や意味をつくり続ける力=編集力をもつことが、大変重要である。」(『子ども主義宣言』東京都図画工作研究会著、三晃書房、2007。P196)とは、中村先生のことばであるが、さらに、昨日の講評のなかでも中村先生が強く指摘していたように根源的には「身体」が、媒介となって、外部世界と交換し、子どもは、自分と自分ならざるもの関係をつくりあげ、おのれを見いだしていく存在である。
 こうした図工への視点は、都図研として失ってはならない視点である。

「民族学としての岡本太郎。『岡本太郎の見た日本』赤坂憲雄著、岩波書店」・・・2009/9/15(火)

image002.jpg 「芸術は爆破だ!」とは太郎の有名なセリフだが、太郎のこうした道化的な側面ではなく、太郎という存在の深層にある文化人類学や民俗学的な視点、思想を深く掘り下げ、明るみに出した快著である。
 パリ大学で、マルセル・モースの講義を受け、ジョルジュ・バタイユ、クロソウスキー、カイヨワ、ミッシェル・レリスら、1930年代の知の先端にある思想群と触れ合い、形成された太郎のグローバルなまなざし。そこには、芸術家、太郎の核心を形成するまなざしがあった。
 1940年帰国。そこにある「日本」は、近代化の果ての既成概念に満ちた日本であった。太郎は、東北へ、沖縄へ、韓国へと、民俗学的なフィールドワークを広げていく。
 「縄文文化」の太郎の発見・着目は有名だが、その原初的な人間が持つ生命力への共感は、太郎芸術の根幹にある。著者の赤坂憲雄は、「東北学」で著名な民俗学の賢学。
 エキセントリックな太郎像を抜けて、日本文化とは何かをさぐる太郎のまなざしが発見できる。太郎死後、太郎のこうした再発見を仕掛けたのは、「岡本敏子」さん。岡本敏子さんは、実は、いまこどもの城で開催されている「図工だいすき子ども美術展」がストライプ美術館で開催されていたころ、シンポジウムに参加されて、ご発言いただいた。太郎そっくりの存在があった。著者の赤坂さんも、敏子によって、この分厚い本書を一挙に書きあげたという。敏子さんもメキシコでの「明日の神話」発見後、ご逝去された。
 現在の芯のない日本の文化・政治状況の中で、一読する価値はありますよ。

「青山、岡本太郎美術館あんどキヨシロー展」・・・2009/9/14(月)

 昨日は、自転車に久しぶり乗った。どこへいこうかと考えたが、「こどもの城」によってみようかと思い、青山方面に出向いた。時間が早かったので、岡本太郎の美術館に行った。ここは、太郎のアトリエだった場所だ。自転車で行ったので受付に行くと「裏口に止めてもいいですよ」とこころよくOKが出た。裏の門扉も太郎のデザインであった。
 ここは太郎の生前のアトリエそのままが展示してあり実作の臨場感がある。庭も応接間もすべて「太郎的世界」である。日本の芸術家の中では、やはり太郎は群を抜いた個性的な存在であることを感じる。けれども、太郎は、たんに変奇な作家ではなく、文化人類学的、民俗学的な視点をもった作家であった。
 まだ読んでいなかった『沖縄文化論』岡本太郎著、中公叢書、2002初版。『岡本太郎の見た日本』(赤坂憲雄著、岩波書店、2007)を購入した。
 そらから、「こどもの城」にいってみるとちょうど有福さんたちが作業をしていた。しかし、なんと、展覧会は、火曜日からであった。なんというボケだろう!!
 けれども、有福さんのはからいで「造形スタジオ」にぼくの自転車を預かってもらい、ラフォーレまで「忌野清志郎」の展覧会をみにいけることになった。ありがたや!
 ということで、原宿を真っ赤な自転車着で散歩しながら会場まで出向いた。・・・きっと周囲からは浮き出ていたかもしれない。
 ところで清志郎の作品は、身体感覚の強い表現で、テクスチューアー(材質感)に執着しているところが興味深かった。また内面に向かうようなまなざしもそこにあって、表現主義とポップアートをミックスした感じの作風であった。また、展覧会自体は、さすが芸能の民だけあって普通の美術展とはまた異なった雰囲気で、多くの清志郎フアンがつめかけていた。
 ビデオの部屋が設けてあって皆さん熱心にみていたが、ぼくもそこでしばらくみていたが、まだ彼は、生きているような錯覚にとらわれた。
 今週は、火曜日に、品川の平塚小学校で、宮内愛さんの公開授業がある。彼女は、若手だが、なんかすごいところがあるので、おもしろい授業になりそうです。皆さんもご参観を。講師は中村隆介先生。

