「今年度の極私的、ニュースピックアップ?!」・・・2009/12/31(木)
○いよいよ今年も終わりですね。皆様、この1年間ありがとうございました。いろんなことがありました。特にぼくにとって今年は、大きな年でした。たくさんの皆さんから励ましをいただき、奇跡的に復活できました。お陰様でこの「日記」も連載できています。
写真は『ひつじCafe』の「発生現場」です。きたないですね(笑い)「積ん読」がますます山となってきて、造形遊びの部屋みたいです。(笑い)。でも、ほんとうは、この日記の発生現場は、ここではなく、皆さんのなかにあるのです。皆さんの日々の営みがこの日記を書かせているのです。
人間の身体は実に脆弱でいつ消えてしまうかわからないものです。けれども一方で、人間は、こころをもち、それは、広大で深遠なものでもあります。こうした当たり前のことを今年は実感しました。
ここでは書ききれない、知られていない皆さんの活動が、この日記の背後にたくさん埋め込まれています。ぼくはそうしたことに思いをはせながら日記を書いています。
来年もまたお付き合いお願いします。ありがとうございました。
○4月
◆青柳小学校へ移動。「今度の学校は、四方を墓地に囲まれた丘の上にある。民俗学者の谷川健一さんによると日本では「青色」は、「聖なる色」を意味しているという。「なるほど」と実感した。恐らく青柳小学校の「青」は、そんな意味をあるのだろう。」
◆『学校をかざろう!たのしい壁かざり』(全4刊、小峰書店、2009年4月発行)
◆「本年度のスタッフは、会長、辻。理事長、本間先生。副会長、南、鈴木、高橋、玉置、福岡の各先生。研究局長、岡田先生。研修局長、上野先生。事業局長、伊藤先生。広報局長、麻先生。事務局長、加藤幸子先生。特別委員会は、越後妻有プロジェクト委員長、柴崎先生、事務局、伊藤先生。谷川プロジェクト委員長、時任先生、担当副会長、高橋香苗先生。組織検討委員会委員長、菅野先生、副委員長、平田先生。ブロック長、尾科、梅津、高村、金指、久米、濱方、堀井、菅野の各先生。また、「参与」は、慣例で、名誉職のような感じだったので、今年度から、実際活動に関与する先生方にお願いした。内野、横内、時任、柴崎、高村、楚良、庖刀、遠田、濱方の各先生。「顧問」は、歴代の会長経験者である。」
◆「とずけんどっとこむ」もついに5万人のアクセスを突破した。(12月現在は、約7万アクセス)
○5月
◆「「美育文化5月号」が届いたのでみていると、柴崎先生がこのところ連絡を取り合っている、京都大学の矢野智司先生の「世界を開くメディアとしての図画・工作 ―対話をうながす「問いの一撃」はなぜ必要か―」という論文(エッセイ)が、巻頭に掲載されていた。」
◆キヨシローの訃報と葬儀。
『ヒッピーに捧ぐ』 詞:忌野 清志郎 曲:肝沢 幅一
お別れは突然やってきて
すぐに済んでしまった
いつものような何気ない朝は
知らん顔してぼくを起こした
電車は動きだした豚どもを乗せて
ぼくを乗せて
次の駅でぼくは降りてしまった
30分泣いた
涙をふいて電車に乗りこんだ
遅刻してホールについた
ぼくらは歌い出した君に聞こえるように
声を張り上げて
空を引き裂いて君がやってきて
ぼくらを救ってくれるといった
検屍官と市役所は君が死んだなんていうのさ
明日また楽屋で会おう
新しいギターを見せてあげる
http://www.youtube.com/watch?v=uLC5-v0JfaU&NR=1
◆ロードバイク購入。「阿佐ヶ谷のバイクショップで、自転車を購入した。イタリアのメーカーで「COLNAGO Primavera」というものだ。ロングライドもできる本格的な「ロードバイク」だ。」
○6月
◆本間理事長体調不良。
◆「昨日は、青山で「東京都小学校教育研究会連合」の常任理事会と理事総会、懇親会があった。都図研は、この研究会に所属する研究会である。本来、任意団体である都図研が、他の任意団体と異なるのは、この研究連合に所属するからである。」
◆現代美術館:第7回美術館連携鑑賞教育研究研修会。「「昨日は、東京都現代美術館で第1回目の研修会(今回は2回興業)があった。現代美術館の郷さん、武内さんは、裏方にまわり、他の美術館(近美、西美、工芸館)の学芸員さんが、ギャラリートークを行った。」
◆「目黒五本木小学校で「新人研修会」があり、100名を超える参加者があった。」
◆休日、夜と自転車を乗りまくった。
◆学期末までのスケジュール。1年中こんな感じが延々と続きます。
- (金)研究局鑑賞教育研究会(東京都現代美術館)
- (土)関ブロ都県代表者会議(泰明小学校)
- (日)水道ポスター審査会(都水道局)
- (月)城南大会予算申請訪問(港区教育委員会)
- (火)城北大会実行委員会(成増ケ丘小学校)
- (水)区小研(青柳小学校)
- (木)外国のアーティストとの授業打ち合わせ(青柳小学校)
- (金)事務局会(落合第六小学校)
- (土)子ども美術展打ち合わせ。谷川P打ち合わせ(CCAA)
- (月)専科成績提出
- (火)理事研究会(調布市立第三小学校)
- (水)マリオス・ヨ—ヴェイシャ(リトアニア・写真家)さんとコラボ授業。
- (月)楽しい壁飾り編集会議。(CCAA)
- (火)芸術文化振興会会議(国立芸術劇場)
- (金)終業式
○7月
◆「昨日は、リトアニアの写真家のマーリュス・ヨーヴァイシャさん(と大使館のガビアさん、坪井さん)が来校し、4年生とコラボ授業をおこなった。これは、妻有プロジェクトの一環としておこなわれたもので、柴崎裕先生と坪井みどり(北川フラム事務所)さんのコーディネイトのもと、本校で実践された。児童の写真とヨ―ヴァイシャさんの写真は発表の交換・交流のコンセプトでおこない、3校時4校時を使って実施した。はでなアクションはなかったが、たいへん真摯な写真作品、自然や歴史を俯瞰的位置から撮影したたいへんナチュラルな写真作品は、子どもたちには、当初、「ちょっと難しいかな・・・」という危惧を払しょくし、伝わったようだ」
◆「昨日は、子どもの詩の絵本原画展『谷川俊太郎と子どもたち きみは なまいきな かみさまだ』(三晃書房)の展示会と記念イベント「松澤奈穂子さんの詩の朗読と唄の会」があった。午前中から、CCAAにてスタッフが集まり、作品搬入展示を行い、午後からのイベントに備えた。ギャラリーいっぱいの子どもたちや保護者の参加があり、たいへん盛り上がった。特に、見ている親御さんたちの表情が温和で、受容的な感じで、よかった。3年に渡る「谷川プロジェクト」も最後の事業となる。こうしたイベントは長い時間と奇蹟的な出会いによって営まれるということを改めて感じた。」
◆「昨日は、青柳小学校で、7月の理事研究会で、特別委員会として承認された「組織検討委員会」の会合があった。この組織委員会は、前回は2002年、矢木会長時代に鈴石弘之先生が委員長となって、都図研の組織のあり方をめぐって答申を出している。その一部は、現在の組織に生かされ、また、その一部は、時代の変化の中で、変容を強いられているものがあるようである。 今回も、第1次として、都図研の現状分析、第2次として組織のあり方について提言していきたいと計画している。菅野委員長、平田副委員長を核として、それぞれの委員の英知を集めて討議し、現場の研究会である都図研の活性化を図ることが、近い将来の図画工作のあり方を決めていくように思われる」
◆「銀座の泰明小学校で全連小、調査部会、特別委員会の会合があった。都図研では、ぼくと本間先生が出席した。各教科研究会からもそれぞれ委員が推薦されていた。課題は、新学習指導要領に関する「評価」のあり方。」
◆7月も自転車に乗りまくった。
○8月
◆「今回の「都図研妻有鑑賞ツアー」もほんと楽しかった。参加してくれた皆さんアートを楽しみながら、これからも図工しましょうね!それから運転手の皆さん、ホント!ありがと〜!」!