1、Dst(走行距離)40.96㎞
2、Av(平均速度)20.1㎞
3、Mx(最高速度)51.9㎞
4、Odo(積算距離)733.0㎞
5、Tm(走行時間)2:02`18
6、C(ケイデンス)0
image011.jpg美術館の裏門。門扉も太郎のデザインであった。image012.jpg庭も太郎の作品で埋め尽くされている。 ヤシの木?もお似合いである。image013.jpgアトリエ。太郎はここで制作していたんだな。 床には絵の具がしたたっている。 大きな刷毛も印象的です。image016.pngラフォーレの前に人だかり。長い列がずっと続いていたのでやばいとい思ったが、 違うお店の行列だった。 入口には、横尾忠則制作のポスターが貼ってある。image017.jpg表参道の「ルイ・ヴィトン」の店のデザインは、アートでした。 洗練されていて、華やかです。誰がデザインしたんでしょうか?

「図工だいすきこども美術展 秋展!搬入」・・・2009/9/13(日)

 昨日は、青山のこどもの城で「秋展」の搬入作業があった。確かこの展覧会は12回目をむかえるから、かれこれ10年以上に渡って続いているイベントである。図工の時間が削減となり。危機意識をもった鈴石先生と仲間たちが自腹ではじめた会である。
 いまのメンバーはかなり若返った。ベテランは、退職したり、「冬展」(CCAAで冬に開催される)の方に回ったりするなどして、運営も変化してきている。途中から、「こどもの城」との共催になったり、東京児童幼画堂からCCAAに主催が変わったりするなどした。けれども、図工のよさを世間に訴えるという初志は受け継がれていると思う。また、一緒に作業をするなかで、個々の先生が学ぶものも多いのではないだろうか。
 一回性のイベントではなく、粘り強く、こうした展覧会を継続していくことも、そのたいへんさは痛感するが、ものすごい価値があることだ。
 図工教師になったばかりの先生方、ぜひ、一度ご覧になってください。あなたと同世代の先生方が、がんばって活動しています。
image002.jpg若手のメンバーで相談しながらの搬入作業。image004.jpg「子どもの城」の有福さん。展覧会ではお世話になりっぱなしです。 図工教育を強力に応援してくれています。

「都図研城北大会運営委員会」・・・2009/9/12(土)

image002.jpg 昨日は、成増小学校で城北大会の運営委員会があった。各区より50名ほどの委員の皆さんが集まり、会議をおこなった。大会まで約80日に迫ってきた。これから、いろいろな具体的な事項があがってくると思われるが、調整を密にして協力して運営していきたい。
 昨日も、それぞれの部局の先生方が熱心に協議し、内容をつめていた。そんななか、「全体会」での「指導講評」が、文部科学省の奥村高明先生のスケジュールの都合で、まだ確定していなかったのだが、その場で、メールを送ってお願いしたところ、こころよく「了承」の返事がきた。ちょうど各部局の報告をしていたので、これが決まると皆さんから拍手が起きた。
 思えば、城北地区は、規模的にみても都図研の最強の地区ではないだろうか?(また、歴代会長も、鈴石先生、故小山先生、故山中先生、故森内先生、そして、ぼくと、多くの会長を輩出している地域でもある。)こうした熱心な様子をみていると、今回の都図研城北大会もすばらしい大会になると確信した。都図研の会員のみならず、関東、全国の先生方もぜひご参観していただきたいと思う。見て「損」はない大会である。
 今日は「こどもの城」で、「図工だいすきこども美術展・秋展」の搬入がある。こちらも時間がある方はご鑑賞いただければと思う。以下、「秋展」の概要。

◆「2009図工だいすきこども美術展 秋展!」

・会期
2009年 9月15日(火)〜10月12日(月)
※9月24日・28日・10月5日は休館
・会場
こどもの城 アトリウムギャラリー
・料金
入場無料
・テーマ
イメージの生まれる瞬間(とき) 自分と出会う図工室

・フォーラム

日時
10月2日(金)18:30〜20:30
会場
こどもの城会議室(11階)
講師
鯨岡 峻 氏 中京大学心理学部教授
演題
「表現させる」から「表現を味わう」へ 〜子どもを表現する主体として捉えるために〜
参加費
1000円
申し込み
9月30日(水)までに、CCAA(NPO市民の芸術活動推進委員会)FAX(03-33554-2708)にお申し込みください。

・ギャラリートーク

日時
10月3日(土)11:00〜12:00
会場
こどもの城アトリウムギャラリー
講師
奥村 高明 氏 文部科学省教科調査官
演題
ギャラリートークのポイント
参加費
無料
申し込み
9月30日(水)までに、CCAA(NPO市民の芸術活動推進委員会)FAX(03-33554-2708)にお申し込みください。

・指導者によるギャラリートーク

日時
会期中の毎週土曜日、随時申し込みは不要です。
ワークショップ
9月20日・21日・22日・23日・27日
10月4日・11日・12日
申し込みは不要です。

「1年生は奇々カイカイ」・・・2009/9/11(金)

 ふつう、授業をするとき、「~こうすれば、~こうなる」というようなイメージをもってのぞむ。だいたい教材研究や都図研大会の研究などでも、参観者は、「こういう材料で、こういうやり方でやると、こうした作品ができあがる」というようなものの見方でみている人が多いのではないだろうか。
昨日1年生の授業で、理事会の研究発表会でみた田中明美先生の「ぐるぐるなかよし」という題材(あれは何年生だったのだろうか)をヒントに授業を試みてみた。が、結果は、想像していた子どもの反応とは大きく異なっていた。
 クレヨンでぐるぐると大きな塊を描き、そのマッスをきっかけに、手をつなぐかたちへと展開していくのだが、子どもは、ぼくがかってに思い描いているような単一の集合体ではなく、導入の話や方法に対して、個々の子どもたちの受けとめ方やそこからの発想の仕方が、てんで、バラバラなのであった。あらためて、ぼくは個々の子どもというものに出会ったのであった。
だから、牧歌的ななかよしのイメージの作品もあったのだが、(ぼくはこのようなイメージを暗に期待してしまっていたのだが・・・)もっと全然ちがったものがたくさんでてきたので驚いた次第である。
 また、1年生の子どもは、描くとき、そこに自分のイメージの必然性のようなものがあり、描いているようである。ある子どもは、ぐるぐるからはじまったなかよしのイメージから離れて、いつの間にか、りんごのき(赤)、めろんのき(きみどり)などを描いていた。またある子は、怪獣の戦い(これはなかよしの変形か)となり、またある子は、歌をもとにイメージを展開しているのであった。
それは、子どもは、そこでは、自分の側にイメージをひきつけながら、絵を描くという低学年の典型的な姿でもあるのだが、それは教師の「こんな絵をかかせようかな」などというあさましい欲望を破壊してしまうのであった。

「文京区図工研究会・東京都写真美術館」・・・2009/9/10(木)

image003.jpgimage004.jpg

 昨日は、区小研で「東京都写真美術館」の研修に出かけた。美術館でのワークショップを紹介してもらったり、現在、開催されている三つの写真展を鑑賞したりして、たいへん勉強になった。近頃は、「写真」をARTのメディアとしてしっかり根付いており、絵や工作ばかりが、図工や美術の領域ではなくなっている。けれども、子どもの表現活動と写真というメディアの関係は、まだまだ可能性が開拓・研究されているとはいいがたい状況でもある。
現代社会で「映像・イメージ」の問題は避けては通れない問題である。というか、すでに生活そのものが映像で成り立っているのだから、それに関する教育は、必然であるだろう。ということで、「写真」は、今後の図工教育の課題だ。

image006.jpg森山大道≪犬の道≫1971年。 こんな犬は、どこにもいない。ここにだけいる犬だ。 森山は、ありもしないものを映し出してしまったのだ。 さて、急ぎ足で、写真展をはしごしたのだが、ぼくには「写真」のそこはかとない「寂しい存在性」を感じたのであった。それは、現実の時間や空間の多層性から、移りゆくものをスライスして提示したものだからだろうか?もちろん、そこには作者の見方も投影されているが。
ぼくたちは19世紀に写真が発明されるまで、もっとちがったリアルを生きていたのではないか?そして写真は、日頃、現実を写すものだとぼくたちは思っているが、現実の単なる記録ではなく、新たな現実を創造したのではないだろうか・・・・こんな断片的なことを考えながら、ショップに行った。
ショップでカタログを買っていると「森山大道」のあの「犬の写真」のハガキがあった。思わず買ってしまった。こりゃ、すごいしろもんだ!