◆「山梨県総合教育センター研修会」講師。
◆「都中美の夏季研修会の二日目に中野ZEROホールと中野中央中学校で、小中の連携研修会がおこなわれた。鈴木副会長、上野研究局長、内田先生、村井先生、長雄先生、石田先生らの研修局の先生方が準備・指導・片づけと活躍した」
◆「昨日は、新宿で、金子大介さんと旧姓、柴田祐佳さんの結婚おめでとうパーティがあった。お二人とも研究局員で熱心に研究を続けるうちに、意気投合し、今回の成り行きとなった。研究局は、ほんとうにまじめに研究もしているが、こうして「愛」を育む機会でもあったのだ!!」
◆自転車に乗りまくる。気付いたのは、「地域」「歴史性」「身体性」「自然」。
○9月

◆青山でキヨシロー展。「実は、水島先生は、清志郎のファンでかなりマニアックに本を読んだりしている。「水島説」によると、咽頭癌に発症に際して、清志朗は、患部を切除してしまうことも選択としてあったというものである。それは、ロック歌手としてではなく、絵本や他の制作で生きるということを意味している。が、結局は、清志郎は、ロック歌手を全うすることになる。このあたりは、生き方の問題であるが、ぼくは、彼は「まっとうした」と考えている。水島先生が、これだけ傾倒しているなら、ぼくは「美育文化」などで、「清志郎」をキーワードに、「民衆のアートとしての図工・ロック」というような観点から、図工教育を語る場を特集できるのではないかなと思うのであった。穴澤さんいかがでしょう~!!ぼくは、清志郎は、戦後に生きた「はなたれ少年」の思いを体現する詩人であったような気がしているのであるが・・・特権階級の高級文化ではない、新しい位相を切り開いた人物として位置付けられないだろうか?(でもファンはあまり分析してはいけないかもしれませんね。白けるから)」
◆「図工だいすき子ども美術展秋展」こどもの城。「昨日は、青山のこどもの城で「秋展」の搬入作業があった。確かこの展覧会は12回目をむかえるから、かれこれ10年以上に渡って続いているイベントである。図工の時間が削減となり。危機意識をもった鈴石先生と仲間たちが自腹ではじめた会である。いまのメンバーはかなり若返った。ベテランは、退職したり、「冬展」(CCAAで冬に開催される)の方に回ったりするなどして、運営も変化してきている。途中から、「こどもの城」との共催になったり、東京児童幼画堂からCCAAに主催が変わったりするなどした。けれども、図工のよさを世間に訴えるという初志は受け継がれていると思う。また、一緒に作業をするなかで、個々の先生が学ぶものも多いのではないだろうか。一回性のイベントではなく、粘り強く、こうした展覧会を継続していくことも、そのたいへんさは痛感するが、ものすごい価値があることだ。」

◆「昨日は、品川の平塚小学校で、研究局の公開授業がおこなわれた。授業者は、宮内愛先生。詳細は、研究局の報告に譲るが、お花紙などのいろいろな材料にのりをつけて、「まるめて」、てのひらに収まる大きさになったら、「ほぐる」(ほじるの造語)つまり、ほじって中をみる、というもの。たいへんシンプルではあるが、実に子どもの多様な姿が顕在化していてみていて飽きないものであった。 研究協議会の講師は、中村隆介先生。中村先生は、研究局長の二代目。初代は、内野務先生。こうしてみていると、ぼくのようなおじさんには、「石井弘→内野務→中村隆介→宮内愛」と連綿とつながっている「図工の系譜」というものを感じることができる。それは、ひとことで言うと「子どものなかに面白いものがある」という思想かもしれない。」
◆「昨日は、柴崎裕先生の企画で、矢野智司先生(京都大学教授)をゲストに、青柳小学校で「作品研究会」をおこなった。ぼくと柴崎裕先生、南育子先生、岡田京子先生、管谷千紘先生が、日頃指導した作品を持参し、それを資料に、指導の説明や問題点を述べ、意見を交換するものである。ぼくは「不寛容な時代の寛容な教育」というキャッチコピーで、先週行った1年生の「造形遊び」をモニターに映しながら説明した。時代の変化に伴って、教育や教師に対して「不寛容な時代」が到来している。それは、教育の成果や教師の指導能力を性急にもとめ、「評価」するような状況となり、「マニュアル化」や大人が思い描いたモデルに子どもを収束させようとする教育の性向を生みだしている。こうした中で、「図工」は、なにをなしえるのか?図工では「個々の子ども・個別性」「創造力」「身体性」「共同性」「強い活動への意欲の醸成」などを大切に、子どもの活動に対して、言わば「寛容」な場を用意している。」
◆「昨日は、目黒の向原小学校(来年の都図研城南大会の会場校)で、約100名の参観者を得て、都図研研修会が開催された。授業者は、都図研の哲人、横内克之先生。講師は、熱血、岩崎治彦先生。」
◆9月もひまさえあれば自転車に乗りまくっている。
○10月
◆10月1日、自転車事故で胸椎3本圧迫骨折。2が月間の休職となる。
◆「病床六尺日記連載開始」。
◆奇跡的に回復。23日間入院。11月末まで自宅療養。多くの方励ましていただいた。
○11月
◆「美育文化協会から「美育文化11月号」をいただいた。特集は、「アート・プロジェクトって何?」。最近、さまざまなところでアートの催し物が開催されている。そんな状況を特集したものである。地域社会の活性化、コミュニケーション、共同性、アピールなど、活動のさまざまな効用が謳われるが、しかしながら、これは、穴澤編集の、実利や結果に傾斜しているプロジェクト至上主義といったものに対する危惧の念をいだいての特集である。例えば「遊び」も本来無目的であるからこそ「遊び」なのだが、実利や有用性に傾斜すると本質からずれてしまうであろう。図工教育の目的や本質を考えるには、よい特集である。ぜひご一読を。ぼくは、この夏に行った「都図研の妻有プロジェクト」のツアーのルポを紀行文風に書いて寄せた。忘れてしまうのですぐ書いて、ずいぶん早くに入稿をすませておいたのがよかった。けがをしたので、予定の入稿ではきっと書けなかっただろう。本文のページ構成は、穴澤編集長におまかせした。ありがとうございます。」
◆『藝術の慰め』福永武彦著、講談社、昭和40年(1965)。「本書は、ぼくが若かったころ、いつだったかなあ・・・高校生か、浪人時代か?忘れてしまったが、手に取った一冊。70年代中ごろであったと思う。30年くらい本棚の隅に眠っていたが、最近、無性に思い出され探したらちゃんとあった。「芸術の慰め」というのは、なんとなくひ弱なめめしい題であるが・・・というのも現在では、ARTは思想であり、理論(学問)であり、行動というようなものになっているから。でも、どこか、ぼくの心に隅っこに住み着いているものなのであった。ほこりをはらってページをめくると次のような一文があった。今、世の中が「現実的な効用」を問う中で一笑に付されてしまうかもしれないが、ぼくにはピンと来るものがあるようです。あなたにとってARTにふれる価値とは、どんなものですか?」
「私は数年にわたってサナトリウムで寝ていたことがある。またその後もしばしば床を温めた。その時、一冊の画集、或いは一冊の詩集、或いはラジオのレシーヴァーから洩れて来る音楽の流れは、私に生きることの価値を教えてくれた。芸術は確かに慰めである。それも人を生へと導く力強い伴侶である。単に苦しい時、悲しい時の慰めというだけではない。私たちは芸術作品の中に、直接私たちを揺り動かす魂の羽ばたきを感じる。それは生きることの愉しさを私たちにしらせて、魂の領域をひろげ、やわらげ、高めるものである。病気というのは一つの危機であるが、危機が過ぎてしまえば、私たちの生はそれなりに充実して、もはや芸術とは縁がないと言えるだろうか。私はこれで充足しているから慰めなんかは要らない、と言えるだろうか。私はそうは思はない。慰めとは一種の表現である。憩いと言ってもいいし、やすらぎと言ってもいい。魂の夢想と言ってもいいだろう。あまり多忙な日常を送る人は、その魂が乾からびて、遂には夢みる力さえ失ってしまうかもしれない。芸術はその時、せかせかした彼の足を立ちどまらせ、激しく鼓動する心臓の働きを休め、緊張した筋肉をくつろがせて、彼の魂にひそかな呟きを聞かせるだろう。それは既に死んだ芸術家たちが、遠い時代、遠い国から、今も生きて呼びかけて来る魂の声である。それを聞くことによって、あなたは一瞬、時間のない世界の中へと連れ込まれる。その時あなたは、好むと好まざるとに拘わらず、芸術によって慰められているのである。」(同書P9~10)
◆リハビリをかねて、全造連・関ブロ千葉大会の1日目だけ、出席した。
○12月
◆12月より現場復帰。
◆都図研城北大会(板橋区成増小学校)。「都図研大会のよさは、ベテランの尽力と若い先生方の熱意あふれる交流の中で、「図工教師の文化」が伝承されていくことである。都図研の研究団体としての特徴が他の民間団体、任意団体と異なるところは、東京都の公立小学校全体の図工教師の指導力の底上げを図ることを目的としていることである。そこには東京都の教員ならだれでも既に会員で、参加資格を有しているという開かれた性格がある。つまり、都図研は「公共的な使命・目的」を担うような特徴を活動の基幹に有しているのである。多くのすぐれた個人研究や小グループ集団の研究は多々あるが、あくまで個人の欲望や派閥性や利害の中に完結してしまうところに、本質的な差異があると言えるだろう。都図研大会に参加して感じる独特のエネルギッシュな感覚は、多数の図工の先生方が図工の共同幻想を構築する際に放つ「体臭」かもしれない。こうした輝きが失われた時、「図工」そのものが消失してしまうのではないかと言う危惧を強く感じる。厳しい時代の推移の中で、10年後も20年後も、都図研大会が、図工の先生方の熱意の中で継続、実施されることを祈りたい。」
◆「昨日は、落合第六小学校で理事研究会があった。学期末のお忙しい中、約70名弱の参加者があった。ありがとうございます。各局の報告に加え、「平成23年度都図研役員選挙」があった。立候補者は、以下の通り。会長、辻政博。副会長、平田耕介、玉置一仁、加藤幸子、田中明美、福岡貴彦。理事長本間基史。
◆図工だいすき子ども美術展冬展(CCAA)開催。「横内、柴崎、時任、中村隆介、庖刀、辰野、南、高村、鈴石の各先生参加」。
◆「ぼくは事故で2カ月病欠だったので、今年度は、かなりの比重が本間理事長にかかった。それでなくても、都図研の理事長職は、運営のかなめに立っているので、多忙なわけだから、いっそう拍車がかかったかもしれない。理事長は、都小研連、上部団体関係、都図研大会、事務局、各部局、特別委員会関係、役員会、派遣依頼関係、賛助会、各種審査…などなど、いろいろな都図研の活動に関与している。また、本間理事長の場合、学校では教務主任をおこない、学校運営も重責をになっているわけであるから、その仕事の迅速さは、並大抵の能力ではない。スゴイ!今年度もあと3カ月ですが、よろしくお願いします。」
◆「昨日は、管谷先生の研究授業があった。「かんてん」を材料とした造形遊びの授業で、たいへん楽しそうに子どもは授業をしていた。が、そこには、材料をからだで体感することから、発想を広げたり、自分なりの技術を駆使していたりと、ひとりひとりの造形行為がみられる興味深い授業であった。(中略)教師の材料へのこだわりとたいへんさをいとわない準備への心意気が、子どもに乗り移り、子どもの活動を引き出していた。授業にのぞむ教師の原点がそこにみられた。管谷先生は、本人の努力ももちろんあるだろうが、研究局の仲間との切磋琢磨が、魅力的な授業を創造していく源となっている。研究局は、中堅、若手の先生たちが、力をぐんぐん伸ばしているように感じられた。みていると、1年では無理で、2年以上、一緒に研究を継続していくと、やっと気心も知れ、共通性や個性のちがいなどもわかってきて、なにかが生まれてくるようである。そこには個人研究ではけっして生まれない共同研究のよさがある。」
◆美育文化誌60周年記念号。「美育文化は2010年で60周年を迎えるのであった。中身をみると、戦後の造形美術教育が通覧できるすばらしいものであった。これまでの穴澤編集長の「美術教育ジャーナリスト」(穴澤氏は、美術教育にかかわる誰よりも、美術教育の世界を幅広く俯瞰してきた証人である。美術教育者は己の文脈に埋もれているために微視的な局面しか直面していないからだ。ジャーナリストとは俯瞰し検証する者を指すのであろう)としての集大成でもあろう。美育文化は1950年創刊で、これまで記載された各号の記事を資料に、今日までのさまざまな出来事を年毎にピックアップし10年単位で区分し分類しているのであった。これはまさしく戦後の造形美術教育の歴史的な研究資料が出現したことを意味している。これらを戦後史と相関させて検討していけば、戦後の造形美術教育の変遷や意味がみえてくるであろう。穴澤氏は戦後の出来事として「人々」をあげている。つまり、まさしく『美育文化』誌は、「言論人でない個人が、自由に発言する権利と気分とその場所」(巻頭言より)であったのだ。それゆえ、ぼくのようないっかいの図工教師でも寄稿を許されたのだ。」
○……ということで、いろんなことがあった今年度でした。
今日は、「くるり」の『言葉は三角、こころは四角』を聞きながら、皆さんとお別れしましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=wqLrbwSdmvc
「映画『メゾン・ド・ヒミコ』」・・・2009/12/30(水)
○今年もあと二日ですね。まだ実感がわきません。
借りてきてあった映画『メゾン・ド・ヒミコ』(監督犬童一心、脚本渡辺あや、2005)を三回かかってやっと見終わりました。というのも、このところ疲れていたので観ていても途中で寝てしまうからでした。
少しずつ続きを観て、昨日全部みおわりました。昨日はオフでしたからね。それから、おまけの本編以外の犬童監督さんたちのコメントの入った映像もみました。こっちもおもしろかったです。
ゲイをモチーフとしたものですが、その孤独感やうんざりするような日常感、それから、当たり前というのかな、何と言うか…他者の存在を肯定する感じが、なかなか渋くていい映画です。