「都図研理事研究会」・・・2009/9/9(水)

image002.jpg 昨日は、目黒区五本木小学校で(鈴木副会長)で、都図研の理事研究会があり、約60名の参加者があり熱心に、研究発表、事務連絡等をおこなった。
 研究局、研修局、広報局、事務局、事業局、特別委員会、選挙管理委員会立ち上げ、西多摩ブロック、城北ブロックなどからの活動報告があった。
二学期は、研究局公開授業、研修局研修Ⅱ、全造・関ブロ千葉大会、城北大会、城南大会、12月理事研究会(役員選挙)などが計画されている。また、「組織検討委員会」では、今後の都図研の組織を検討していくための「アンケート(実態調査)」を配布した、各地区の理事・部長にはお手数をおかけするがよろしくお願したい。
 また、その他、新学習指導要領の「評価(指導要録)」の情報交換や「都展」の来年度の情報などもおこなわれ、盛りだくさんの内容であった。
 反省会は、約10名ほどで、すっかり都図研も飲み会に参加する方が少なくなってきた。これも時代の変化だろうか?はたまた、衰退のきざしであろうか?
飲み会では、音楽通の本間先生、福岡先生を中心にマニアックな「音楽おじさんの会」と化した。ほんま、「おじさんマニア」はいろんなこと知っていますな~。このところ楽器をひけるひとが判明しつつあり「都図研ブルースバンド」が、実現可能な状態になりつつある。
鈴木副会長も「バイオリニスト」であった。池田仁美先生は「ベーシスト」。麻先生は「チェロ」。曽根先生は、「アコーディオン」。柴崎先生は「ギター」。おっと、「ドラマー」がいないな。もしかして、大会の余興で演奏したりして・・・・。(笑)
 二次会は、加藤幸子事務局長と濱方克彦全小図連事務局長と三人で渋谷の居酒屋に行った。ぼくは早起きで、下戸なので、あまり二次会にはいかないが、案の定、副都心線で寝過し「小竹向原」までいってしまった。すぐTAXにのれたので、よかった~。

「尼造形・二学期の活動開始」・・・2009/9/8(火)

○横内先生の情報によると、「尼造形」というのがあって、そこは「図工専科」がいて、今度、都図研城北大会を参観してくれるそうだ。恐らく、「尼造形」というのは、兵庫県の「尼崎市造形教育研究会」の略だが、総勢44名で、専科は35名いるそうである。都図研と何か研究交流できたらいいと思う。今後、企画を練っていきたいと思う。
また、長野県との研究交流会も今年で4回を迎えるが、研究会同士の組織的な交流が実施できれば、図工教育を底辺で支える組織力の向上が図れるのではないだろうか。その他、金沢市や神戸市にも図工専科がいるらしいので、そうした地域とも連携を図りたいものだ。

○本日は、「理事研究会」。今週は「城北大会運営委員会」(成増小学校)がある。城北大会は12月開催をめざしていよいよ具体的な活動に入っていく。また、二学期は、「城南大会実行委員会」も立ち上げで、来年の大会を目指して本格的な活動に入る。また、9月には「研究局の公開授業」と「研修局の研修Ⅱ」が行われる。11月には、千葉で、全造連と関ブロの千葉大会が開催される。
それぞれの各地区や都図研の各部局で、二学期の活動が本格化し、準備に動き出している。関係の先生方、いろいろお忙しいと思いますが、よろしくお願いします。また、一般参加の方もぜひとも時間を工面して、ご参加いただき、自己研修を図ると共に、図工の活動を盛り上げていただきたいと思います。

「老人問題・連続してサイクリング」・・・2009/9/7(月)