「卑弥呼」は、舞踏家の田中 泯、主演の柴崎コウもいい表情です。セリフもなかなかきらりとひかるものがありました。また、コメント付きの方で、監督がしきりに天気を話していたので、映画監督は「光」を大切にするのだなとも思いました。必要以上に深入りしない音楽の細野晴臣は天才的です。
さまざまな細部にこだわって、総体的な映画としての表現を成立させる映画監督という職業(表現者)は、ものすごいものだなと思いました。
調べてみると、監督の犬童一心さんは、東京造形大学卒業らしく、光やショット、出演者、風景…などに視覚的なこだわりがあるのもうなずけます。
○予告編の映像はこちらです。
http://www.youtube.com/watch?v=XbVwjjwUvUU
「祝、美育文化60年 穴澤編集長の会心作!!「人々」の図工」・・・2009/12/29(火)
○やっと休みに入った昨日、郵便が届いた。
開くと『美育文化』誌。60周年記念号である。ぼくはうかつにも自分の怪我のため気が回らなかったのだが、美育文化は2010年で60周年を迎えるのであった。中身をみると、戦後の造形美術教育が通覧できるすばらしいものであった。
これまでの穴澤編集長の「美術教育ジャーナリスト」(穴澤氏は、美術教育にかかわる誰よりも、美術教育の世界を幅広く俯瞰してきた証人である。美術教育者は己の文脈に埋もれているために微視的な局面しか直面していないからだ。ジャーナリストとは俯瞰し検証する者を指すのであろう)としての集大成でもあろう。
美育文化は1950年創刊で、これまで記載された各号の記事を資料に、今日までのさまざまな出来事を年毎にピックアップし10年単位で区分し分類しているのであった。これはまさしく戦後の造形美術教育の歴史的な研究資料が出現したことを意味している。これらを戦後史と相関させて検討していけば、戦後の造形美術教育の変遷や意味がみえてくるであろう。
穴澤氏は戦後の出来事として「人々」をあげている。つまり、まさしく『美育文化』誌は、「言論人でない個人が、自由に発言する権利と気分とその場所」(巻頭言より)であったのだ。それゆえ、ぼくのようないっかいの図工教師でも寄稿を許されたのだ。
まだ詳しくはみていないのだが………都図研独自の動きが顕在化してくるのは、1980年の中野区でおこなった「都図研城西大会」での「ワークショップ」以降からである。
こうした意味で、故吉田宏先生、野々目桂三先生、鈴石弘之先生らの功績は大きい。この時点までは(現在でもそうであるが)、都図研は、公立小学校の図工教師の集合体であり、その会員はさまざまな民間教育団体の集合体でもあり、独自な動きを主導するというよりも雑居状態であった。
けれども、さまざまな民間の研究団体が歴史的な役割を終えたり、またセクト化したりするなどして分化してしまい大きな影響力をもたなくなった現在、東京都の公立小学校の人員の変動(図工教師の約40パーセントが経験年数10年以下の教員となってしまった)において、図工教育の人材育成に直接の影響力をもつ、都図研のような半ば公的な任意団体の働きをおろそかにするわけにはいかない。現在、図工教育は「人」という面でも、その地盤を沈下させつつあるのだ。
本書が指摘する教育世界の50年代当初からの「官」と「民」の「二重構造」(P38)は、「官」の世界におおいつくされたかのように見えるが…公教育の「公」を「衆人」(多くのひと)ととれば、それは「人々」であり、ぼくにとっては「人々」とは、現場の教師であり子どもを意味する。
すなわち、美育文化が戦後のポリシーとして指摘した先の「言論人でない個人が、自由に発言する権利と気分とその場所」とは、まさしく各図工の教師の、図工室での子どもに根差した自由で主体的な活動に他ならない。
○図工をすきな若い先生方には、ぜひ購入し、自分のおこなっている活動の流れを見てほしいと思う。きっと次世代へと継続すべき何か、つまり、あなたがなすべきヒントが発見できるにちがいない。158ページもあって、定価1,000円は絶対安い。
○連絡先は、
「美育文化協会」ホームページ
http://www.biiku.jp/index.html
〒103−0016
中央区日本橋小網町7−7
電話03-3662-5321
FAX 03-3662-5322
○さて今日は、穴澤編集長に敬意を表して、John Lennon の『 Power To The People』を聞きながらお別れしましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=Wos-dDxpJlQ&feature=related
でも、若いあなたにはこっちの方がリアルかな?
http://www.youtube.com/watch?v=0yHZcy2EDhc
「第4回長野県美術教育研究会と都図研の交流会(CCAA)あんどカトちゃん元気ですか?」・・・2009/12/28(月)
○あと三日で今年もおしまい。日直の先生以外はのんびりお過ごしでしょうか?(笑い)
「横内先生の司会で会がすすむ。発表者の魂の所在も立ち上がっているようにぼくには見えた。図工・美術の教師は、それぞれの持ち味の中で勝負しているんですね」○日曜日は、「図工だいすき子ども美術展冬展」(CCAA)で、「長野県美術研究会」との研究交流会があった。今年で4年目を迎える。一年おきに、長野と東京を会場に交互におこなっている。
寺島先生(元会長)、林校長先生(副会長)、青木校長先生(副会長)、松村先生、徳武先生、そして、発表者の千原先生が、遠方より駆けつけてくれた。(長野県は、今日、終業式の学校が多いそうである。発表会のあと終業式の準備で急いで帰られる先生方が多かった。地域によって、ちがいがあるのですね)
もともとこの会は、前会長の鈴石先生と寺島先生の全造連を介した関係の中で、地域間の交流をすすめ、図工・美術教育の活性化をはかろうという趣旨のもとに、はじまった。関ブロや全造連という関係のなかでの交流はあるが、これとはまたべつに、こうした地域間の研究会の交流は、ほとんどおこなわれていな
「庖刀先生、渾身のトーク。思いのこもった熱弁となった!」いので、研究交流をしてみてはどうかということになった。
現在、図工・美術教育が衰退する状況の中で、こうした地味ではあるが、顔の見える交流は、とても大切な試みではないだろうか。
9人の「冬展」の参加校の先生方なかなら、横内先生の司会で、庖刀先生、辰野先生、柴崎先生を中心にトークをおこなった。また、長野県からは、千原先生が、地域と関連した授業実践を発表した。
参加者は、CCAAの寺子屋に応募した30人の先生方で、この年末の忙しい中、熱心に、発表に聞き入っていた。若い女性の先生方が多かった。日曜日にもかかわらず、多くの先生に参加していただきうれしかった。
こうしたささやか交流会をとおして、図工に対する意識の広がりが、個々の指導者のなかに伝わっていく、それはすぐには役立たないものもあるが、記憶の底に蓄積され、10年後20年後に、必ずたちあらわれてこるものである。(と信じている)
参加されたすべての先生方、ほんとうにありがとうございました。それから、陰で、この会をしきってくれた本間理事長もお疲れ様でした。

「千原先生の地域に根ざそうとする実践の発表。おだやかな語り口に聞き入る。図工教育は、全国の津々浦々でおこなわれている。山の中の図工もあれば、海辺、島の図工もある…いろいろな地域にいろいろな先生がいて、その地域性や文化を土壌に活動を展開しているのですね。」

「図工室での交流会。こうしたザックバランな場で、いろいろな話に花が咲いていました。寺島先生は、現在『Y・Yカフェ』という交流する場を善光寺のそばに建築計画中である。来年の2月に着工し、6月にはOPENするそうである。来年の交流会は、『Y・Yカフェ』でおこなおうという話も出ました。鈴石先生のCCAAもそうですが、図工や美術のよき伝統(DNA)を後世に伝えようという意志に貫かれているようです」
○それから、ドイツのカトちゃんこと加藤貴子先生から遅ればせのXマスカードが配信されました。ドイツの冬を元気に生き抜いているようです。ドイツでも一生懸命に図工をしているひともいるのですね。がんばってください。(がんばりすぎずに)
さて、今日はYUKIの『ファイト!』(原曲中島みゆき)を聞きながら、まだ見たこともない全国の図工を好きな先生方に思いを馳せながら、お別れしましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=qtSb1h8wB-E&feature=related
「図工教師人物列伝!?」・・・2009/12/27(日)
○本日より「図工だいすき子ども美術展:冬展」がCCAAで開催される。参加されている先生方は、長いキャリヤを積んだ先生方である。教育は、人なりと言われるが、これまでの図工教育の発展に大きく関与された方であり、たいへん個性的な図工教師でもある。今日はこの先生方を紹介する。この先生方は、ぼくの尊敬するひとたちでもある。
鈴石弘之先生(CCAA理事長、都図研前会長)
鈴石先生は現在NPO法人を立ち上げ、忙しい毎日を送っている。都図研会長を二期に渡って勤め、計8年もの間、都図研を運営した。「ミスター都図研」とは鈴石先生のこと。創美の旗手、野々目圭三先生を師と仰いでいるが、「創美(創造美育)」の会員ではなくノンセクトラジカル。戦後の図工教育の源流は、創美に発するが、現在では運動も終息してしまうなか、唯一、創美的な「子どもの自発的な表現�」を尊重する思想を継続して持ち続けている。福井の創美の教育者「木水育男」氏の実家まで出かけ資料を収集し、CCAAで来年早々、展覧会を主催する。ますます意気軒高な先生である。
横内克之先生(都図研元理事長、元副会長)
哲学者的な思考と雰囲気を漂わせる。その真摯な活動は、多くの先生方から信頼を得ている。ソシュールの言語哲学から思索を発展させ、図工や子どもの現実にリンクさせ、さまざまな方法を試行錯誤しながら試みている。今でこそ皆さん当たり前に使っているが、「子どもの育ち」や「私」というフレーズを強調して言いはじめたのは、横内先生である。子どもが図工を通していかに育っていくかが、彼の研究主題である。
柴﨑 裕先生(都図研元副会長、元研究局長)
独特の粘着質、かつ、緻密なアプローチで、図工の世界を広げていく。もともと彼はコンセプチュアルなアートへの志向があり、図工教育自体も、柴崎先生にとっては表現活動そのもののようである。美術館関係、大学関係、アーティスト関係、北川フラム氏……など、教育の外部世界への接続を広げながら、図工教育を根底から考え直していこうとする視線をもっている。タフネスな行動力をもつ。たいへんな読書家でもある。
時任 勝先生(都図研前理事長、元研究局長)
緻密かつ職人気質な人柄である。指導の方法も、材料やマチエールにこだわるところから、イメージが立ち上がる感じで、子どもの強い表現が現われる。また、一方で、たんに子どもに材料を投げだすのではなく、手渡す時の「コトバ」にも、十二分に注意を払いながら活動している。焼酎を飲みながら話し出すとたいへん雄弁でもある。音楽や映画にも詳しく、柴崎先生や中村先生とともにかなりのマニアである。好きなものにマニアックにのめりこむ気質の持ち主なのだろう。
中村隆介先生(都図研元研究局長)
ぬきんでた造形的なダイナミズムとセンスを感じさせる指導をする人である。子どもの動きを熟知していて、何をどう用意し、投げかればよいか、よくわかっている。生まれながらの芸術的センスというものがあるとすると、そうしたセンスを持ち合わせているのだろう。表現主義的な感覚をみせながらも、それらを「編集」して展開できる分析性(演劇性がある)も(本人は、シャイで語らないが)持ち合わせたひとである。
庖刀由利子先生(都図研元副会長)
迅速で、勤勉なその行動力で、都図研の運営はずいぶん救われた経験をもつ。こうしたフツーの図工の先生はあまり持ち合わせていない事務的な能力を発揮する一方、柔軟な思考で、さまざまな指導法を積極的に試行錯誤しながら活動してきた。明るい前向きな性格が子どもたちに反映していて、子どもの活動や作品のなかに、嬉々とした感覚をみることができる。
辰野美奈子先生(都図研元研究局)
都図研が研究局を立ち上げる前から、子どもの姿のみえる図工をめざしてきた。子どもが、からだでものとぶつかりながら活動することを重視している。素朴な表現がそこにはたちあらわれる。腰のすわった活動を何十年も続けてきた。自分の信じることや好きなことを、労をいとわず準備し、進めていく力と意欲がある。
南 育子先生(都図研副会長、元研究局長)
現実の子どもの姿のなかに分け入り、その活動を色と形にいつの間にか置き換えて、独特の感性を表出させる指導は、たいへん個性的なものだ。目の前の現実に対して、既成概念や権力的なまなざしでとらえることなく、素朴なふしぎをすくい取る感性が本人にあるのだろう。都図研の役員職でも研究や美術館鑑賞教育研究、「無限大の子どもたち展」などをおこない、優れた企画力をもっている。
高村弘志先生(都図研元副会長)
高村先生は、「都図研ニュース」などで「似顔絵」が有名である。それは、たいへん似ているが、どこかシニカルな感じのする、たいへんユニークなものである。同じように人柄や行動もいつのまにかそこにいたり、いつのまにかいなくなったり、遅れてきたり……少し他のひととは、ずれた風変わりな行動が特徴的でもある。が、人望もあるらしくいつも若い女性の先生方を引き連れている。子どもの作品にも独特の執着心のようなものが現われている。
「二学期の夕日が沈む」・・・2009/12/26(土)
○写真の枚数が多いと担当の菅原先生がいやがるけど(笑い)、昨日の終業式の日の夕日もまた、格別に美しかったですね。菅原先生をはじめ都図研の皆さん、本年もありがとうございました。今年もふんばっていい仕事ができました。くじけそうな心を皆さんの活動で励まされた二学期でした。菅原さんは網走に里帰りしても、マック持参で、HP更新を続けるそうです。エライ!
田舎に帰る先生も東京に残る先生も、たまにはゆるりとお過ごしください。ぼくは、背中の都合で「寝正月」です。(いつもそうですが…)でも玉置先生から、「H21年度都図研活動報告」の原稿依頼が、昨日、メールで配信されましたので、原稿のほうもお忘れなく。よろしくお願いします。
YUKIの『汽車に乗って』を聞きながら、今日はお別れです。
http://www.youtube.com/watch?v=ZMHKPNNDGPQ&feature=related
「終業式、展覧会準備など」・・・2009/12/25(金)
「やっと全員の作品がそろいまいた!」○いよいよ終業式です。長いような…でもあっという間でもありました。都図研の活動も皆さんのお力で、2009年も都図研の活動は今年も活発におこなわれました。ありがとうございます。個人的には怪我で2カ月休業だったので、実質、9月と12月しか働きませんでした。都図研の皆さんにも、学校の皆さんにもお世話になりっぱなしでした。2010年は、「健康」なよい年にしたいものです。
○昨日は、遅れに遅れていた個人作品(平面と立体)が確定しました。(アリネタです)ほんと講師のK先生にはお世話になりっぱなしです。おかげで、かわいらしい作品がそろいました。これで、あとは、1月に台紙にはったり名札をつけたりできます。あと共同作品もありますね。あまり気張らずフツー、普段着をめざすぼくとしては、子どものさりげないよさがでればと思っています。
ぼくの授業の「最低原則」は、①「安全」(大きな怪我をしないこと。金づちでたまに手をたたくのは訓練ですね)②「抑圧しない」(表現へのコンプレックスをもたせないこと。意欲をそがなこと)です。あとはどちらかというと、子どもに「すいません」の連続です。スゴイ授業なんてなかなかできませんから…このふたつを基本においてやっています。
「1年生の絵。線や色合いがカラフルになりました。」
「6年生の立体作品。クレーの作品を立体化したものです。」
「審査など」・・・2009/12/24(木)
一次の審査後、作品を並べて見やすいように設置する。ぼくは背中がパンパンなので、みているだけで手伝えない。すんません!○昨日は神保町で「そばの花観察運動」の作品審査会があった。そばを自分で種から育て、観察して絵で表現するものである。本間理事長と参加した。たんに描写的な観察画ではなく、子どもが育てる中で、心に抱いた思いを表現するという視点からみると子どもの絵も豊かな表情があることを発見できる。審査もそうした規準でおこなった。審査が終わった後、コメントも記入した。「宿題」にすると煩雑なので、PCを借りて審査後、作成して会場を後にした。喫茶店で、少し打ち合せをして、帰宅した。
コメントを書く本間理事長。真剣な表情で、かっこいいですね○ぼくは事故で2カ月病欠だったので、今年度は、かなりの比重が本間理事長にかかった。それでなくても、都図研の理事長職は、運営のかなめに立っているので、多忙なわけだから、いっそう拍車がかかったかもしれない。理事長は、都小研連、上部団体関係、都図研大会、事務局、各部局、特別委員会関係、役員会、派遣依頼関係、賛助会、各種審査…などなど、いろいろな都図研の活動に関与している。また、本間理事長の場合、学校では教務主任をおこない、学校運営も重責をになっているわけであるから、その仕事の迅速さは、並大抵の能力ではない。スゴイ!今年度もあと3カ月ですが、よろしくお願いします。
「霜柱踏み—身体の記憶など」・・・2009/12/23(水)
○ぼくはお墓の横をとおって学校に行くが、墓地の敷地は土があって、そこが霜柱で浮き上がっていた。それを踏んでみたら、昔小学生の時、登校途中で、よく霜柱を踏んで歩いたことを思い出した。さくっとした感覚が、足の裏の記憶として残っていて蘇ってきたのであった。その感触や音、そのときの登校の様子まで浮かび上がってくるのだから不思議である。何かのきっかけ(この場合はお墓の霜柱だが)で、意識の底に沈んでいたものが浮上する。
現代のように人工的な環境では、こうした身体感覚が除去されて、もっとなめらかで均質なものになってきている、また、とても視覚的な刺激が増大された環境になってきているが…果たして、こうした環境で生育した人間は、身体の記憶もまた変容するのであろうか?
未来においては、ゲーム機の指の感覚も、ふと思い出される記憶として蓄積されていくのだろうか?昨日の研究授業であつかわれた「かんてん」は、こうした環境の変化を考えると子どもにとっては重要な身体性を考慮した素材体験なのだろう。
微細な身体感覚の体験の蓄積がないと、ものに対する距離の取り方や対処の仕方、また、関係づけの仕方など、人間の活動の基盤となるものが希薄になるわけであるから、活動それ自体も深みや広がりの欠けるものになってしまうのではないかな。
○昨日は向原小学校で「都図研城南大会実行委員会」が開催された。が、ぼくは校務の関係で欠席した。南副会長が参加予定であったが、突発的な学校事情で参加できなかったようだ。城南大会実行委員会には、ぼくは背中のけがなどでまだご挨拶ができていない状態なので、来年には、顔見せをおこない参加したいと考えている。鈴木副会長をはじめとする先生方よろしくお願いします。
「研究局研究授業」・・・2009/12/22(火)
○昨日は、管谷先生の研究授業があった。「かんてん」を材料とした造形遊びの授業で、たいへん楽しそうに子どもは授業をしていた。が、そこには、材料をからだで体感することから、発想を広げたり、自分なりの技術を駆使していたりと、ひとりひとりの造形行為がみられる興味深い授業であった。このあたりは、子どもの活動の読み取りや意義づけが大事になってくるように思える。
また、教師の材料へのこだわりとたいへんさをいとわない準備への心意気が、子どもに乗り移り、子どもの活動を引き出していた。授業にのぞむ教師の原点がそこにみられた。
管谷先生は、本人の努力ももちろんあるだろうが、研究局の仲間との切磋琢磨が、魅力的な授業を創造していく源となっている。
研究局は、中堅、若手の先生たちが、力をぐんぐん伸ばしているように感じられた。みていると、1年では無理で、2年以上、一緒に研究を継続していくと、やっと気心も知れ、共通性や個性のちがいなどもわかってきて、なにかが生まれてくるようである。そこには個人研究ではけっして生まれない共同研究のよさがある。
「研究局あんど年の瀬」・・・2009/12/21(月)
○今日は、研究局の局内研究授業がある。授業者は、管谷千紘先生(長谷戸小)。若手の頑張り屋さんである。今年は、妻有のコラボ授業など、がんばって活動してきた。研究局も最後の活動で、後は「報告書」の作成に向かう。研究局の皆さん1年間ありがとうございました。
○土曜日、日曜日と寝てばかりいたのだが、夕方、ハタと思いだした。「月曜日の授業に使うアルミホイルがない!」。近くのホームセンターまで、車に乗っけてもらい出かけた。かなりの人出であった。日本人は、年末になるとせわしくなり、「なんか買わなくちゃ!」と思う習性があるのだろうか?ぼくもついでに、「鏡餅」を買った。こういうものを買うとそんな気分になってくるから不思議だ。
忘年会、終業式、クリスマス、大掃除、大晦日、お正月……と、新年が駆け足でやってきますね。
「僕は天使ぢゃないよ」・・・2009/12/20(日)
○土曜日は、背中が突っ張って痛く一日寝ておりました。一週間は長いですね。でも、今年もあと10日です。
○夜、むくっと起きて、「ユー・チューブ」で遊んでいたら、めずらしいですぞ。あがた森魚の『僕は天使ぢゃないよ』をみつけた。あがたの映画の挿入歌。林静一のマンガ『赤色エレジー』を原作として制作されたもので、残念ながらぼくはみていない。が、そうそうたるミュージッシャンが名前を連ねている。70年代の匂いがいっぱいする。
http://www.youtube.com/watch?v=w-LqKjoqSlY
続いて「はちみつぱい」(鈴木慶一)もいいなあ。『塀の上で』(1973)。「はっぴぃえんど」を裏返した感じですね。
http://www.youtube.com/watch?v=pVpdz2Q2ARg&feature=related
次はちょっと飛んでこれは80年代だったかな。
矢野顕子の『中央線』は、好きな曲のひとつで、いいなあ思っていたら、原曲はTHE BOOMの楽曲であった。カバーだったんですね。知らなかったなあ…。内容というか、情緒のありかたが、70年代と比べて、個人的な問題へと変化していますね。少し日本も金持ちになったからでしょうか?