 昨日は、5時過ぎにサイクリングの用意を2階でしていると、1階から母親が呼ぶ声がしたので、いってみると、トイレで仰向けに転んだまま起き上がれないでいた。30分以上、その姿勢でいたようで、二階がそろそろ起きたらしいので、声を出したらしい。よたよたとは歩けるが、足腰が弱って、自分で起き上がったりするのがなかなか困難な状態である。しかし、老人を抱きかかえて、動かすのは、やっかいで、力がいる。見た目軽そうだが、老人にもそれなりの質量というものがある。けっこう重いのだ。こりゃ、寝たきりになったらかなりたいへんですな。サポートの貧弱な日本は「介護」を苦にしての心中や殺人、自殺がたいへん多い国である。今後ますます老人問題は大きくなっていくであろうことを実感します。
 さて、サイクリングであるが、今日は、荒川サイクリングロードを「海」方面へ出かけた。風が強いとなかなか進まない。

  1. Dst(走行距離)56.65㎞
  2. Av(平均速度)20.8㎞
  3. Mx(最高速度)52.2㎞
  4. Odo(積算距離)733.0㎞
  5. Tm(走行時間)2:43`02
  6. C(ケイデンス)0

明日は、二学期最初の「都図研理事研究会」がある。
image007.jpg久しぶりの「岩淵水門」。ここは自転車乗りのたまり場で、待ち合わせなどによく使われている。 ぼくは孤独な自転車乗りなのでいつも一人だ(な、いまんとこは)。image008.jpg荒川サイクリングロード右岸の突き当たり。風が強く波がある。朝日が、波にきらきら光る。 休憩していると、70歳くらいのおじいちゃんが話しかけてきた。このあたりに住んでいて、ママチャリで朝の散歩に来たらしい。べらべらとず~っと自転車のことやつりのことなど、話していた。ぼくは、うなずくだけだったが・・・別れ際、たいそううれしそうな顔をして見送ってくれたのが印象的だった。(あんなうれしそうだとこっちが恐縮します)image009.jpg清掃工場らしき建物のきりっとした煙突。秋空にすくっと立っている。印象的です。なぜだろう? 垂直は「崇高」を表わすからか?垂直は、天と地をつなぎ合わせ、水平は、身近な生活(日常性)を示している。「詩」はこの「垂直性」と「水平性」の交わったところに生じる・・・なんて誰か言ってたっけ?

「一週間ぶりのサイクリング:風景と画家」・・・2009/9/6(日)

 先週は、学期の始まりと都図研の仕事などで、ぜんぜん自転車に乗らなかった。
自転車の乗っていると結構食べても体重が一定なので、このところ、少し食べる量が増えてきていたのだが、自転車に乗らないと、食べるだけなので、体重がどんどん増加していってしまう。よって、体重・健康の維持のためには自転車に乗らなければならない!この奇妙な「悪循環?」に陥って自転車に乗らないわけにはいかなくなっていくのであった。
母親を「透析」に送り出したので、早く出られず、いつもの「ホンダエアポート」と「榎本牧場」あたりをうろつくことにした。しかし、田舎道はすっかり夏から秋へとシフトしていくのが体感できた。

  1. Dst(走行距離)76.99㎞
  2. Av(平均速度)20.8㎞
  3. Mx(最高速度)45.3㎞
  4. Odo(積算距離)676.4㎞
  5. Tm(走行時間)3:41`53
  6. C(ケイデンス)0

image002-2.jpg田んぼの稲が刈り取られて、秋の風景へと変化している。
テクスチュアーの変化が眼前に広がり、広がりのある空間を生み出している。
ぼくは田んぼの「ひし形」をみると、いつも山口薫の絵を思い出す。
さらに、佐川晃司さん(京都精華大学)の絵の「ひし形」も思い出してしまう。
ひし形の原型は、日本の田園風景のかたちなのかもしれない。
そこには数千年の生活のかたちの記憶が宿っているかもしれない。
image003.jpg山口薫 ≪ある春の唄≫1966年image005.jpg佐川晃司 ≪半面性の樹塊No.45≫ 2001

image008.jpgimage009.jpg
榎本牧場でこんどは「ミルク」を食べた。濃厚でうまい。
上尾市あたりにこんな牧歌的なところがある。
自転車で来ると2時間だから近いですね。
image011.jpgimage013.jpg金山平三の卒業制作のひとつ。《秋の庭》 1909年 油彩・布

豚くんは、まったりと全然動かない。
確か、金山平三(1883~1964)のこれとおんなじ絵が、大川美術館にあったような気がする。
「金山平三」という絵描きを知ったのは、「小磯良平」の記事を読んでいて卒業制作が確か95点で、首席で芸大を卒業したとかなんとかで、歴代で、それよりも高得点出会ったのは「金山平三」の98点ひとりというエピソードから。十代で浪人だった私は、「98点の絵ってどんなんだ?」と思い、金山の名を変な形で覚えてしまった。

「都造協あんど清志郎展覧会」・・・2009/9/5(土)

○都造協

昨日は、18:30から、「東京都造形教育協議会」があり、11月の全造・関ブロ千葉大会の係分担や学校種別の情報交換などをおこなった。この会は、東京都の学校種が集まり、造形美術教育の連携を図る会である。昨日は、都図研、都中美、都高美、大学など、先生方が集まった。この会は、実は、「全国造形教育連盟」と「関東甲信越造形教育連合」の本部を組織・運営をする際に大きな働きをもつ機関で、都図研は、ここでも大きな下支えをしてきた。というか、実質を担ってきたし、担わざるを得ない状況にある。・・・・けれども、この組織の構造は、あいまいで、正式な組織として参加は、小学校と中学校のみで、他の学校種は、機関参加がされておらず、曖昧ではあるが、協力関係はもつ、というような関係性でできあがっている。造形美術教育のこうした組織的な構造の弱さは、今日の造形美術教育の衰退と連動しているように思える。造形美術教育の地域的な団体や学校種の団体、また、個々の先生方は、いまだ、ばらばらな状態で存在していると言えよう。それらに「細い糸」をとうして、かろうじて、つなぎ合わせながら活動しているのが現状であろう。数年後、さらに、造形美術教育は、衰退すると予想されるが、衰退を目の前にして、トピック的にではなく、個々の現場が連携できるような組織を築くことは可能であろうか?

○清志郎展覧会

 大学の代表は、聖心女子大学の水島先生で、最近、開口一番話題で出るのは、「清志郎」の話である。昨日も、今行われている清志郎の展覧会の話が出た。ぼくはなんだか混んでいそうなのでまだいっていないが、なかなかいい展覧会だったようだ。
image002.jpg 実は、水島先生は、清志郎のファンでかなりマニアックに本を読んだりしている。「水島説」によると、咽頭癌に発症に際して、清志朗は、患部を切除してしまうことも選択としてあったというものである。それは、ロック歌手としてではなく、絵本や他の制作で生きるということを意味している。が、結局は、清志郎は、ロック歌手を全うすることになる。このあたりは、生き方の問題であるが、ぼくは、彼は「まっとうした」と考えている。
 水島先生が、これだけ傾倒しているなら、ぼくは「美育文化」などで、「清志郎」をキーワードに、「民衆のアートとしての図工・ロック」というような観点から、図工教育を語る場を特集できるのではないかなと思うのであった。穴澤さんいかがでしょう~!!
ぼくは、清志郎は、戦後に生きた「はなたれ少年」の思いを体現する詩人であったような気がしているのであるが・・・特権階級の高級文化ではない、新しい位相を切り開いた人物として位置付けられないだろうか?(でもファンはあまり分析してはいけないかもしれませんね。白けるから)

●会期
2009年8月22日(土)~9月13日(日)
●会場
ラフォーレミュージアム原宿(ラフォーレ原宿6階)
●入場料
一般:700円 学生:500円
●会期
2009年9月18日(金)~10月12日(月・祝)
●会場
パルコギャラリー(名古屋パルコ 西館8階)
●入場料
一般:500円 学生:400円



この清志郎のドラムは、なかなか「表現主義的」でいけてる。

「事務局会での作品研究」・・・2009/9/4(金)