いずれにしても、「喪失感」がテーマになっています。
http://www.youtube.com/watch?v=-i1w92-luVs&feature=related
『中央線』
君の家の方に 流れ星が落ちた
ぼくは歯磨きやめて 電車に飛び乗る
今頃君は 流れ星砕いて
湯船に浮かべて ぼくを待ってる
走り出せ 中央線
夜を超え ぼくを乗せて
逃げ出した猫を 探しに出たまま
もう二度ときみは 帰ってこなかった
今頃君は どこか居心地のいい
街を探して 猫と暮らしてるんだね
走り出せ中央線
夜を超え ぼくを乗せて
「BT美術手帖1月号、玉置先生実践掲載!」・・・2009/12/19(土)
○「美術手帖1月号」に玉置副会長の実践が掲載された。玉置先生の学校は、ちょうど開校100周年で、記念のイベントで学校全体を「ハート」で埋め尽くすというもの。地域や保護者を巻き込んで、しかも、子どもたちにも学校への愛着をもたせる図工のイベントは大好評だったようだ。
また、来年度は、玉置先生も都図研副会長、3年目を迎え筆頭副会長となる。玉置先生の世代は、本間先生、大畑先生、平田先生と現在の都図研の中核を担う世代でもある。この世代の皆さんには、今後の10年間の図工をぜひ、けん引していただきたいと思っている。ただ、「団塊の世代」の例えば、鈴石先生や内野先生の「強引さ」に比べると、たいへん「やさしい世代」であるかもしれない。「肉食系」の女子にめげずがんばってほしいものだ(笑い)。


「日没の瞬間」・・・2009/12/18(金)
○図工室からみる夕日が美しいことは、何回か述べましたが、昨日の夕陽もきれいでしたよ。短い時間なのですが、その変化には、なんとも言えない感じがあります。また、同じ夕日の情景というのもありません。そこにはちがいがあります。さらに、同じ日時でも場所がちがえば、きっと異なって見えると思います。あなたの図工室からはどんな風にみえるのでしょう。
図工の授業も同じですね。同じ題材でも、子どもや先生、場所が異なれば出方は、ぜんぜん異なってきますね。
このあたりは、芸術と「科学」と異なるところです。科学は、いつどこでも同じ結果がでないといけません。芸術は、客観性を問うというよりも、人間のこころのなかのできごとを問うものです。
いつもみる美しい夕日は、きっとぼくのこころのなかのできごととして、現象したのでしょう。


「日本芸術文化振興会の日独青少年指導者セミナーあんど教育課程部会 児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ(第10回) 配付資料について」・・・2009/12/17(木)
○昨日は、芸術劇場の横の「日本芸術文化振興会」で、「H21日独青少年指導者セミナー」の会議があった。今年は、6名の日本の方がドイツに行き、7名のドイツ人が日本のさまざまな教育施設をおとずれた。来年も「美術分野」なので、参加されるといいと思う。美術分野は来年で終わりになり他の分野になるので、チャンスかもしれないです。3月から4月の間に「募集要項」がでると思われるので、お見逃しなく。
○「教育課程部会 児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ(第10回) 配付資料」が15日でましたので、お知らせします。下記の文部科学省のサイトです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/043/siryo/attach/1287793.htm
尚、下記の表記の「赤字」と「下線」は、直接、図工に関係する部分として辻が入れました。
資料1 審議のまとめの方向性について(案)
- 学習評価の現状,課題等
- ・きめ細やかな指導と児童生徒一人一人の学習の定着を図るため,観点別学習状況の評価と評定を目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)として行っていることについては,小・中学校を中心に教員に定着してきているが,一定の負担感がある,評価の結果を授業改善や個に応じた指導の充実等に十分生かせていないとの声が教員や教育委員会にある。
- ・保護者については,学校における,児童生徒の一人一人の意欲を伸ばそうとする取組等については肯定的に受け止めているが,学習状況についてより正確に把握したいという要望をもっている。
- 学習評価の今後の方向性(学習評価の意義と評価を踏まえた教育活動の改善の重要性)
- ・学習評価は,学習指導要領に定める目標や内容について,児童生徒がどの程度身に付けているかという実現状況を見ることが求められるものである。学習指導要領は,各学校において編成される教育課程の基準として,すべての児童生徒に対して指導すべき内容を示したものであり,指導の面から全国的な教育水準の維持向上を保障するものであるのに対し,学習評価は,児童生徒の学習状況を検証し,結果の面から教育水準の維持向上を保障する機能を有するものと言える。
- ・また,各学校における学習評価は,学習指導に係るPDCAサイクルの中で適切に実施されることが重要である。
- 教員や学校にとって,学習評価は,児童生徒の学習状況の把握はもちろんのこと,学級や学校全体の学習状況を把握し,授業改善を行ったり,個に応じた指導を充実したりする契機となるべきものである。
- 児童生徒にとって,学習評価は,自らの学習状況に気付き,その後の学習や発達が促される契機となるべきものである。このことは,保護者についても同様である。
- (今回の学習評価の改善に係る基本的な考え方)
- ・ここに示した学習評価の意義や,現在の学習評価の在り方が定着してきている状況を踏まえれば,きめ細やかな指導と児童生徒一人一人の学習の定着を図るために導入された現行の目標に準拠した評価や観点別学習状況の評価を今後とも維持することが適当であると考えられる。
- ・また,学校教育法や学習指導要領の改正等の趣旨は,学習指導とともに,学習評価においても反映することが必要である。
- そこで,学校教育法や学習指導要領の改正等により改めて示された学力の3つの要素である,基礎的・基本的な知識・技能,知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等及び主体的に学習に取り組む態度に関する評価の在り方について,観点別学習状況の評価の観点を整理すること等により,明確にする必要がある。
- その際,全国学力・学習状況調査や国際的な学力調査において,我が国の児童生徒が知識・技能の定着に比べて,知識・技能を活用する力に課題がある状況等を踏まえ,新しい学習指導要領は,基礎的・基本的な知識・技能の習得とバランスを取りながら,知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等の育成を図っていることに配慮する必要がある。
- ・さらに,各学校は,大綱的な基準である学習指導要領に従い,地域や学校の実態等を考慮して適切な教育課程を編成し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を行う裁量と責任を有している。また,教育委員会等は,指導要録の様式をはじめ,学校の管理運営に関する基本的事項を定める役割を担っている。
- これらのことを踏まえ,各教育委員会等において,学校や地域の教育方針を踏まえた学習評価を推進するため,指導要録を含め学習評価について工夫を行っていくことが考えられる。
- (各学校における学習評価の円滑な実施のための国や都道府県教育委員会,市町村教育委員会の役割)
- ・学習評価の意義等を踏まえ,国や都道府県教育委員会等においては,これまでと同様,学習指導と評価の在り方,評価の観点,評価規準,具体的な評価方法等について参考となる資料を示すとともに,具体的な事例の収集・提示等を行っていくことが重要である。
- また,国や都道府県教育委員会等においては,保護者等に対し,目標に準拠した評価や観点別学習状況の評価の趣旨等について,一層の説明を行っていくことが重要である。
- ・市町村教育委員会においては,国や都道府県教育委員会等の示す資料を踏まえながら,各学校が具体的に定める指導計画や評価規準に関する指導・助言や,教員の研修等を行っていくことが重要である。
- (各学校や教員の役割)
- ・学校や教員は,国や教育委員会が示す評価の趣旨や参考事例等を踏まえつつ,児童生徒の学習評価を実施する役割を担っている。このため,学校や教員は,評価の実施者として,個々の児童生徒の成績評価に関する客観性,信頼性を高め説明責任を果たすとともに,児童生徒や保護者との間で必要な情報の共有を進め,教育の効果の増進を図ることが重要である。
- 国が評価の観点等を示すに当たっての考え方について(学校教育法や学習指導要領の趣旨を踏まえた,評価の観点に関する考え方の整理)
- ・学校教育法や学習指導要領の改正等の趣旨を,学習指導や学習評価に生かすためには,各教科の評価の観点についても,基礎的・基本的な知識・技能,知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等及び主体的に学習に取り組む態度といった学力の3つの要素に沿って整理することが考えられる。
- ・また,新しい学習指導要領においては,言語活動を重視し,思考力・判断力・表現力等の育成を推進することとしている。このことを踏まえれば,これらの能力を評価する観点を,各教科において明確にすることが考えられる。
- ・また,一部の教科においては,観点間の区別等が分かりにくいとの指摘があり,そのような指摘のある観点についても,併せて見直すことが考えられる。
- (現行の評価の4観点と学力の3つの要素との関係)
- ・現行の4観点と学力の3つの要素との関係では,教科によって違いはあるものの,「知識・理解」と「技能・表現」が基礎的・基本的な知識・技能を,「思考・判断」が知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等を,「関心・意欲・態度」が主体的に学習に取り組む態度を,それぞれ踏まえているものとして概ね整理できると考えられる。