image002-4.jpgわざわざ作品を持参してくれた。研究熱心な姿に打たれます。 昨日は、本間理事長校で事務局会があった。袋詰め作業に皆さんいそしんでいた。来週は理事研究会があり、そのための準備である。黙々と作業に取り組む姿がすばらしい。
 ひと段落して、新人の二人の先生が、作品をもってきたので、みんなでみた。城重奈都子先生(忍が岡小)と池田仁美先生(田原小)である。
 写真の作品は、「竜」をテーマにして、墨と絵の具を使って描いたもの。ぼくはこの作品が一番気に入った。というのも、そこには力強い子どもの感覚がみなぎっていたからである。
墨の黒いかたまりと自分で混色した茶色のグレートーンの対比がこの絵をつくっていて、よく見ると黒い絵の具の上には、青いクレヨンで竜のうろこがほどこしたあり、さらに、激しい感じをつけるために、絵の具を「たらす」工夫をしているのであった。また、本体のまわりには、囲むような線が引かれており、これが何を示しているかは不明であるが、内側にこもるというような作者の心情を投影しているのかもしれないし、また、うずまきのようなマンダラと考えれば、強い自我を表しているのかもしれない・・・。このあたりは、その子ども自身や子どもが描いているプロセスをみていないとわからないところであろう。
image004-1.jpg袋詰めが一段らくして雑談。中尾先生が応援にきてくれました。 偶然できたかたちを自分の側にたぐりよせ、表していく姿勢がこの絵にはあり、子どもの内面を引き出す表現となっている。こうした表現は、たんに、お手本に似せて描くというものではなく、混色や色の構成、質感、躍動感、イメージの見立てなど・・・似せて描くという以外の、そこに表現されたさまざまな造形的ものを汲み取りながら、子どもの発想や創造的な技能をみていかないと子どもの絵のあり方を見損なうことになる。
 池田先生も木版画の「風神・雷神」を持参してきた。こちらは、4年生としては大作で、時間がかかりそうである。お二人とも校内展覧会があるそうなので、子どもらしいのびのびとした力を発揮できる展覧会をめざして奮闘中である。
 お二人とも、新人であるがたいへん熱心で、こうした先生方をみるとおじさんのぼくも元気づけられる。

 今日は、青柳小学校で「東京都造形教育協議会」がある。これは、東京の各学校種別の連絡、調整を行う会である。11月の全造連大会、関ブロ大会千葉大会の打ち合わせとなります。

「VTRによる授業分析の研修・金子論文」・・・2009/9/3(木)

○昨日は、学校で特別支援の研修会があった。その研修会では、VTRで、授業を三つの場面を設定し、15分ずつみながら、グループで「指導のよいところ」を見つけ出し分析、検討しあうというものであった。
 こうした映像をもとにして授業分析をしたのははじめてだったので、たいへん面白く、ためになった。VTRを使った分析は最近いろいろなところで行われているらしいが、授業という出来事・現象をとおして、教師の行動、発問、子どもの動きなどを読みとることで、実際の授業がどのように生成しているかがよくわかるのであった。また、逆に言えば、見る側の視点が問われてもいるのである。それにしても、みなさん、ぼくが気付かないような、いろいろな視点から意見を出していた。
 都図研の授業研究は、どちらかというと、題材や指導法の研究が主であるが、こうしたVTRを活用した授業分析も取り入れていくと、より子どもの学習の実相に即した視点が得られるかもしれない。

image002-3.jpg○『美育文化2009,9〜特集プロセスをみる〜』で、都図研研究局の金子大介先生が、「対峙する子どもの『生』」という原稿を寄稿している。
 我々教員は、どちらかというと、大人のもつ「教育計画」の流れの中に、子どもを「型押し」しがちになるが、ひとりひとりのなかに世界を開いていく時間があり、そのなかでの行為にこそリアリティがある。金子先生の論も、実践に基づいて、熱く展開する。ぜひご一読を。

「席決め・モンドリアンみたい」・・・2009/9/2(水)

 昨日は、始業式。みんな元気そうに登校していた。でも朝の式は、暑くてつらそうだった。体が適応できていない感じである。
 さて、今日からいよいよ図工の授業が始まる。いつも最初にやるのは「席決め」だが、皆さんは、どんな方法でやっているのかな?ぼくは異動したてなので、一学期は「名簿順」でやった。
いろんなやり方でいままでやってきた。「くじ引き」「完全、毎回自由」「男女別に席を決めておいて、それぞれ好きな所に座る」「名簿順」「生まれた順」・・・・・etc。それぞれ一長一短だが、自由な感じで、しかも、お互いがよい方向へ刺激し合う関係となる座席がいい。
image004.jpg机のエッジに色を塗って、班を識別できるようにした。が、空間全体を、基本的な色で、構成していくと、バウハウスの建築みたいになる感じがした。また、モンドリアンも思い出した。ん~、モンドリアンは偉大だな~!image003-3.jpg

 映画トンギコの内野先生は、「お札」が入口にあって、「ヘの五番」とか「いの三番」とか書いてあって、毎回くじ引きであった。この間、横ちゃん(横内先生)に聞いたら、毎回くじ引きで、色のクジをつくってその机に座るそうだ。
 そこで、ぼくもいままでにやっていない方法を試みてみることにした。テーマは、「偶然を必然に」である。「思えば、ものごとは、すべて偶然。ここにいることも、みんなと一緒にいることも。たまたまここに居合わせた同士で、楽しい時間をつくってみよう!」である。
 写真のように「赤・緑・黄色・青・白」の木の札をつくり、毎回引いた色の机に座るというもの。机のエッジには、くじ引きの色を塗っておいた。
image006.jpg5色の「お札」。これを入口で引いて、今日の席を決める。image008.jpgモンドリアンは、基本色と縦と横の軸によって、世界の構造を表象する作品をつくりあげた。すごいですよね、こんな単純に世界を組み立て、表すなんて。それから、机に色を塗っていて、机のエッジは造形的に面白いことを発見した。それぞれの空間の領域が、色彩によって分節化され、関係性が生まれてくるのであった。
 色は、それ自体が差異や、まとまりを生み出すのであった。

机のエッジに色を塗って、班を識別できるようにした。が、空間全体を、基本的な色で、構成していくと、バウハウスの建築みたいになる感じがした。また、モンドリアンも思い出した。ん~、モンドリアンは偉大だな~!

注)ピエト・モンドリアン(1872~1944)オランダ。カンディンスキーと並ぶ、本格的な抽象絵画を描いた最初期の画家。「リンゴの樹」の連作は、木の形態が単純化され、抽象へと向かう過程がみとれる。カンディンスキーの「熱い抽象」と対照的に「冷たい抽象」と呼ばれた。水平と垂直の直線のみによって分割された画面に、赤・青・黄の三原色のみを用いる原理の作品が有名。

「前日出勤・老人にきびしい制度」・・・2009/9/1(火)

○昨日は、8月末日。前日出勤。「職員会議」や「理科の備品の研修」、PCが一人一台入ったので、「PCの研修」などであっという間に過ぎた。
「理科」は、新学習指導要領の「移行期間」で、内容が増えた。よって、「理振法」で予算がつき、新しい備品をどっと購入している。図工も予算が欲しいところだが・・・・「焼成窯」がない所は、どうであろうか?購入してもらえるのであろうか?そう言えば、理科の備品は、図工にも転用できますね。皆さんも一度、探ってみるといいですよ。
「PC」は、セキュリティがなかなか面倒である。個人情報の問題があるからだ。これからは、あらゆるものが、PCのなかに記憶されて、それを操作しての事務処理が増えていくのだろう。でも、PCに向かいながら、目を合わせない会話は「なんか!おかしい」と誰かがふと言った。「そりゃ、そうだ!」とぼくも思った。
明日からは、新学期。先生方も、いつものように夜遅くまで、準備にいそしんでいた。がんばりますな〜。

image001-3.jpg○今、アメリカでオバマ政権が、医療保険制度で反対派の国民の激しい抵抗を受けている。アメリカは民間の保険が主流で、制度としての公的医療保険はない。よって、失業して保険料が払えなくなると、医療費が、相当な金額に増大し、医療が受けられない状態になる。政権が、公的医療保険制度改革に乗り出したとたん、富裕層は、一挙に反対に回っているらしい。税金が増大するからだ。「弱肉強食」は、アメリカの信条で、かなり暴力的な思想である。が、すっかり日本もアメリカ的になってしまった感がある。
そう言えば、先日「年金」の見込み額というのがきた。な、な、なんと!今やめると、61歳からの支給が約10万円!定年まで勤めても、13万円程度・・・・。これから、税金や保険料などの諸経費をさっぴくと・・・・・・・・・ああ!!
ぼくより若い先生は、65歳から支給だ。おまけに、現時点での想定額なので、決まっているわけではないという・・・・。「なんというこっちゃ!」「一生懸命働いたら、老後はゆっくり暮らせる国に生まれたかった!」なんて、ほんとに思ってしまいますよ。「老老介護」の問題もからめて、この国は、まったく、年寄りに厳しい国となった。(ということは、若者にもきびしいということです。「さらに」かもしれません)。

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