- ・しかし,詳細に見れば,現行の4観点においては,思考力・判断力・表現力等の評価は,「思考・判断」を中心に「技能・表現」でも行われており,新しい観点を示すに当たっては,思考力・判断力・表現力等を評価する観点を基本的に明確化することが考えられる。
- ・その際,「表現」については,現行の4観点において,多くは「技能・表現」として技能の発現に伴うものとして示しているが,本来,「知識・理解」や「思考・判断」といった観点にも付随し得るものである。
- そこで,新しい学習指導要領において,思考力・判断力・表現力等の育成を図っていることを踏まえ,思考・判断し,表現する能力を評価する観点(以下,仮に「思考・判断し,表現する能力」という。)として明確化することが考えられる。
- ・以上のことに加え,教科の特性やこれまでの実践の蓄積を踏まえ,次のような基本的な考え方に基づいた評価の観点の整理が考えられるのではないか。
- (各教科における評価の観点に関する基本的な考え方)
- ・基本的には,基礎的・基本的な知識・技能に関する観点と,「思考・判断し,表現する能力」に関する観点に分けて示すことが考えられる。
- ・その際,基礎的・基本的な知識・技能に対応する観点について,教科の特性に応じ,知識と技能に関する観点を分けて示すなど,1つ又は2つの観点を示すことが考えられる。
- ・また,「思考・判断し,表現する能力」に対応する観点については,各教科で重点を置いて育成する能力に対応した名称とすることに配慮しつつ,明確に位置付けることが考えられる。
- (音楽,図画工作,美術における評価の観点に関する考え方)
- ・音楽,図画工作,美術においては,表現及び鑑賞の活動を通じて,音楽活動や造形的な創造活動の基礎的な能力を培うとともに,豊かな情操を養うことが目標とされている。
- ・そのうち,芸術に係る表現の能力を評価するに当たっては,表現をするために必要な基礎的・基本的な知識・技能のうち特に「技能」に関する観点と,表現を創意工夫したり発想・構想したりする能力に関する観点とに分けて示すことが考えられる。
- ・また,芸術に係る鑑賞の能力を評価するに当たっては,鑑賞をするために必要な基礎的・基本的な知識・技能のうち特に「知識」と,自分なりに評価したり価値を考えたりする能力とを一体的に見る観点として位置付けることが考えられる。
- ・なお,新しい学習指導要領は,言語活動を重視し,思考力・判断力・表現力等の育成を推進しているが,ここで示されている「表現力」は,音楽,図画工作,美術における「表現」とは異なることに留意する必要がある。
- (国語や外国語における評価の観点に関する考え方)
- ・国語や外国語においては,現行の評価の観点で言えば,「言語についての知識・理解・技能」(国語),「言語や文化についての知識・理解」(外国語)などが,基礎的・基本的な知識・技能に着目した観点と位置付けられる。
- ・その上で,学習指導要領の内容の示し方やこれまでの実践を踏まえ,「話す・聞く能力」「書く能力」「読む能力」(国語)や,「表現(話す・書く)の能力」「理解(聞く・読む)の能力」(外国語)のような,学習指導要領の内容のまとまりに合わせ,基礎的・基本的な知識・技能と「思考・判断し,表現する能力」とを合わせて評価する観点として位置付けることが考えられる。
- 「関心・意欲・態度」の取扱い及び「評定」について(「関心・意欲・態度」の評価)
- ・主体的に学習に取り組む態度は,学校教育法や学習指導要領の改正等により示された学力の3つの要素の1つとして示されているものであり,また,教員がその向上を意図した教育活動を行い育成を図っていくことが重要であると考えられることから,「関心・意欲・態度」について,引き続き,評価の観点として位置付けることが適当ではないか。
- ・「関心・意欲・態度」は,表面的な状況のみを評価するのではなく,例えば,理科における「自然」など,各教科が対象としている学習内容に関心をもち,進んで課題に取り組もうとしているかを評価する観点である。この観点は,学習の対象に興味をもち,進んで取り組もうとする資質や能力を伸ばしていくものとして目標に準拠した評価を行うものであり,他の観点と同様の仕組みで評価することが適切と考えられるのではないか。
- ・しかしながら,「関心・意欲・態度」は必ずしも分かりやすいかたちで現れない場合があること,また,そのことにより,評価結果について説明責任を果たす教員に負担感があること等について指摘があった。
- これらの指摘を踏まえると,「関心・意欲・態度」については,評価の結果が活用される学校や地域ごとに適切に考えた上で,十分に満足できると判断される児童生徒についてのみ,指導要録等において記録することとする等の工夫を行うことも考えられるのではないかとの指摘があったが,どのように考えていくべきか。
- (評定と観点の関係)
- ・「評定」は,簡潔で分かりやすい情報を提供するものとして,教科を総括的に評価するものであり,教員同士の情報共有や,保護者への説明のため,小・中・高等学校すべての段階において,今後とも必要なものではないか。さらに,学校教育法や学習指導要領の改正等で明確化した学力の3つの要素をすべて含んだ教科の総合的な学力に関する情報として現行と同様に示すことが適切と考えられるのではないか。
- ・評定については,評定の結果が活用される学校や地域ごとに,教科の特性や児童生徒の発達の段階等も考慮しつつ,評価の観点との関係等を適切に考えることが必要である。その際,例えば,評価の観点の重み付けを検討したり,「関心・意欲・態度」については十分に満足できると判断できる場合のみに加点要素として位置付けたりする等,必要に応じて,評定への総括の方法について様々な工夫を行うことも考えられるのではないか。
- ・また,このような評定への総括の方法と関連して,「知識・理解」「技能・表現」等が「おおむね満足できる」状況に達していないにもかかわらず,「関心・意欲・態度」についてのみ「十分満足できる」との評価を与えることは不適切との指摘があった。
- 教科や児童生徒の発達の段階により違いはあるものの,一般的に,「関心・意欲・態度」について「十分満足できる」と評価される場合,他の評価の観点についても,「おおむね満足できる」と判断される状況にある場合が多いものと考えられるのではないか。教員の指導により,学習意欲の向上はみられたものの,その他の観点については目標の実現に至っていない場合もあるが,そのような場合は,児童生徒の学習を励ます観点から個人内評価を積極的に活用し指導に生かすなど,指導と評価の一層の充実を進めていくことが必要ではないかとの指摘があった。
- (「関心・意欲・態度」や評定に係る評価の在り方に関する考え方の明示)
- ・これらのことを踏まえ,「関心・意欲・態度」の評価の在り方や観点別学習状況の評価の結果を評定に総括する方法については,その評価の結果が活用される学校や地域ごとに適切に考えることが必要であり,各学校における評定への総括の考え方を対外的に明示することが求められる。
- ・なお,「関心・意欲・態度」や評定に係る評価の在り方を検討する上で,我が国の児童生徒の学習意欲については,改善傾向も見られるが,国際的な学力調査の結果によると,例えば,中学校の数学や理科の勉強は楽しいと答えた生徒の割合が国際平均に比べ低い状況等を踏まえ,学習意欲の向上を図り,主体的に学習に取り組む態度を養うことが重要であることに十分留意する必要がある。
- ・また,国等においては,観点別学習状況の評価の結果について評定に総括する方法についても併せて情報提供を行っていくこと等も重要である。
(以上、文部科学省サイトより引用)
「都図研理事研究会、H22年度役員選挙」・・・2009/12/16(水)
○昨日は、落合第六小学校で理事研究会があった。学期末のお忙しい中、約70名弱の参加者があった。ありがとうございます。各局の報告に加え、「平成23年度都図研役員選挙」があった。
立候補者は、以下の通り。
会 長 |
辻政博
|
|---|---|
副会長 |
平田耕介
|
副会長 |
玉置一仁
|
副会長 |
加藤幸子
|
副会長 |
田中明美
|
副会長 |
福岡貴彦
|
理事長 |
本間基史
|
「投票前、投票箱が空で、公正を期して行われていることをみせる選挙管理委員会の方々。手前は、選挙管理委員長の曽根先生。」 新役員が三名加わった。ぼくは、5期目となる。選挙結果は、全員「承認」された。
現在、図工教育が弱体化し人員が大幅に変動するなかで、図工の教員の共同性が衰弱しつつありきびしい運営を迫られている。
都図研は、恣意的な研究団体ではなく、東京都の公立小学校全体の図工教育の向上を目指した立場の研究団体である。会員諸氏の積極的な協力を得ながら活動していかないと今後の発展もありえないであろう。社会が不安定な様相をみせるなかで、図工や子どもの重要性を最も認識する図工教師が協力することがますます重要になってくる。よろしくお願いします。
「会場いっぱいの理事の皆さん。各地区の理事が、活動を地域へとつなぐ運営のかなめです。」
「忘年会。庖刀先生、菅原先生もかけつけてくれた。皆さんお疲れ様でした。」
「師走あんどニール・ヤングの『ヘルプレス』」・・・2009/12/15(火)
○昨日も夕方には晴れて、夕陽がきれいでした。あたりが暗くなると、図工室の対面の建物の学級は、こうこうと窓に灯がともっていました。担任の先生方もいよいよ「諸表簿」の提出です。
夜遅くまで、灯りが付いている学校を「提灯学校」と言いますが、今はどこの学校も提灯学校ですね。ぼくは、だんだん背中が圧迫されてきつくなってきます。横に寝転びたくなります。みんなの体力には驚かされます。あと二週間で、今年も終わりです。がんばりましょう。
○今日は、落合第六小学校で理事研究会がある。H22年度の「都図研役員選挙」があります。候補者は「選挙公示」に記載されています。皆さんご参加を!
○おとといエンケン(遠藤賢司)のことをかいたので、そこから連想が広がり、「ニール・ヤング」を思い出した。「The Band」の映画「ラストワルツ」に『ヘルプレス』という曲があって、なかなか胸にしみる。そんなことを思い出した。
それから、大学の同級生に吉本くんがいたが、年下であったがなかなか尊敬すべき人物で、今は、奈良で美術教師をやっている。その吉本くんは、「ニール・ヤング」に瓜二つなのであった。おまけに、彼は、ニール・ヤングの大フアンなのであった。そこでさがしてみるとあたったのであった。すごいねユーチューブ。
ちょっと聞いてみて!なかなかですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=gzReSBaben8
「サルガド写真展<アフリカ>」・・・2009/12/14(月)
○土、日曜日は、ネットをみて日記を書く以外、ほとんど寝ていたのだが、娘が、「サルガド展」に行くというので、一緒に車に乗っけていってもらった。最終日で、60分待ち。非常に混んでいた。皆さん、こんなに興味があるとは…
サルガドは、悲惨な光景を写し取っても、古典的な絵画を思わせるようなところがある。少し粒子の荒いグレートーンが印象的で、そこには、神聖な物語=人間の生の風景が浮かび上がる。
女性が両手で顔をおおうシーンは、「ケーテ・コルウィッツ」という女性画家のドローイングを思わせたりした。(もしかして二人は、同じものみているような気がした)逆光の中に浮かび上がる母親と子どもたちの作品は、「マリア」のように神々しい。
他のメディアにひいでた現在世界のリアリティをサルガドの写真は示している。


○履歴
1944年ブラジル生まれ。現在パリ在住。
ブラジルの大学で法学、農学を学び、米国で経済学修士号を取得。ブラジル大蔵省勤務。60年代、軍事政権の圧力を受けフランスへ。パリ大学で農業経済学の博士課程を修了。その後、仕事でアフリカの調査をはじめたときに写真に興味を持ち、撮りはじめる。79年、キャパ等一流の報道写真家が集まる写真家集団マグナムの会員候補になり、84年正会員。96年脱退。
モノクロ写真が特徴。ひとつのテーマを綿密な取材と準備をした上で、数年をかけて取り組んできた。今までは『ラテンアメリカ』や『消えゆく肉体労働』、『難民や移民など地球規模で移動する人々』などをテーマに写真集を発表してきた。
アフリカの飢餓を撮った「サヘル」や、近代化で消えていく肉体労働者を取材した「WORKERS」などの写真集や展覧会で世界各地の賞を多数受賞。
国連など国際機関にも作品で協力し、昨年からユニセフの特別代表。現在は地球環境をテーマに故国ブラジルで植林プロジェクトを展開中。
現在は、地球上の生物と環境問題をテーマにした『GENESIS』という撮影プロジェクトを進行中。
日本語訳のある著書
『人間の大地 労働-セバスティアン・サルガード写真集』ISBN:4000080598
(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%BB%A5%D0%A5%B9%A5%C1%A5%E3%A5%F3%A1%A6%A5%B5%A5%EB%A5%AC%A5%C9より引用)
「久しぶりのエンケン!(遠藤賢司)はスゴイ!」・・・2009/12/13(日)
○土曜日は、金曜日の鶴内先生の話に触発されて、キヨシローの初期の『三番目に大事なもの』や『忙しすぎたから』などの曲をユーチューブでみた。ゴキブリの出てくる歌詞もいい。聞いていると記憶が体感として立ち上ってくる。若い時代のインプットというのは、のちのちまで原点となって自分のなかにしみこんでいるのがわかる。
他をみていたら「エンケンこと遠藤賢司(1947〜)」のものがあった。
時の流れは速いもので、エンケンさんもなんと当年62歳。デビュー40周年であった。その迫力はすさまじく、こういうのをみると「元気がでる」というものだ。
歌手というよりも「琵琶法師」みたいでもある。生きることの「極北」がそこにある。音楽を破ってそれがあふれ出る稀有のひとである。
「男も女もみんなドジで間抜けで大馬鹿ですけべです。62年間生きてきましたが、利口なやつなんかひとりもみたことありません。勉強、英語ができるやつもいますが、そんなことは何でもありません……ぼくは人間が好きで40年歌い続けてきました…」と言い切るエンケンはいいなあ。
最近、いろんなミュージシャンが亡くなっていくが、エンケンさんには、じじいになってもがんばってほしいものだ。
エンケンの09版『夜汽車のブルース』『夢よ叫べ』は、下記にアクセス。
http://www.youtube.com/watch?v=VV2N4lLMFcI&feature=related
○それからもう12月なので、エンケン73年の『歓喜の歌』もいいな〜。
http://www.youtube.com/watch?v=zeOOqABtWEo
○『CMエンケンITJ』こんなCMみたら、あなたはお父さんに電話をかけずにはいられない。『夢であいましょう』。
http://www.youtube.com/watch?v=y32qnZPrbsI
「組織検討委員会」・・・2009/12/12(土)
○昨日は、青柳小で組織検討委員会があった。現在の人員変動や図工教育の弱体化に対して、都図研の組織の運営を見直しつつ、現状に対応していこうという趣旨のもと、会長の諮問機関として本年度発足した。2年間の活動で、本年度はアンケートをとり、分析し、中間報告をおこなう。
「大きさがぴったしだな~。菅野先生」○写真は、あいにくの雨で出足が遅くなり、委員が集まる前のひとこま。ぼくがコルセットぬいでみたので、菅野先生がきてみた。大きさはちょうどですね。福岡副会長には、小さかったです。
反省会は、福岡先生、菅野先生、平田先生、鶴内先生と行った。自転車の話や音楽の話が出たが、鶴内先生は、「RCサクセション」のファンで、ぼくのこの「ひつじカフェ」をみて、初期のRCをユーチューブで発見し、はまったそうだ。彼はピアノ弾きで、自分より上の世代のロックに精通していた。そう言えば、鶴内先生は、ぼくが墨田区の曳舟小学校にいた時から数えて、3代あとの図工専科であった。
○昨日の「背骨」の定期検診で、1月に「MRI」をとって、検査することになった。その結果で、「コルセット」の装着を検討するとのこと。まだ、この「よろい」ははずせそうもありまぜん。トホホ…
「検診、組織検討委員会など」・・・2009/12/11(金)
「ガンダム辻!」○今日は、「背骨」の検診がある。久しぶりであるが、少しはよくなっているかな?早く治ってほしいが、ずっと起きていると背中がもたないですね。時間がかかりそうです。「コルセット」もかなり重いので早く取りたいのですが…。コルセットをしているとなんだか腰や背中の筋力がずいぶん落ちてしまうようなのです。(写真にいつの間にか日付が入ってしまいました。解除の仕方がわからない、トホホ)これをみた子どもたちは、「ガンダム」と呼んでいます。
○午後は3時半から、青柳小で「組織検討委員会」があります。各地区のみなさま「アンケート」ありがとうございました。本年度はよく検討分析し、来年度につなげたいと思います。それから、「事務局会」も落合第六小学校であります。バッティングしてしまいましたが、事務局の皆様もよろしくお願いします。
○「都図研ニュース」の12月号の校正がきた。麻編集長、渾身の編集です。どうぞじっくりご覧ください。理事会で配布されます。記録の加藤幸子先生の全造大会の記事も詳細に書かれています。
「忘年会など」・・・2009/12/10(木)
○忘年会の「幹事長」になっていた。(すでに年と言うことですな)再来週は、忘年会がある。係分担をして打ち合せをした。今年も、あと2週間ですね。成績など、皆さんも追い込みかな。がんばってください。
○昨日は「理科」の研究授業。本校の教員の皆さんは、一生懸命に研究をする。話は「理科離れ」にも及んだ。まず、先生が理科を好きになることがポイントらしい。
図工も同じですね。図工が好きで、自ら子どもの立場、目線になって活動を体験することが大切ですね。先日の「城北大会」も重要な研究・研修の体験です。専科は、一人しかいませんから、こうした交流を抜きには成り立ちません。
○来週の理事研究会では来年度の都図研の「役員選挙」があります。自分で言うのもなんですが、役員の仕事は、かなりの労力を要します。一人ひとりの図工専科が「木」だとすると、都図研は「森」みたいなものです。「森」がなくなれば、「木」もなくなるのです。「図工という森」をなくさないように役員になられた方は、がんばっています。
「ネクスト」・・・2009/12/09(水)
○昨日は、とても素晴らしい夕焼けでした。あなたの学校からもみえましたか?
○城北大会も終了し、無事「成績」も提出することができた。「よかった、よかった」
次は「図工だいすきこども美術展~冬展~」である。その次は、「校内展覧会」が待っている。来週は、落合第六小学校で「理事研究会」もありますね。役員選挙があります。
「城北大会後片付け」・・・2009/12/08(火)
○昨日は成増小学校に到着するとすでにたくさんの先生方でごったがえしていた。大会会場の片づけである。トラック6台分の作品を積み込み、会場をちり一つ残さず掃除して、各部局のうちあわせをおこなった。あとは、会計のしめや「大会報告書」、来年8月の「関ブロ静岡大会」での表をおこなうことが残っている。
城北地区の先生方、ほんとうにいい大会を成功させ、お疲れ様でした。


○今日は「成績」の提出日。間に合うかな?
「中沢新一、<流動的知性>」・・・2009/12/07(月)
○二日間寝てしまいました。今日は大会の片づけです。けがをしないようにきれいに片づけるのが、会場校への仁義ですね。最後、みんなでがんばりましょう。
○中沢新一先生の大会記念講演では、「流動的知性」ということばが気になりました。ある一つの考え方にとらわれないで、自由に横断的に思考し判断する力といった感じがしましたが、我々の業界でいま取りざたされている「コンピテンシー」(生活や社会における現実に対応しながら必要な知識や技能を活用する能力)と似ている印象を受けました。
このことばは、中沢さんの『対称性人類学 カイエ・ソバージュ』 (講談社選書メチエ、中沢新一、講談社、2004)出てくる概念らしい。以下の「書評」をネットでみつけました。ぼくは、まだこの本を読んでいないので、なんとも言えませんが、思想的な魅力と実証性のジレンマのようなものが科学者の視線から書かれています。
「流動的知性である無意識は通時的である」
(前半部省略)
中沢新一の「対称性人類学」を読んだ。
20台半ばでこれを読んだら、すっかり中沢教徒になっていたかもしれない。
今はというと、強く惹かれる部分もあり、反発する部分もある。
「心」を理解するために無意識に特に注目し、その特性を細かく洗い出していくというアプローチは興味深い。ただし、この本にも出てくるように、フロイトが構造主義の源流のひとつであり、中沢は構造主義の深化を目指しているわけだから、「そうなるよね」という気分ではある。驚きはあまりない。
中沢は、科学的思考・言語的思考の対立物として、「野生の思考」・対称性の論理に従う流動的知性・無意識的思考を置く。その論証の過程で、神話、分裂症、認知考古学、国家の誕生、経済とつぎつぎに踏破していく。そして、野生の思考を論理的に推し進めた実例として仏教をとりあげ、その方向での未来に「対称性人類学」という「形而上学革命」の夢を語る。
「対称性人類学」の公理を見てみよう。
「Ⅰ「野生の思考」はいまだに私達の「心」で作動を続けている。私達の心の基体を成す無意識が、不変の構造を持ち続けているからである。神話的思考を生み出してきた無意識は、芸術・哲学・科学的創造・経済生活などにおいて、いぜんとして大きな働きを行っている。
Ⅱ 無意識は数万年前ホモサピエンスの脳組織に怒って革命的な変化をきっかけにして形成され、私達の「心」の基体を形作ってきた。このとき、分化された知性領域を横断する流動的知性が形成されたのである。
Ⅲ 流動的知性は、脱領域的、高次元性、対称性などの特徴を持っている。その作動は基本的にフロイトの見出した「無意識」の働きと一致する。私達の「心」の基体は、流動的知性=対称性無意識にほかならない。
Ⅳ 流動的知性である無意識は、対称性の論理にしたがって作動をなす。これはつぎのような特徴を持つ。
(1)過去-現在-未来という時間系列を知らない。過去と未来がひとつに融合して、神話的思考における「ドリームタイム」と同じ無時間的表現を作り出している
(2)自己と他者の分離が行われない。個体どうしをつなぐ同質的な「流れるもの」が発生して、個体を包摂する「種=クラス」の働きが前面に現れてくる。そのためにこの領域では、免疫機構が一時的に解除されて、同一性の破れから他者性が流入する
(3)対称性の論理の要請にしたがって、「心」の基体では、部分と全体が一致する。そのために、「心」は無限集合の構造を備えるようになる。「心」は無限の広がりと深さをもつものと思考されるようになる。
Ⅴ 対称性無意識の働きを組み込んでいないどのような理論も、ホモサピエンスの「心」を本当には理解することはできない。したがって、対象性無意識という契機を欠いている理論-たとえば生成理論文法など-は、「心」の理解にとっては、きわめて疑わしいと考えざるを得ない」
「流動的知性である無意識は通時的である(時間の流れを知らない)」というのはいいなあ。でも、それを科学的に実証するのは可能なのか。そのあたりに反発の種がある。無意識(つまり無分節の認識・言語を用いない思考)で人はどこまで「考える」ことができるのか、という疑問が湧いてくる。
中沢はその種の思考の実例として、仏教を出してくるわけだが、仏教は結局、無分節の認識で終わってしまうのではなかろうか。無分節の認識を土台にして、「生」の実感を観取することはできるかもしれないが、はたして理論を組み立てることができようか。
私にはそういう道筋が想像できない。想像できない以上、「対称性人類学」という「形而上学革命」は私にとってはひとつのアジテーションとしてしか聞こえない。惹かれつつ反発する所以である。
(Tnakamr 、分子生物学者、http://d.hatena.ne.jp/tnakamr/20090314/1236995782)
「16年前の第32回都図研城北大会の『くるくるアート』(パルコ出版)」・・・2009/12/06(日)
○昨日は、一日寝ていました。大会の日は早朝から深夜までずっと起きた姿勢でいたので、さすがに疲れました。安全策です。大会関係者の皆さんもきっとぐっすり眠られたのではないでしょうか?(そう言えば堀口あや子先生は、土曜参観のようでした!お疲れ様です!)
○ぼくが中沢新一先生を紹介した際にみせた『くるくるアート』(パルコ出版、1995年)は、16年前の城北大会(会場、北区赤羽台西小学校、竹澤先生)の記念すべき産物です。39歳のぼくは大会事務局長で、研究局長は、堀口あや子先生、実行委員長は、丹後重徳先生、都図研会長は、鈴石弘之先生でした。
大会を終え、最後の会議を終え、大会をこのまま終わらせてはもったいないと考えたぼくは、帰りの電車の中で、堀口先生に、「本をつくろう!」と呼びかけたのでした。実は、まったく出版のあてはなかったのですが、なんとかなる、という「奇妙な確信」をもったぼくは、堀口先生の同意を得て、さっそく、城北五区の先生方に協力を取り付けました。
参加された先生方の名前を見ると現在の図工を引っ張るベテランたちが顔を並べています。
編集部は、油井ゆかり先生、岩田真先生、池田秋子先生、齋藤いつ子先生、竹澤丈子先生、南育子先生、中村芳子先生、餅和子先生、浜方克彦先生、仙北谷崇先生。運営委員は、永野一生先生、新原浩徳先生、吉岡徹先生、市橋尚訓先生、中原正倫先生、山崎進先生、柏井良友先生、島田豊実先生、佐野真一先生、高橋清文先生、また、編集協力者として、内野務先生、矢木武先生、中村隆介先生がいます。こうしてみると当時の研究の中心は20~30代の先生方で、ベテランは、その活動をサポートしてくれたのがよくわかります。
今回の事務局長山崎先生、前回の事務局長柏井先生も顔を並べています。すでに退職された先生方や亡くなった先生方も顔を並べています。その他、今回、大会で板橋の研究を担った滝澤春生先生も、当時は授業者で「木ゲリラ」という題材で、廊下階段を木のバリケードで、ふさいでしまうという「過激」な授業を行ったのでした。(実は、都図研中央大会の実行委員長の沼野先生も16年前の授業では、クレヨンを電熱の鉄板で焼いて溶かし、紙に写し取る授業をしていました。大会に参加された方がその後、他地区でもその経験を生かして活躍されていることがわわかりますね。都図研大会が大きな研究の「場」であることはまちがいありません。)
当時の文部科学省の教科調査官は、「西野範夫先生」でした。「造形遊び」を導入した方です。けれども、まだ当時は都図研大会を「お忍び」で参観されていました。また、現在、メディアアーティストの第一人者である「岩井俊雄」さんにも授業をしていただきました。最近の「アーティストと学校の交流」という動向の先鞭をきっています。
また、先日の「全造・関ブロ千葉大会」で退官記念講演された藤沢英明先生や関西の岩崎由紀夫先生なども助言者にお呼びし、全国規模の交流をねらったのでした。岩崎由紀夫先生が助言者で来られたため、多くの関西の先生方も参加され、各分科会では、大阪から参加した先生方が「刺客」のようにいろんな意見を言っていると話題になったのでした。
当時は、平成10年に「時間数が削減」される前で、危機意識を抱える中での活動でした。「題材開発」がまだ新鮮で、さまざまな冒険が試みられました。現在とはまた異なる課題にエネルギッシュに立ち向かっていったのでした。
こうして今、都図研大会を俯瞰してみると、都図研大会が、地下水脈のように「図工教師の文化」を育んでいることがわかります。今回、大会に参加された若い先生方がきっと「図工という宝物」を次世代に運んでくれるでしょう。
『くるくるアート』を手にしてこんなことを思い出しました。
「第48回都図研城北大会!」・・・2009/12/05(土)
○昨日とは打って変った晴天の中、約800名前後の総参加者数を得て、盛況のなか大会が行われた。大会実施に向かって尽力されたすべての皆様に御礼を言いたいと思う。大会を実施するのには、ほんとうに骨が折れることなのだが、多くの先生方の熱意と尽力で大会は実現する。
○二次会も終了し、帰宅して、HPを開くと、すでに「大会速報」がアップしてあった。担当の菅原先生の努力のたまものである。大会を振り返ったり、また、参加できなかった先生方は、ご覧になって、大会の様子を感じたりしていただければと思います。
「大会記念講演、中沢新一先生」 ○研究授業は、各地区の中堅や若い先生方の活躍がめだった。これを機会にどんどん力を発揮してください。先生方の顔つきが輝いてみえましたよ。
○分科会は、6つの分科会とも満席で、熱心に討議が行われました。それぞれの研究実践と参加者、助言者の交流のなかで、真摯な意見が交わされていました。
○大会運営は、さまざまな部局にわかれて活動されてはじめて成り立つ。各部局の先生方が、こまめに働いている姿がそこにありました。こうした陰の力がないと大会は運営できません。ありがとうございました。
○全体会には、たくさんの来賓の方においでいただいている。文科省、都や区の教育委員会、都や地域の校長会、都・地域のPTA、外部団体などの関係諸機関である。公立小学校の図工教育の研究が、開かれてあるためには必要な連携なのです。(あいさつの時間が少しながくなりますが)
○指導講評は、文科省の奥村先生。現在「中教審」などで多忙を極める中、会議を抜けて参加いただいた。短い時間であったが、具体的な子どもの図工の活動をプレゼンテーションする能力は天才的です。若い先生方が。目を開いてみている表情が印象的でした。ありがとうございました。
「指導講評、奥村高明先生」○記念講演は、芸術人類学を提唱する中沢新一先生。16年前の『くるくるアート』(パルコ出版)という城北大会を期に編集発行された本に寄稿していただいた縁で、今回、お話しいただけることになった。
人(ホモサピエンス・サピエンス)が、人になるのは、「芸術」が必要であった。子どもや図工はその起源、はじまりにもどる必然的な活動である。また、「流動的知性」の発現が、旧人と異なる人(ホモサピエンス・サピエンス)の成立を可能たらしめた、と力説。重厚なロジックに懸命に食いついていこうとする先生方の姿勢が伝わってきました。中沢先生、ありがとうございました。
○都図研大会のよさは、ベテランの尽力と若い先生方の熱意あふれる交流の中で、「図工教師の文化」が伝承されていくことである。都図研の研究団体としての特徴が他の民間団体、任意団体と異なるところは、東京都の公立小学校全体の図工教師の指導力の底上げを図ることを目的としていることである。
そこには東京都の教員ならだれでも既に会員で、参加資格を有しているという開かれた性格がある。つまり、都図研は「公共的な使命・目的」を担うような特徴を活動の基幹を有しているのである。多くのすぐれた個人研究や小グループ集団の研究は多々あるが、あくまで個人の欲望や派閥性や利害の中に完結してしまうところに、本質的な差異があると言えるだろう。
都図研大会に参加して感じる独特のエネルギッシュな感覚は、多数の図工の先生方が図工の共同幻想を構築する際に放つ「体臭」かもしれない。こうした輝きが失われた時、「図工」そのものが消失してしまうのではないかと言う危惧を強く感じる。厳しい時代の推移の中で、10年後も20年後も、都図研大会が、図工の先生方の熱意の中で継続、実施されることを祈りたい。
「城北大会前日準備」・・・2009/12/04(金)

体育館には、「1000個」の段ボールが積み重ねられている。城北地区の先生方の前日準備のひとこまである。その他にも、遅くまで、各局で手分けして、用意をしていた。たいへんエネルギッシュな大会になりそうだ。大会の運営はたいへんである。しかし、運営をとおして他の図工の先生とかかわるなかで、いろいろなものを得ることができる。初めて参加された若い先生方、あと10年、20年たったら、ここでの経験が、必ず生きてきますよ。ベテランの先生は「図工魂」を伝達していただければと思います。
「文京図工部研究授業」・・・2009/12/03(木)
昨日は、文京区の図工部の研究授業があった。授業者は、沼野先生(昭和小学校)。「造形遊び」の授業であった。沼野先生は、都図研中央大会の実行委員長。今回は、御大自らが授業者となった。(エライ!)
「セロハン」という「材料」を使って、「窓」という場で活動する授業である。4年生の子どもたちは素直で、賢く、思い思いの活動を発展させていた。
講師は、横浜市教育委員会の首席指導主事の松原雅俊先生。大道部長は、顔が広く、研究授業のときは、いろいろな優れた講師を工夫して呼んでくる。松原先生も、具体的(授業の話)、かつ、理論的(図工の文脈の話)に図工教育について講演された。
東京都には、現在、図工・美術関係の指導主事の先生が、たぶんおひとりしかいない。都図研で活躍する中堅の先生方もどんどん指導主事になって、図工のよさを若い先生方に広めていただきたいと思う今日この頃である。なんせ、時代は変わり、あと数年で、かなりの人員の入れ替えがあるのですから。
今日は、都図研城北大会の前日準備。いよいよです。先生方よろしくお願いします。子どもが楽しく活動する大会にしましょう。
「療養日記解除」・・・2009/12/02(水)
○ついに「復帰」となりました。「療養日記」は一応解除します。今日からは通常でいきます。皆様、励ましありがとういございました。2カ月ぶりに授業をしました。いい感じの作品に仕上がってきました。講師のK先生ありがとうございました。でも、まだ、背中が曲がりません。けっこう背中にきます。午後は、準備室の古いガシッとした机の上で少し横になって休みました。
○職員室の机の上をふと見ると、封筒の中に出張の知らせがはいっていました。研修センターで6時からです。きついなと思いながらも行ってきました。また、詳しい内容が決定していませんが、東京都教育委員会のほうで、今までの「認定団体」に加えて、あらたに「奨励」の活動と「新教育研究員制度」を設定するという話でした。これは従来行われていた「研究員」の活動と同様のもので復活するそうです。
図工の研修・研究の活動は、4つの場面がこれでできることになります。
- 東京都教区委員会が指定する東京都の教科等の研究団体の活動。これは、通常の都図研や都小国研などの活動です。(いわゆる任意の団体は、出張の対象には入ってこないことになります。)
- 「認定団体」。研修センター認定の研修ができます。いくつかの研究団体が行っています。
- 「奨励」を受けた団体の研究活動。研究奨励費や指導主事なども支給、参加します。これが、新規の都教委の活動です。
- は、「認定団体」と「奨励」を両方おこなう研究団体の活動です。10年たつと東京都の教員の三分の一の2万人が退職してしまうようです。教員も指導主事も、指導力の向上を目指すというのが、都教委の考えのようです。
詳しいことはまだ判りませんが、分かり次第また報告します。
「療養日記39」・・・2009/12/01(火)
○いよいよ12月になりました。「師走」です。先生方は走っています。でも怪我に注意!(苦笑い)
○昨日は、「城北大会」の役員会が、成増小学校であった。いよいよ最後の詰めである。野上実行委員長、山崎事務局長をはじめ各区の各局長さん、担当の高橋副会長、玉置副会長の皆さんらが集まり、熱心に打ち合せを行った。当日は、いい天気でありますように!













